第4話

 葉月は床に倒れている。顔を両手で覆っている。アサマさんに着拒された。

 気を引きたくて助けてとか言ってみた。本当はちょっとでもお話ししたかっただけだったのに。助けてって言ったのがかえって良くなかった。アサマさんの地雷に触れてしまったみたいである。アサマさんはやたらと葉月に勉強させたがるから、開口一番勉強大好き大学行きたいですとか言っておけば良かった。でも着拒まですることないと思う。

 まあ、必要なら家に乗り込めばいいか。葉月はのろのろと起き上がった。

 仕事の準備をしなくちゃいけない。クライアントのフェミおじさんに、対象の本拠地を発見したと報告してから何度も急かされている。黙っておけばよかった。

 葉月は髪の毛がちょっとだけ長い。アサマさんに髪型の好みを聞いてみたら、普通にポニーテールかなとか言っていたのであんまり短くしたくない。面倒くさそうに言っていたので嘘かも知れない。髪が邪魔すぎて死んじゃうって実感したら葉月も切る。でも、お団子とかで小さくまとめればたぶん大丈夫だと思う。

 服は、いつもはロングスカートだけど、流石にそれで戦闘はできない。アサマさんがいた時はそれでもよかったけど、今後は葉月が前に出ることもありそう。だから一応カーゴパンツにしておこう。ベルトにホルスターを増設して銃とか弾倉とか色々ぶら下げる。葉月はガタイが良くないので、上半身に重いものがあるとすぐふらつく。葉月に限った話でなく、そもそも日本人向けのホルスターは腰に付けるタイプが多いみたいである。平均男性の体格以下なら腰にぶら下げた方が無難ということだろう。上半身には普通のシャツと、防弾ベストを着た。他に重いものは何も無い。胸も小さい。

 拳銃だけだと心もとないので、サブマシンガンを購入しておいた。MP5の系列の一番小さいモデル。かなり古い銃だけど、安くなっていたからそれにした。弾も9ミリだから拳銃のを流用できる。日本のSPが昔使っていたとかで、民間に払い下げられたらしい。入手は霞さんに頼んだのだけど、霞さんにはまたP90を勧められた。変な形の銃である。霞さんは以前からこれを葉月に使わせようと、異様に執着している。古い漫画の影響らしい。アサマさんがいつも断っていたし、葉月としても、使い方が難しそうなので使いたくない。見た目も深海魚みたいで気持ち悪い。霞さんにそう言ったら「あぁ?」と威嚇された。

 シンジさんたちの方は、全員アサルトライフルのカービンっぽいのを持っていた。416じゃないかな。葉月は銃にあまり詳しくないので一目では分からない。イチローに忍び込ませて、おじさんたちの着替えを盗撮したところ、防弾着はしっかり着ているみたい。葉月の銃じゃ防弾を貫通できないから、撃つなら頭、腕、脚とかしかない。逆にシンジさんたちの銃は葉月の防弾を貫通できる。どうせ貫通されるなら、重くて辛いので着ない方がマシかも知れない。でも不安なので着ておく。

 現代日本の傭兵同士の戦いは、どちらかのメンバーが負傷した時点で停戦交渉に入ることが多い。なぜならまず部隊の規模が小さい。四、五人ぐらいでやっているところが多い。十人だとかなり多い。そんな中で一人でも死んだら、部隊が維持できなくなることもあるし、かつ単純に悲しい。なお二人はかなり少ない。一人は少なすぎる。次に、報酬が安い。一番安いと年収三百万くらいだと思う。ろくに訓練していない元無職のおじさんに聞いたらそのくらいだった。ちょっとした治療費だけで赤字になりうる。今回の葉月とフェミ団体との契約は、年五百万である。戦闘回数と、成果度合いによって昇給賞与を検討してくれると約束してくれたので、そこに期待した。霞さんに言ったら腹を抱えて笑われたので、買い叩かれたのだと分かった。高級取りは一回の戦闘で数千万稼ぐのだと思う。アサマさんがどのくらい稼いでいたのかは教えてもらっていない。

 そういう事情なので、殺し合いになるのはよっぽどこじれた場合か、大手同士の時だ。葉月とシンジさんは中小同士だから大丈夫の筈。アサルトライフルを持ち出してきてるあたり殺意を感じるけど、きっと大丈夫。

 葉月は鏡の前に立ってみた。こんなフル装備で街中を歩いていたら流石に警察を呼ばれることに気づいた。フード付きのオシャレポンチョを上から被ることにした。例のホテルの周りは灰色系統の建物が多い。ポンチョはグレーなので保護色にもなる。女性の傭兵はほとんどいないし、これで誤魔化せると思う。

 眼鏡はしていない。視力は落ちていない。鏡の前で自分の顔を観察する。

「いやオタクっぽくないだろ」

 虚空に反論した。シンジさんの評価が心外であった。眼鏡とヘッドホンがいけなかったに違いない。実用上付けていただけで、ファッションとは無関係である。シンジさんのステレオタイプ観が古すぎるのだと思う。おじさんの感性で若者のファッションを評価するべきではない。ロリじゃなくなったとはいえ、葉月の顔面は平均以上だし、肌もまあまあ白い。違う学校の顔も知らない年下の男の子に告白されたこともある。身体だって、ムキムキではないけど引き締まっている。「オタク女 特徴」で検索してみたけど、葉月が見る限り葉月の特徴とは全然一致しない。全然オタクじゃない。どちらかと言うと霞さんの方がオタク女っぽい。おじさんだけど。

 よぉし。やるぞ。ぶっ飛ばしてやる。葉月は気合を入れた。

 でもまだ行かない。準備で疲れたというのもあるけど、外が明るい時間に行ってもすぐ見つかってしまう。イチローに調べさせた限り、シンジさんたちはホテル内に詰めていることが多い。外を巡回とかはしていない。グレネードで建物ごと爆破できたら楽なのだけど、それだと監禁されている民間人にも被害が出てしまう。悪くすると葉月が警察に捕まる。

 外は無防備に見えて、隠しカメラが要所に設置されている。ノコノコ乗り込んだらすぐに包囲殲滅される。でもカメラの視界は完全じゃない。人形たちと葉月で個別にルートを辿り、夜間浸透するぐらいの隙はある。それをやる。

 深夜に忍び込み、早朝に襲撃する。

 基本は戦闘上手のジローサブローシローに任せて、葉月は全体の指揮を執る。必要に応じ指示を出したり、援護したり。向こうの人員の一人でも大きめに負傷させられれば、交渉に持ち込める。負傷を恐れてマトモに出てこなければ、ターゲットの方を集中的に狙う。

 そんなに難しくない。何とかなる。



 シンジから見て、葉月の行動方針は二通りに予測できる。すぐに攻撃してくるか、隙を待つか、である。客観的には待つ方が賢い。護衛側の隙の発生は充分期待できる。繁在家さんの資金は有限であり、シンジは無期限に護衛を続けるわけではない。護衛期間終了の隙を狙うのはありうる手である。また、クライアントたる繁在家さんは、必ずしも護衛者の指示に従順ではない。先日もシンジの制止を聞かず外出してしまった。護衛期間以前のことだから、襲撃を受けてもシンジの過失にはならない。でも死なれたら金がもらえない。幸いにも葉月は(お買い物中だったため)これをスルーしたが、シンジはいくぶん肝を冷やした。同様に、護衛期間中にも被護衛者が勝手に動くことはありうる。隙が期待できる。

 故に良手とは言えないが、すぐに攻撃する、という択も当然考えなければならない。迅速に攻撃すれば敵の準備前を突くことができるかも知れない。また、攻撃側の行動方針には攻撃側のクライアントが干渉する。隙を待つことが道理であっても、準備ができているのに攻撃しないのは怠慢と考えるクライアントは存在する。葉月のクライアントはイカれたフェミ野郎である。そして葉月は小娘である。クライアントを説得できないかも知れない。

 シンジとしては、どちらでも構わない。護衛の準備は完了している。すぐに攻撃してくれた場合、万全の状態で対応できる。一度でも襲撃を凌ぎ切れば任務完了である。後は報復業者に引継ぎを行うだけだ。

 隙を待たれた場合、繁在家さんを制御する必要はあるが、シンジの仕事はあくまで期限付きの護衛である。葉月が期限まで待ってくれるなら、戦闘無しで任務完了である。これが最も素敵なパターンだ。葉月への復讐はできなくなるが、そこまで執着しちゃいない。

 強いて言うなら一番嫌なパターンは、期限ギリギリで攻撃してきた場合である。部隊は長期の警戒態勢と繁在家さんのお守りで消耗していることが予想される。このパターンは、偶然そのタイミングで、葉月がクライアントの要求を躱しきれなくなった場合などにありうる。葉月がシンジの護衛期間を把握している場合もありうるが、その情報はシンジと繁在家さんしか知らない。部隊の仲間にも教えていない。よってリスクは低いと考えられる。

 要するに、葉月ちゃん来ないと思うけど、来るなら来るでいつでもオッケーだぞ、といったところである。シンジ個人としては、どちらかと言うと早く来てほしい。そして思う存分いたぶりたい。

 シンジの目の前には寝息の静かな少女がいる。ホテルにいた監禁被害者の一人である。催眠ガスで眠らせた。別にこの少女に対しては、何もする必要はない。近くにいれば葉月が大規模な攻撃をできないから、その意味で盾として使っているだけである。同様にシンジもこの少女に非合法な行いはできない。合法的に生活している一般的な少女だからである。シンジが暴行できるのは、非合法に金を稼ぐ少女だけである。つまり葉月である。

 シンジは少女の頸動脈に触った。圧迫はしない。この子については。

 感触が好きなので触っている。少女の頸動脈は触り心地が良い。

「葉ぁ~月ちゃん。遊ぼうぜ」

 この様子を葉月は盗聴及び盗撮している。その可能性にシンジは気づいている。



 シンジさんの呼び掛けを聞いて、葉月はうげぇを顔をしかめた。首を絞められると苦しいので嫌である。それ以上のリアクションは無い。おじさんに囲まれて育ったので、おじさんの露悪趣味にも割と慣れている。傭兵業界は軍人か警察崩れのおじさんばかりで、若い女性はほぼいない。葉月がどちらかと言うとおじさんが好きなのに、おじさんにあんまりモテない理由は、リアクションが露悪おじさんの求めるそれとズレているからかも知れない。大抵の傭兵おじさんにとって、厄介なクソガキぐらいの認識みたいである。

 いやそんなことよりも葉月は夜間行軍中である。装備が重くて、息切れと汗が大変なことになっている。葉月はこれでも傭兵なので平均女性よりは動ける。でも拳銃と軽機関銃と予備弾倉と防弾ベストなど重い装備をガチャガチャと身に着けて、長距離を徒歩移動するのは初めてだった。弾倉とかこんなに要らなかった気がする。軍用でなくてもいいから、荷物持ちの自動人形が真剣にほしい。荷物を持ってくれるなら無職のおじさんでも、銃声に怯えて逃げたり動けなくなったりしないなら構わない。ロバと同じくらいの待遇は保障する。

 目的地は襲撃対象の、シンジさんたちがいるホテル、よりもかなり距離を離した工場地帯である。早朝には人はほとんどいないみたい。

 到着したのは夜明け前であった。作戦決行まで猶予がない。たぶん喫煙所だろう小屋に侵入し、ラップトップ端末を起動した。このラップトップに、人形たちの報告が集まる。人形たちはとっくに配置に着いており、葉月に対して遅い遅いと何度も警告を出していた。基本的に葉月より人形たちの方が優秀である。

「ごめんごめん今着いたってば」

 葉月は警告を消去して到着を報告した。警告を消去する操作はやや乱暴であった。

 作戦計画は人形たちが作成済である。人形一号機ことイチローが見る限り、シンジさん側に人形たちの外殻を正面から貫通できる装備はない。よって正面から突入し、即時ターゲットを射殺、しかるのち撤退する単純な電撃戦である。シンジさんたちは監禁された女の子を卑劣にも盾にしているので、肉薄して正確に狙う必要がある。なお、突入はサブロー、シローのみで行い、イチロー、ジローは葉月の援護に付けるとのこと。葉月の脚が遅すぎるので、撤退に失敗する可能性を危惧しているみたいだ。既に二体は葉月の傍に来ていて、イチローは勝手にラップトップと接続して充電している。欧州の軍用人形的に、このくらいは独断専行にならないらしい。大丈夫だから全員で突入してほしいと、葉月は案を却下した。すると再度同じ提案がされた。閉口したが、そこまで言うならと意見に従った。

 正面突入には賛成だけど、葉月は作戦に一部修正を加えることにした。

 シンジさんたちはターゲットも含めて、ホテル地上階の中央に集まっている。葉月が対物ライフルとかで壁ごしに攻撃するのを警戒しているのだと思う。そんな大きい銃持っていないし、持っていても重くて運べない。狙撃も下手糞。

 シンジさんたちがつまり外側の部屋を放置してくれているので、イチローが侵入する隙が充分にある。ターゲットの繁在家さんの部屋は外側にある。ところで、繁在家さんには監禁システムに干渉する権限が付与されている。居住者に急病人が出た際、迅速に対応するためだと思う。よって繁在家さんが、監禁システムにおける最大の脆弱性である。しかも、自室に管理用端末を放置している。どうもある世代のおじさんたちは極端にセキュリティ意識が低いみたいである。スマホ世代というらしい。

 葉月の提案は、監禁された女の子たちを解放して、盾にしながら侵入することである。シンジさんがやっていることを葉月もやる。法及び人道的な観点から推奨できないと、人形たちから警告を受けた。葉月はこれを乱暴に消去した。人形が人間に人道を説くんじゃない。おじさんが女の子を盾にするのは卑劣だけど、葉月はやっても問題ない。葉月もか弱い女の子だからである。

 人形たちは協議の末、結論を報告した。有効性を認めるとのこと

「ではやりたまえ」

 イチローに声をかける。イチローは充電を中断し、行動を開始した。

 やっぱり葉月の方が賢い。

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