第3話

 葉月はずっと、自分の銃を買ってもらえなかった。どうしても必要となる場合はアサマさんに借りていた。自分の銃を持つと調子に乗る、調子に乗って前に出てこられると困ると言われるのである。葉月としては信用してもらえず悔しいし悲しい。誕生日の度に銃をねだったけど、すげなくあしらわれてきた。それが、十七の誕生日の時、急に拳銃をプレゼントしてくれた。P320という系列の、女性用に小さくしたモデルである。葉月はやっと認めて貰えたと思い、大いに喜んだのだ。つまり勘違いである。認めて貰えたのではなく、もうどうでもいいから自衛しろという意味であった。手切れ金みたいなものだ。落ち込むとそう思うけど、普段はそんなこと考えないようにしている。アサマさんがくれた大切な銃である。

 葉月自身の武装は現状それだけ。大変心もとない。その代わり、軍用の自動人形を四つ所持している。蜘蛛みたいな多脚の小さいやつ。日本では軍も警察も採用していないので、外国から密輸するしかない。趣味人しか使わない。つまり葉月は趣味人であった。アサマさんが葉月の誕生日の度に苦労して手に入れてくれた。銃をくれない代わりに機嫌を取っていたのだと思う。一号機から四号機を、葉月は順にイチローからシローと名前をつけて可愛がった。安直な名前だけど、実用上分かり易い方が良い。

 イチローは最初に買ってもらった人形に付けた名前である。老朽化して代替わりさせたので結局は最も新しい機種になった。大きさは普通の男の人の拳くらい。用途はこっそり尾行させたり、忍び込ませたり、盗聴盗撮とか。小さいから火器はついていないけど、最新機種だから光学迷彩がついている。透明になれる。

 ジロー、サブローとシローは全部同型。最新型のイチローに比べると三倍くらい大きいし重い。拳銃弾を入れて皆で弾幕を張らせることが多い。場合によってはライフル弾を撃てるようにして遠距離に対応させる。

 古い方のイチローも実はまだ生きている。もう足が遅くて実用に耐えない。重いから持ち運ぶのも大変である。メンテはたまにしているけど、ほとんど家で眠らせている。ごくまれに固定砲台として使ったりはする。そういう場合は新しい方のイチローと呼び分けなければならない。葉月は新しい方を「イチロー-C(コンパクト)」と呼ぼうかなと考えていたけど、アサマさんが古い方を単に「デカブツ」と呼ぶのを聞いて、そっちの方が早いかと納得した。

 葉月の全戦力は以上である。人形は自動制御で、同数の傭兵になら対抗できる。でもよっぽど練度が高い人が相手だと厳しい。シンジさんとかはたぶん無理。アサマさんも絶対無理。つまり仕事の都度、相手が誰かという情報はほしい。そういう情報はふつう、敵対企業の経営状況から予算を判断して、その価格帯で、拠点が近くて、手が空いていて、という風に条件で絞って推定していく。霞さんみたいな情報屋さんから仕入れることもある。ただ、情報収集に関して言えば、葉月自身が割と得意である。アサマさんにもそこだけは認められていた。秘密主義のアサマさんの、新しい住所も発見してやったくらいだ。イチローは大変役に立つ。

 女性の味方何とかかんとかいう団体のおじさんによれば、一週間以内に襲撃対象の居場所を特定できるから、それまで待ってほしいとのこと。しかし、葉月が何となく探してみたところ、すぐ見つけてしまった。一見普通っぽいホテルである。適当な一室に忍び込んで盗聴してみたら、まさに傭兵部隊が作戦会議をしているように聞こえる。いきなり当たりを引いた。これは心して聞かねばならない。

 イチローは現地にいる。葉月自身は自宅にいる。葉月の呼吸音は向こうに聞こえないのに、どうしても息がつまる。ヘッドホンを両手で押さえて、耳を澄ました。できれば盗撮したいけど、イチローを物陰から移動させなければマトモな画は撮れない。欲張って見つかりたくはない。ただし、熱探知で人数ぐらいなら分かる。この部屋には四人いる。

【葉月ちゃんって聞いたことありますよ】

【アサマのとこにいた幼女ですよね】

【今は何歳ぐらいになるんだろう】

【十六ぐらい?】

【もう幼女じゃないな】

 三下めいた口調で雑談している。葉月は急激に機嫌を悪くした。

【シンジさん会ったんでしょ。顔は可愛いんですか】

【うーん。小っちゃい頃は可愛かったよ】

【いや今の話。小っちゃい頃は誰でも可愛いです】

【ギークっぽい感じになってた。好きな人は好きなんじゃないの】

【ギーク、って何すか?】

【オタク】

【えぇ、オタク女か。俺はパスかな】

 オタク女…………、って何すか。いや余計なお世話すぎる。

 なんで葉月のことを話しているのか謎だったけど、シンジさんが登場してようやく合点がいった。この人たちはシンジさんの部隊ということだ。ところで、ここは今回の敵の本拠地である。つまり、葉月はシンジさんと戦わなければいけない。最悪だ。考えうる限り最悪の相手だ。シンジさんは割と高価格帯の傭兵だったのに、アサマさんに負けてからは価格が下がった。巡り巡って葉月が一人の時に戦うことになるなんて、あまりにも適切なリベンジチャンスである。神様がシンジさんに味方している。

【あの子については、俺は殺意の方を先に覚えちゃうから、マイナス補正がかかる】

 シンジさんが言った。気軽に殺意の表明とかしないでほしい。やっぱりめちゃくちゃ恨まれている。仕事でやったことなので許してほしい。アサマさんによれば、シンジさんは紳士的で温厚なタイプ、とのことだったが、全然そんなことなかった。

【アサマって辞めたんでしょ。じゃあガキ一人じゃん】

【楽勝っすね。軽くボコボコにしましょう】

 三下っぽい奴らが楽しそう。完全にナメられている。当然である。小娘一人に対して大の男が四人がかりなのだから、たくさん油断してほしい。じゃないと本当に勝ち目が無くなる。

 葉月が今回の相手だってことはバレているみたいだ。状況がどんどん悪くなる。

【痛っ】

【うわっ】

 不意に二人分の悲鳴が聞こえた。イチローの熱探知カメラでは詳細は見えづらいけど、シンジさんが三下を殴ったように見えた。葉月もびっくりした。

【小娘でも、業界歴は五年以上だ。お前らは一年にも満たない。俺は六年。ケーゴは?】

【五年】

 全然喋らなかったもう一人が喋った。

 ルーキーが二人、ベテランが二人の構成ということになる。安定感があって大変よろしい。よろしくない。

【一対一なら逃げろ。確実に二人以上で戦え】

【ウス】

【すみません】

 二対一なんか勝てるわけない。お願いだから単独で突出してください。

【アサマの弟子だ。油断するな】

 シンジさんの小言が続く。

 葉月は徐々に頭が重くなるのを感じ、重すぎるので机に突っ伏した。犬みたいに言語以前の声で鳴きながら、髪の毛を乱雑にかき回す。何の意味も無い行為である。脚をジタバタさせる。言語を取り戻して「なんでよぉ」と喚く。全部意味の無い行為である。

 結局戦うしかない。生活のために。葉月は傭兵でしかお金を貰ったことがない。

「アサマさぁん……!」

 虚空に呼びかけた。



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 葉月から電話がかかってきた。現在の電話番号は教えていない。非合法な手段で調べたのだろう。おそらく住所も知られている。あいつにはプライバシーの概念が無いのだろうか。

【アサマさん。葉月です。あの、助けてほしいです】

「学費なら出す」

 学費とは大学の学費のことである。葉月には大学に進学するよう言ってある。嫌だ嫌だと駄々をこねられたので強制はしなかった。そして当初の予定通り、高校卒業の目途が立った時点で独り立ちさせた。アサマはもう若くない。いつまでも面倒を見られるわけではない。

【学費じゃなくて、その】

「じゃあ知らん。仕送りは毎月の十五日だ。動かさない」

【じゃなくてっ。話を聞いてください!】

「聞かせたいなら譲歩しろ。以上。今忙しい」

【あ。待っ】

 電話を切った。葉月の番号を着信拒否にした。人に頼るばかりでは駄目である。自分で生活できるようになるべきだ。ちょっと甘やかしすぎているくらいである。それに、本当に困っているなら家に乗り込んでくるだろう。何より今は忙しい。葉月に構っている場合ではない。

 アサマは怜子の観察に戻った。

 怜子が父親に呼び掛けている。アサマはそれを見て微笑んだ。当然盗撮であるから、アサマは自宅にいる。怜子は商店街にいる。怜子の声は小さく、父親はなかなか気がつかない。怜子は諦め、眉をひそめて立ち尽くした。アサマが見るに、その表情は憤慨と失望を示している。やはり知能が低くて困る、と思っているに違いない。

 怜子の観察は、極力アサマが自分の目と耳で行うようにしている。どうしても貼り付いていられない状況は当然ある。そういう時も録画と録音は常時行われているし、平常時と違う動きがあれば知らせが来る。この監視システムは、仕事のために葉月が作った。葉月には有用な技能がある。自活の手段はいくらでもある筈だ。

 怜子に誰かがぶつかった。アサマは眉間にしわを寄せた。

 父親がのんびり歩み寄り、怜子を助け起こす。怜子は口をへの字に曲げているが、怪我は無さそうだ。アサマは大変安堵した。次に激怒した。ぶつかった人物を確認しなければならない。謝りもせずに通り過ぎやがった。報いを受けるべきだ。

 その人物は縮れ毛であった。くたびれたネルシャツが下劣さを感じさせる。

【女の子にぶつかるのは好きなんだ】

【気を付けてください。あんな子供にも暗殺者はいる】

 わざとぶつかったらしい。下劣な男には同行者があり、その人物は周囲を警戒している。つまり護衛している。護衛者の制止を聞かず、下劣な男は怜子にぶつかった。

 護衛者は傭兵だろう。だとすれば少し厄介だ。今すぐ轢き潰そうとしても、防がれる可能性が高い。車の近くを通る度に警戒を強めているように見える。アサマを知っている人物かも知れない。

【ああいう顔の子は、成長すると美人じゃなくなるんだ】

【整った顔立ちに見えましたよ】

 下手人は会話を続ける。アサマは黙って聞いている。

【でも印象的なパーツが無い。薄い感じの普通の女になる】

【かも知れませんね】

「……………………あぁ?」 

 まずはこの傭兵を特定する。排除の上で、下劣なネルシャツ野郎を轢き潰す。

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