第11話 第四層 レッサーオーク②
「ガハッゴホッ!!」
壁に叩き付けられ、床に四つん這いとなった俺は、砂に何度も何度も血を吐きつけた。
いっ……たい……いたっ……い……。
全身が痛む。痛む───けど、痺れた様に上手く体が動かせない。感覚が、働かない。
骨、折れた……? やっ……ばっ……今まで、以上に……体が、動かせないっ。
ムリッ………むり……無理……! 死ぬっ、死ぬっ死ぬ!
ドスン ドスン ドスン
オークが俺の方に近付いてくるのが分かる。に、逃げ………逃げっろぉ……。逃げなきゃ……!
「ぶっ───」
再び、強い衝撃が、俺の右脇腹を襲った。
ドォォォォォン!!!!
「かはっ───」
オークに蹴られた勢いで、そのまま闘技場の壁へと激突する。
………。
重力に身を任せて、壁から砂へと落ちていく体。
俺の意識は、それと同時に暗転した。
□□□
俺は今、深い深い、黒くて暗い水の中を、ただひたすらに
何の、為に………戦っていた?
詐来の……為? 詐欺の笑顔が見たいから、頑張る?
───ふざけんな。何であんな売女の為に、俺がこんなにも命を張らなきゃいけないんだよ?
敦への……復讐? あいつに、目にものを見せてやりたいから?
───はっ、もう興味ねぇよ、あんな奴。
………。
じゃあ………何で俺は……戦っていた?
………。
そう……か……。
やっと……分かった……。
俺は……ただ……生きたかったんだ……。
どうしようもなく……生きたかったんだ……。
でも……生きるのにも理由がいるから……無理やり……あの二人の事を……引きずって……引きずってる、風にして……。
………。
本当に、くだらない。
そんな事の為に、今まで、あんなしょうもない記憶を引きずっていたのか? それだけの為に、ずっとあれを覚えていたのかよ? 情けないったらありゃしない。なぁ、
もう……いいだろ?
いい加減、忘れてもいい頃だ。
生きるのに理由がいる?
いらねぇよ。ただ『生きたい』で何が悪い?
さぁ、お目覚めの時間だ。
いい加減、
□□□
「───!」
俺は目を開ける。目の前には、レッサーオークが拳を振り上げている姿が目に入った。
体は痛すぎて動かない。避けられない。
………でも、腕だけなら動くか。
俺は左手を掲げ、掌を、振り上げているオークの腕に向けながら、指を広げて見せた。
掌にはビー玉ぐらいの大きさの火球が出来上がる。俺はそれを腕目掛けて
感覚はすでにゴブリンとの戦闘で掴んでいる。後は、あれをまた行える様にするだけ。
火球がオークの腕にぶつかった───瞬間! 火球は、一気に光量を膨れ上がらせ、大爆発を起こした。
「ぶるぅもおおおぉぉぉ!!!!」
腕が爆発した事で、オークは驚きと痛みの混ざった悲鳴を上げる。そのままオークは後ずさり。
爆発した腕は、拳だけでなく橈骨と尺骨の半分が持ってかれていた。
オークは爆発を受けた腕を反対の手で握り締めながら、こちらを痛みと怒りで歪んだ顔で睨み付けてくる。
俺は
体は相変わらず痛むし、やっぱり肋骨辺りは折れている。でも、だからと言って、そのまま砂の上に寝転んでいては死ぬだけだ。
───
主に、相手の力を削いだり、自分を強化したりする───命に関係する魔術。
初めて行使する術だったけど………うん、上手くいった。
俺は闇属性魔術で痛覚を限界まで緩和。蓄積した疲労・ダメージも、アドレナリンをより放出させる事で感じさせない様に。筋肉も強化───これで、
「ぶもおおおおおぉぉぉぉぉ!!!! ………っ!?」
いきなり雄叫びを上げたオーク。より怒りを露わにし、俺を握り潰そうという殺気が伝わってくる。
「……ブルッ、フルゥ……っ!? ブルゥゥ!? 」
オークの呼吸が安定していない。見るからに肩で息をしている。
でも、オークは、何故自分がこういう状態へと陥ったのか分かっておらず、かなり混乱している。どうやら、あの状態のオークは、今の俺同様、かなりのアドレナリンを放出している様だ───自分の限界も分からないぐらい、大量に。
でも、だからと言って、こっちが真心を加えてやる道理は無い。
俺がお前を殺さない限り、お前は俺を殺そうとしてくるだろ? だったら、こちらも遠慮無くやらせてもらう。
俺は足を前へと踏み出した。どんどんと前へと進んでいく内に、いつの間にか俺の歩みは駆け足になっていて。
「───っ」
俺はその勢いのまま、オークの頬に殴り掛かっていた。
身体強化がかかった俺の拳をもろに受けたオークは、そのまま体制を崩し、右手までも砂の上に着ける。
………あぁ……いってぇ……。
よくもやってくれやがったなぁ、クソ豚ぁ!!!!
俺はそのままオークの横を通り過ぎて、転がっている剣の下まで走り、拾い上げる。
「ぐるぅああああああ!!!!」
殴られた事で余計怒りを増幅させたのか、青筋の浮かぶ顔でこっちを怒鳴りつけてくるオーク。しかし、それとは相反して、相変わらず体は動いていない。
うるせぇよ、クソ豚ぁ。
俺は再び、オークの下まで走っていく。
狙いは首。俺は剣を振り上げた。
向かってくる俺に、オークは怯まない。
膝が地面に着いているにも関わらず、無理やりオークは右フックをかましてきた。俺の斜め下から拳が迫ってくる。
でも、そんな事は
俺は、その迫ってくるオークの腕の上部を通過する様に飛び上がる。
そして、そのまま空中でオークの体と並列し。
その隙だらけの首に、剣を振り下ろした。
ザシュッという音が、小さく響く。
オークの顔には、痛みという感情が浮かんでいない。
ただこちらを睨み付けたまま、静かにその顔は砂の上へと落ちていった。
ドバドバと、斬られた断面から大量の血が
オークの体は倒れ無い。その代わり、砂の上に佇んだまま動く気配も無い。
俺は、このオークに勝利したのだ。
それにしても……と俺は思う。
こんな異形を殺しただけだというのに、それだけで俺は気持ち悪くなって吐いていたのか。
はん、心に仮面を付けるというのも楽ではないな。しかも、今の今まで、仮面を付けていた事すら忘れていたときたもんだ。全く………道化にも程がある。
「………───!!」
どうやら、オークの体内に宿っていた魔素が、俺の体内へと移った様だ。
急に、気持ち悪さと倦怠感が襲ってくる。
これは……どんな状態でもきついもんだな。
俺はそのまま、砂の上に腰を下ろした。
凡人英雄化計画 〜優柔不断で軟弱だった少年は、百の試練を乗り越え、英雄となる〜 雪ノ 狐 @rorisiszuki4yukinokitune
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