第10話 想いを託して
窓からさす朝日で目を覚ます。
他人の家で一夜を過ごしたのに、不思議と熟睡できて寝覚めもすごくいい。
「あ~、長い夢だったな…………………」
鉄喰稲荷の夢から覚め、飛騨昭男は眠気眼をこすり、布団の上で背伸びをした。
それでもだらしなく、ボ~としながら猫背で座り、天井を見上げて夢の内容を思い出す。
不思議なもので、夢を見ている時は夢を見ているという自覚はないのに、覚めると夢を見たという記憶はあるのに、内容は全く思い出せない場合が多い。
だが、どういうわけか今回は、夢を見ていると夢の中で自覚できたし、こうして夢から覚めても、その内容は頭の中に残っていた。
「やっぱり鉄喰稲荷が…………………」
結局のところ、あの頭巾の侍の正体は不明のままだし、何故、子狐丸の影打を、妖のギンが持っていたのか分からないままだ。
もしかしたら、ギンは妖怪ではなく稲荷明神の………………?
だが、夢の中で見たその物語の真実を、今となっては知る術はない。
ふと、枕元に置いておいた祠を見ると、気のせいか昨夜よりも、置いていた場所から少しずれているように思えた。
昼前頃、飛騨は大沢の案内で、祠を元の場所にもどすため、森の方へと向かった。 途中、昨日と同じく、鉄喰稲荷の祟りと噂されている、見事に切られた鉄看板や道路標識が幾つも見られた。
そのまま少し行くと、例の工事のために、その辺り一画だけ、森の木々が切り倒され開けている。
ふと、工事現場脇に目をやると、この辺りで唯一切られていない看板があった。
まるでその看板を見よ、とでも言っているかのように、見事に無傷で残っている。 畳ほどの大きな画面に、怪我をして包帯を頭や脚にまいた熊や猪、鹿に猿、狐が悲しそうな顔で、ゴルフクラブに×印をつけたプラカードを持ち、『遊びの為にぼくらの家を壊さないで!』と訴えかけた絵が描かれていた。
工事反対派の人が、立てたモノだろう。
「工事ってゴルフ場建設ですか?」
「そうだよ」
気のせいか、大沢の返事は憮然としている。
「考えてもみたまえ。確かに人が生きていくには、多少の自然破壊もやむを得ないかもしれない。家を建てたり畑を造ったり、建築資材を得るためだったり、仕方無いことだ。決して遊びのためなんかじゃないんだ。
この国には数千ものゴルフ場がある。
いくら県や国が許可したとはいえ、それを作る度に、そこに元々住んでいた何の罪もない動物達は、住み処もエサ場も突然奪われ、何の宛てもなく、他の土地に逃げるしかない。
しかし他の土地にも、元からそこに住んでいる動物がいて、多くは新しい住み処を見つけられず、仕方なく人里にやって来て射殺されるか、エサを採れない痩せた土地に逃げて行き、惨めに飢えて死んでいくしかない、というのは紛れもない事実なんだよ。 その事実に見向きもせず、紳士のスポーツだ、などと、よく言えたものだ! 遊びのために動物の生きる術を奪うなど、神仏でもやってはいけないことだと何故分からない! 遊びたきゃ迷惑のかからない場所にでも作れ! 天然記念物とか絶滅危惧種じゃないと死んでもいいというのか? 何様のつもりだっ! はぁはぁはぁ(汗)……………」
大沢は怒りの声を荒げている。
「まあまあ落ち着いて。大沢さん、ゴルフに恨みでも?」
「個人的にはないよ。ただ、真実を言っているだけだ」
「いやまあ、分かりますけどね……………」
飛騨は肩をすくめ、
「ギンは森を、いや、藤兵衛さんとの思い出のあるこの地を、守ろうとしてるのでは?」
飛騨の脳裏に、夢の中で森の中を散歩する、藤兵衛とギンの姿が過った。
「ギン?」
何気なくそう言った飛騨に、大沢が怪訝そうに聞いた。
「いえ、何でもありませんよ。でも、この看板で訴えている通り、あの立派な森を、娯楽目的のために壊すのは、オレも反対っすね。 工事反対の署名って、まだやってます?」
「もちろん!」
飛騨の言葉に、大沢は笑顔で答えた。
例の切り裂き事件は、やはり鉄喰稲荷の祟りなのだと飛騨は確信した。
そのまま祠のあった場所辺りに行くと、近くで大勢の人が言い争う声がした。
見ると、工事関係者と工事反対派がぶつかり合っているようで、今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうな雰囲気である。
それを、例の切り裂き事件の調査に来ていた警視庁と県警の警官達が間に入り、必死に双方をなだめていた。
もっとも、工事関係者も現場の者大半は、事件の事が気になって、そのうちに自分達が切られてしまうのではないかと、すでにやる気を失せさせていた。
実質、反対派と抗議をしているのは、何としてもゴルフ場を作りたい事業主だけだった。
「おーおー、醜いねぇ~。そうまでして玉転がししたいかね?」
飛騨も大沢も、呆れ顔で双方のやりとりを見ていた。
すると…………………
『っ?!』
辺りに一陣の風が吹き抜けた。
何事かと、一同が周囲を見渡した次の瞬間、
ギンッ、キキンッ
と、鋭い金属音が響いたかと思うと、
ドォォォォン………………
現場に置いてあったパワーショベルのアームが、見事な切り口を残して崩れ落ちた。
「うわああああ、まただぁっ!!」
「逃げろぉっ、今度はオレ達まで切られちまうっ!!」
あまりのことに、反対派も工事推進派も騒然となる中、何故か恐怖心を感じなかった飛騨は、辺りを見渡した。
どこかに、ギンがいるような気がした。
そして、
「あっ!」
切り刻まれた重機と反対側の木の上で、両手にそっくりな二振りの太刀を持った、夢で見た妖の姿のギンがいた。
「どうかしたのか?」
「いえ、あの木の上に……………」
何事かと聞いてきた大沢に、飛騨はギンの方を指さし言ったが、
「何かいるのか?」
と、どう見ても人ではない姿のギンの方を見ているのに、大沢は不思議そうにしている。
どうやら今のギンの姿は、あの夢を見た飛騨にしか見えないようだ。
「い、いえ、何でもないです」
そう答えると、木の上のギンは飛騨の方を見て笑ったような気がした。
「??????」
呆然としながら見上げる飛騨と目が合うと、ギンは右手の太刀を空中に放り投げた。 その太刀は、ヒュンヒュンと風切り音をさせながら宙を舞い、少し離れた地面に真直ぐ突き刺さると、そのまま空気中に溶けるように消えて無くなった。
「え?」
何をしたのかよく分からず、飛騨がもう一度木の上を見上げると、そこにはもうギンの姿はなかった。
ワケが分からないまま、飛騨は太刀が消えた方を指さし、
「あ、あそこ…………………」
「今度は何だね?」
「あそこに、その、ええ~と、何か埋まってるような………………………」
「何を言ってるんだ?」
大沢が困ったように聞き返すが、飛騨は切り裂き事件が起きて、慌てふためいている警官達をかき分け、太刀が落ちた辺りを、工事現場のスコップを持って、掘り返し始めた。
いったい何事かと、警官や工事反対派、工事の作業員と事業主が見守る中、すでに工事でだいぶ地面が掘り返されていたからだろう、ほんの30㎝も掘った所で古い地層に届き、スコップの先が何かに当った。
その後は慎重に掘り進めると、そこから細長い桐の木箱が出てきた。
もしやと、飛騨がゆっくり開けると、中から見事な一振りの太刀が出てきた。
その後、鑑定家によって、その太刀は正真正銘、三条宗近の作であり、かなりの業物と証明された。
さらにそこから少し離れた場所で、銘を彫られていない、見事は刀が数振り発見された。 恐らくそれは、依頼を受けた藤兵衛が練習で造った刀なのだろうが、あまりに見事な出来に、鑑定家達は「正宗や虎徹、幕末期の源清麿に匹敵する名工の作」と断言し、先の小狐丸・影打に続いて世紀の大発見として、更なる調査の結果、江戸時代にこの地で、藤兵衛月貞という刀鍛冶と、後に鉄喰稲荷となる妖狐の文献も見つかった。
そして、例の切り裂き事件は、これら名刀と鉄喰稲荷が起こした奇跡、または祟りなのではと噂が広がると同時、子狐丸・影打が発見されたことに歴史研究家達も国に働きかけ、ここは歴史的に重要な場所なのかもしれないとし、この一帯の森が保護されることとなった。
当然、ゴルフ場建設は中止である。
一年後、飛騨は再びこの森を訪れていた。
あの時、元に戻した鉄喰稲荷の祠にお参りするために。
あの出来事以来、すっかり切り裂き事件は起こっておらず、そして森も少しずつではあるが、緑を取り戻しつつあった。
前の状態に戻るには、まだまだかかるだろうが、それでも一年前とは比べ物にはならないほど、多くの動物の気配が感じられる。
何より、活き活きとした空気が別物だった。
「コレよコレ。やっぱ自然は大事にしないとね」
森の緑に感動し、三宅から無理矢理もらったライカのレンズを、森の奥に向けた。 茂みの陰からヒョッコリと、鹿か何かが顔でも出してくれたら最高なのにと、少し期待しながら、レンズを左右に振って見ていると、
「っ?」
突如、ファインダーの向こうの繁みからこちらを見つめる、トキの姿を見つけた。
驚いて顔を上げると、トキは飛騨に会釈をして、森の中にスゥ~ッと、姿を消した。
「そうか……………よかったな」
森全体から、多くの動物達の声が響いた。
それは何か、歓喜の声のようにも聞こえた。ふと見上げると、木々の間を跳躍する、あの藤兵衛が造った小狐丸写を持った、半妖のギンの姿があった。
鉄喰稲荷 京正載 @SW650
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