第9話 宗近写
ギンは大急ぎで走った。
早く藤兵衛を人間の医者に診せなければ。
きっと今からなら間に合うに違いない。
そう信じて……………………、
「藤兵衛…………様……………?」
緊張するギンは、横たわる藤兵衛に声をかけた。
族を追いかけて行ったときのまま、奥の部屋で静かに倒れている彼が、あの後に動いた形跡は見受けられない。
まさかの思いで、その身体に触れてみると、すっかり冷たくなってしまっていた。 だがその死に顔は、不思議と穏やかだった。 刀は必ず、ギンが取り返してくれると信じていたのだろう、むしろ安堵の笑みにも見える。
「藤兵衛様、藤兵衛様ぁぁぁっ!!」
ギンは泣いた。声が枯れるまで泣き続けた。
翌日、事件を知った村人達によって、藤兵衛は丁重に埋葬された。
その様子を、狐の姿に戻ったギンは、放心状態で見つめていた。
まるで陶器の人形のように、ピクリとも動かずにしている。
その様子を見て、ギンが藤兵衛になついていたことを知っている村人達も、心を痛めた。
すると、
(…………………そうだ)
ギンは何かを思い立ち、墓の前から村の方に駆け出して行った。そして駆けながら、それを見ていた村人達の前で、ギンは残った妖の力を使い、再び半妖の姿へと変化した。
「ひぇっ!!」
「な、何だぁっ?!」
ワケが分からず、悲鳴をあげる村人には目もくれず、神社にやって来たギンは、妖気で切れ味を増した小狐丸・影打で、釣り鐘の下の方を切り落とした。
そしてその切れ端を妖の力で軽々と抱え上げると、次は賽銭箱の飾り金具、本殿の柱の鎹、近くの畑に置いてあった鍬、目についた金属を次々と切り集めると、
それらを持って再び藤兵衛の墓の前に来て、
「藤兵衛様、鉄を、鉄を持って参りました。 盗んだモノで申し訳ありませんが、これで再び、刀を造ってくださいまし………………」
悲痛な声で墓の中の藤兵衛に懇願した。
だが、もはや墓の中の藤兵衛が、それに答えてくれようわけもない。
「藤兵衛様、答えて下さいませ。せめて何か一言でも………………」
現実を受け入れられないギンの叫びに、恐る恐る様子を見ていた村人達は、顔を見合わせている。
「私に、私に刀を造ってくださると、前に言われたではありませんかっ?」
最後にそう叫ぶと、ギンは墓によりかかり、大声で泣きだした。
すると、村人の一人が、
「お、おい、狐よ…………………」
「……………」
恨めしげに振り返り見るギンに、村人は少したじろぎながら、
「おまえの言う刀って、藤兵衛さんの鍛冶場の神棚にあった、刀の事じゃないのか?」
「……………………?」
「葬儀の準備をしていたときに見つけたんだけど、出来たばかりの見事な太刀が、大事そうに置いてあったぞ」
「っ!!」
それを聞いて、ギンはフラフラと立ち上がって、どこか落ち着き無く家の方に向かった。
行くと、村人が言った通り、神棚に一振りの見事な太刀が、祀ってあった。
茎には『武州住藤兵衛藤原月貞』と、藤兵衛の銘が彫られている。
藤兵衛にとっても、これが初めて銘を彫った刀であった。
そしてその銘に続いて、
『写 三条宗近 為 我友 ギン』
とも彫られていた。
「写」とは、名刀や名工に敬意を払い、真似て造ったという意味である。
ギンはその太刀を抱いて、
「うあああああああああああああん」
再び大声をあげて泣いた。
その後、ギンは『小狐丸・影打』と、藤兵衛の形見となった『小狐丸・影打写』を持って、山に帰って行ってしまった。
それ以来、ギンの姿を見たものは誰もいない。
そして後年、事情を知った村人達によって、藤兵衛の冥福とギンの為に、『鉄喰稲荷』の小さな祠が建てられたのである。
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