第8話 怒りの刃

 それからというもの、ギンは気の抜けない毎日を過ごした。

常に家の近くに目を凝らし、あの頭巾の侍が近付いてこないか警戒を怠らなかったが、幸いにも今のところその気配はなかった。

 そして十日が過ぎた。

ギンがトキとして、研ぎの終えた宗近を受け取りに来る約束の日である。

満月の夜ではないが、今の妖力でも一時的に人の姿を保つことは可能だ。

(刀を持って山に返せば、もう盗むこともできないはず。あの侍が来る前に、人の姿になり、刀を受け取らねば……………………)

少しの間、見張りを留守にするのは気掛かりであったが、人に化けるには山に入らねばならない。

ギンは何度も藤兵衛の家の方を振り返り、山の頂を目指して駆けて行った。


 月は欠けて光も弱く、ギンに十分な妖気を満たさせることが出来なかった。

完璧に人の姿に化けるためには、もう少し時間がかかりそうだ。

すると、風に乗って漂ってきた匂いが、ギンの鼻をくすぐった。

これは…………………、

(血の……………匂い?)

ギンの背中に悪寒が走った。

言い知れぬ不安が、頭の中を駆け巡る。

(まさか………まさかまさかっ?!)

もはや人の姿に、山城屋のトキに変化している余裕はない。

ギンはその姿のまま、藤兵衛の家の方に走った。

その姿は、半分人間半分獣の、まさに異形の姿をしていた。

獣道を無視し、森の中を真直ぐに貫き、木の枝から木の枝へと、重力を無視した跳躍で軽やかに飛び移り、瞬く間にギンは藤兵衛宅に辿り着いた。

着くと、やはりいつもと雰囲気が違った。

辺りはすでに日が暮れて真暗だというのに、家の中からは行灯の光が漏れていない。

(遅かった………………?)

全身から血の気が引ける思いで、恐る恐る家の中をのぞき見ると、奥の部屋で藤兵衛が、血だまりの中に倒れ伏していた。

大勢の族で押し入ったと見え、家の中が派手に荒らされてもいる。

(そ、そんなっ、うそだっ!!)

刀が欲しかったのなら盗めばいい。

何も彼を殺める必用がどこにあろう?

足が震えた。

我目が信じられなかった。

ガクガクと震えながら、ギンは藤兵衛を抱き起こした。

まだ身体に温もりは残っている。

呼吸もわずかながらしていた。

しかし………………、

「藤兵衛様っ、藤兵衛様っ!!」

揺さぶられ、藤兵衛は弱々しく、ゆっくりと瞼を開いたが、その目にはもう生気は感じられなかった。

それでも自分を抱き起こしている、半分狐の姿のトキを見ると、

「ああ、やはりギンだったのだな? す、すまない。おまえの大事な太刀を盗まれ

てしまった」

「いいのです、そんなことはもう! それより傷が…………………」

「私は平気だ。それに、あの刀をおまえに返さないことには、死んでも死にきれないよ」

藤兵衛はそう言うと、立とうとしたが、座るのが精一杯であった。

「すぐに麓の町まで医者を呼んで参ります」

「いや、いい。私は平気だから」

「でも…………でも…………………」

ギンはうなだれ、黙り込んだ。

そしてしばらく考え、

「藤兵衛様、そこで休んで待っていて下さいませ。今より私が、あの刀を取り返して参りますから」

そう言ってギンは、飛び出して行った。

刀を見れば彼も落ち着いて、傷を癒してくれるかもしれない。そしてきっと、これからも今までのように一緒に…………………。

いや、ギンはそう思いたかっただけだった。

本当はもう、どうやっても藤兵衛は助からないと、本能で分かっていたのである。

だがそれを認めることが、どうしても出来なかった。


 麓の町に向かう街道をギンは疾走した。

走るうちに怒りが、ギンの妖の血も熱くして、妖気がどんどん増していく。

纏った着物が妖気で銀色に輝きだした。

そして、怒りで毛が逆立って太くなった尻尾も、いつの間にか九本に増えていた。 先祖の妖の血が、ギンに本来の姿を与えた。


 程なくして、件の族と思われる一味を、ギンは見つけた。

その中には、あの頭巾の侍の姿も見える。

一同は街道脇に立ち止まり、小休止していた。

頭巾の男は勝ち誇ったように、盗んだ宗近を愛でながら、月明かりにかざして眺め、

「やはり素晴らしい。あの刀匠を失ったのは惜しいが、それだけの価値はあったぞ」

と、笑みを浮かべている。

その姿を見て、更に怒りの増したギンは、次の瞬間には、十人程もいた族の大半の首を、鋭い爪で薙ぎ払っていた。

「ひぃっ!」

いきなり盗賊数名の生首が、足下に転がり落ちたことに、頭巾の侍は驚いて声をあげ、その場で腰を抜かした。

気配を感じて、近くの木の上を見ると、三日月を背に、爪から血を滴らせたギンの姿が、妖の姿があった。

「バ、バケモノッ!」

後の盗賊も訳が分からず、安物の刀を抜いてギンを威嚇するが、当のギンは少しも臆することはなかった。

凍るような冷たい眼差しで、族達を見据えると、それだけで盗賊達は慌てふためいて、逃げだして行った。

ただ一人残った頭巾の侍は、腰が抜けたままで逃げるに逃げられない状態だ。

「な、何が望みだっ?」

「太刀を返せ」

まるで悪鬼か何かのような、地の底から響くその声に、男は恐怖した。

しかし、

「い、いやだっ。こんな素晴らしい刀を、おまえのような化物や、あんな田舎者なんかに持たせておけるものかっ!」

必死の気力で言い放つが、その声も震えてしまっている。

「そ、そもそも、この刀がどれだけ値打ちのあるものなのか分かっているのか?」

するとギンは、再び刺すような目で睨み据え、

「知っている」

「っ?!」

「それは平安の世、山城国は三条宗近が、氏神の稲荷明神と共に造りし『小狐丸・影打』」

「な……………何と!!」

ただの名刀ではないとは思っていた。いくら宗近の作とはいえ、まさかそんな伝説級の刀だとは思ってもいなかった男は絶句した。

小狐丸とは、ギンの言う通り、宗近が満足のいく刀が出来ず悩んでいたところ、氏神の稲荷明神が協力して造ったと言われる伝説級の刀である。

刀匠は依頼を受けて作刀した際、依頼主に渡す刀を真打という。影打とは刀匠が手元に残しておく同レベルの刀である。

まさかその幻の名刀を、狐の化物が持っていたとは思ってもいなかった男は、刀を胸に抱え込んで、

「そ、そうと分かれば、尚のこと返すわけには………………」

言い終わるまで待たず、次の瞬間にギンは彼の目の前に飛んで、瞬く間に刀を奪い返し、茎を掴んでそのまま一刀のもと、男の体を頭の上から唐竹割りに両断していた。

それはまさに、一瞬のことであった。

これ以上男の戯言を聞く事が、ギンには耐え難かった。

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