帰宅
ベーカリーの飾窓が灯る時刻、その一区廓を秋風のように涼やかに歩く真拆のすがたを見かけた人々は一様に首を傾げた。霧雨のような髪、瓦斯のような肌、新月のような瞳――それら街灯的要素は以前の真拆氏と何ら変わることのないものであったが、その傍らに幼い少女を伴わせており、その組み合わせがひどく奇妙だったからだ。
「美しい女の子でしたよ。ええ、ひどく美しかった」
――とは言え、いつものようにパンを買い込んだ真拆氏の腕に自身の腕を絡めて、彼の歩行を阻害するほどべったりと甘えているその少女はなんだか、見てはいけないもののような気がして、あまり注視しませんでしたがね。……とベーカリーの店主は後に語った。
あるいはこんな風聞もある。――その少女は10歳前後に見えたが、それはどうも風貌だけのことで、実際は見た目以上に幼いようでしたよ。本当はつい数週間ほど前に産まれたばかりの幼児のようでした。ろくに挨拶もできないで。
ところで、花屋の婦人がその少女に名前を訊ねたところ、彼女は存外おとなびた微笑でそれに応えて「Luna」と言い捨てたという。
砕け散る月光の破片 北条雨傘 @ksiezyc
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