第11話 長い1日の終わり

勢いよく戸が開けられた音で、ゼオンもルキもびくっと肩を震わせた。

戸口の方へ視線をやると、息を切らしたリズが立っていた。

2人共、最初は訳が分からなかった。

真っ先に動いたのはルキだった。


「リズ‼リズ、無事だったのね。私達心配したのよ。リズが帰って来ないって。さっきまでずっとシリアの森を探し回ってたんだから。それでね、ゼオンったら…」


リズが帰って来たのが嬉しくて、つい饒舌になってしまったルキだったが、リズの尋常ではない様子に気付くと、ふと口をつぐんだ。


「リズ?どうかしたのか?」


ゼオンもリズの異変を察知したようだ。不安げに彼女の顔色を窺う。

リズの顔は青ざめていた。呼吸も乱れている。

一体何が彼女をこんな風にさせたのか。


リズは呼吸を整えながら、必死に声を絞り出した。


「ルキ、ゼオン、村が、大変なの」


「村⁉お前まさか村に行ったのか?」


ゼオンが思わず声を張り上げた。

途端ルキに睨まれると、彼は渋々口を閉じた。

ルキはリズに近寄り、そっと肩を抱き寄せた。


「とりあえず座って。まずはお茶でも飲んで気分を落ちつかせましょ。それから、私達に話してちょうだい」


リズはこくりと頷いた後、疲れきった足でゆっくりと椅子まで移動し、力が抜けたように座った。

そして、ふと思う。


変なの。今日の朝までここにいたはずなのに。

なんだか凄く懐かしく感じる。


ルキが淹れてくれたお茶は、思いの外とても苦かった。

けれども、体が芯から温まる心地がした。

暫くリズは、無心でただひたすらお茶を飲み続けた。


「落ち着いた?」


不意にルキの声がした。リズが顔を上げると、ルキとゼオンがこっちを見ていた。

2人共心配そうな顔だ。


「うん、大丈夫」


リズは力なく微笑んだ。


「じゃあ、聞かせてくれる?一体何があったのか」


ルキは、少し安堵した表情を見せながら問いかけてきた。

一瞬の沈黙の後、リズは深呼吸をし、今朝からの出来事を順を追って話し始めた。


まず、シリアの森でフェインという人間に出会った事、そして、そのフェインに誘われて村に行った事、彼とその友達であるジャンと一緒にうどんを食べた事、その後フェインの家で話していたら、突然悲鳴が聞こえた事・・・


「悲鳴?」


ルキが眉根を寄せた。リズは頷いてみせた。


「そう。村の一軒家にね、いっぱい人が集まっていたの」


「それで?」


そこで、リズは声を低くしながら言った。


「村人の娘が1人、鬼に食い殺されたんだって」


ルキとゼオンは同時に息を飲んだ。

鬼に食い殺された。

それは、とても重大な事だった。


「待って。鬼の世界には掟があるはずよ。"村では人間を殺してはいけない"って。鬼だったら、みんなが心得ているはずでしょ?」


ルキの声は掠れていた。リズの話が信じられず、ひどく動揺しているのだ。

そして、ゼオンもまた同じだった。


「だけどよ、俺様たちが一族を離れてから何年経つ?かれこれ10年だぜ。もう掟なんて変わってるかもしれないぜ」


「掟は、そう簡単に変わることなんてないのよ。鬼の忠誠心を甘く見ないで」


ルキは軽くゼオンを睨んだ。

ゼオンは一瞬たじろいだが、すぐに開き直った。


「ってことは、誰かがその掟を破ったってことなのか?」


「恐らくね。誰なのかは分かんないけど、その鬼、相当危険ね」


その時、リズがおもむろに口を開いた。


「2人は、誰か心当たりはいる?」


ルキは考え込んだ。


「う~ん、そうね。これと言って何も…」


そう言いながら、彼女は途中ではっとした。


「そういえば、今日フィーユに会ったわ。ねえ」


ルキに促され、ゼオンも思い出しながら頷く。


「ああ、そうだ、そうだ。忘れてた」


リズは目をぱちくりさせた。


「フィーユに?なんで?」


「シリアの森にリズを探しに行ったら、いきなりあいつが現れたんだ。仲間にならないか、だってさ。ふざけやがって。きっぱり断ってやったぜ」


ゼオンが得意げに言い放つ。


「何言ってるの。断ったのは私でしょ」


すかさずルキが突っ込んだ。


「あ、そうだった」


ゼオンの間抜け面に、リズは苦笑した。だが、ルキは笑わなかった。


「1つ気になったのは、仲間にならないって私が断った時、あっさり引いたのよね」


「そこで、俺様は考えた。フィーユがここにまた戻って来たのには、他に目的があったからだって」


ゼオンがまたもや得意になって言った。


「目的?もしかして、村人を殺したのはフィーユだって言うの?」


リズは身を乗り出して聞いた。すると、ルキが長い溜息をついた。


「リズ、ゼオン。事を勝手に運ばないで。まだそうと決まったわけじゃないわ。いい?事実を整理しましょう」


一息ついてから、彼女は続けた。


「リズが村に行った事は、ひとまず置いておきましょ。まず、村で娘が鬼に食い殺された。その鬼は、"村では人間を殺してはいけない"という掟を破っている。次に、どういうわけかフィーユがこの地に戻って来た。大きく分けて、この2つかしら」


「でも、その2つに関連性ってあるのかな?」リズだ。


「問題はそこよね。証拠がないから、想像だけが膨らんでくのよね」


「俺様は、どうもフィーユが匂うと思うぜ。いや、絶対そうだ。あいつに決まってる」


ゼオンは断固として譲らなかった。

一方で、ルキは、納得のいかない表情で腕組みをしていた。

ここで悩んでいても仕方がない。


「とりあえず、明日みんなで蔵書を探しましょ」


ルキが提案をした。


「探す?何をだ?」


ゼオンは首を傾げた。


「決まってるでしょ。手がかりよ。これまでに掟を破った鬼の前例がないか調べるの」


ルキの言葉に、リズは耳を疑った。


「えっ、あの膨大な数の本の中から?」


「そうよ」


ルキは、事も無げに言った。


「今私達にできることと言えば、それくらいしかないでしょ。村に行くわけにもいかないし、他の鬼達との連絡も絶ってるんだから」


ルキの言った事は最もだった。反論の余地はない。

しかし、リズもゼオンもあまり乗り気ではなかった。

そんな2人をちらと見て、ルキは付け加える。


「ま、リズもゼオンも別にやりたくなければ、やらなくてもいいのよ。私1人でも探せるから。ただ、3人で手分けして探せば効率が良いのは確かだけどね。でも、無理強いはしないわ」


そう言いながら、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

リズは慌てて言った。


「な、何言ってるの。ルキってば。私達もちゃんと探すわよ。ねぇ、ゼオン」


リズに視線を投げかけられたゼオンは、渋々首を縦に振った。

ルキに逆らったら、あとでご飯が抜きになるなど、どんな仕打ちが待っているか分からない。


「お、おう、あったり前だろ。ほら、3人寄れば何とかってよく言うし」


「文殊の知恵でしょ」


リズは呆れながら言った。


「そう、じゃ決まりね」


ルキの言葉に、リズもゼオンもほっと胸を撫でおろした。

やれやれ。


「ところで、ずっと気になってたんだけど、リズが頭に被ってるそれ、何?」


いきなりルキが話題を変えた。リズの頭の上の方を指差している。

リズは「ああ」と思った。


「これは、フェインに貸してもらったの。鬼の角を隠せるようにって。おかげで村人に全然気づかれなかったわ」


リズは、どこか嬉しそうに話した。


「そのフェインっていう村人は、リズが鬼だって知ってるのよね」


「もちろん」


「おいおい、大丈夫なのかよ。そいつ絶対リズの事狙ってるぜ」


ゼオンの声に、リズはむっとした。


「フェインはいい人だもん」


「そんなの分かんないぜ。人間の言うことなんて信じられるか?」


「少なくとも、ゼオンよりは信じられるわ」


「なんだと」


すぐにルキが手を叩いた。


「はいはい、そこまで。リズ、ゼオンは妬いてるだけよ」


そう言いながらウインクする。

ゼオンは必死になって否定した。


「バカ、俺様は違うぞ。違うからな」


ゼオンの顔は赤くなっていた。

その様子を見ながら、ルキは堪らず吹き出した。


「何が違うのかしら」


「それは、ほら、あれだ。ルキ、わかってんだろ」


「さあ、何の事かしら」


ルキはしらを切った。

ゼオンの顔がますます赤くなる。

彼をからかうのはとても面白い。


「なんだか楽しそうね」


2人のやり取りを見ていたリズが呟いた。

途端に、ゼオンがキッとリズを睨みつけた。


「どこがだ」


リズは、きょとんとした。

唯一この場を楽しんでいたルキは、笑いを堪えながら言った。


「ねえ、もうそろそろ寝ましょ。夜も更けてしまったわ」


リズと、納得できなかったが、ゼオンは、従った。

それから、3人は寝床に就いた。


けれども、リズはなかなか眠ることが出来なかった。

実は、ルキとゼオンには、1つだけ言っていない事がある。


フェインが話してくれた、人食い鬼の話。

彼の両親が鬼に食べられたという、あの恐ろしい話。

あれだけは、リズが口にするのを躊躇った。


今は言えない、今は。


リズは、懸命に忘れようとした。だが、しっかりと脳裏に焼き付いてしまった記憶は、一向に忘れることは出来なかった。

そして、知らず知らずのうちに、リズもまた眠りについた。


この時は、まだ予想もしていなかった。

フェインの話が後々、リズにとって重要な意味をもつようになるとは。

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鬼恋 めいしゃん @mey_xian

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