第10話 疑心暗鬼
フィーユが戻ると、紺色のローブを身に纏った、金髪の鬼が顔を上げた。
「どうだった?」
フィーユは、吐き捨てるように答えた。
「どうもこうも、サカス、村は大騒ぎだったよ。娘が1
「鬼に食われた?」
サカスが眉間に皺を寄せた。
「どういうことだ?」
「知らないよ。とにかく、あたしが聞いたのはそれだけ」
フィーユは言いながら、竈に火を起こした。
1日中歩き回ってお腹が空いていた。
「ところで、今日あいつらに会って来たんだ」
フィーユの言葉に、サカスははっとした。
「あいつらって、リズとルキとゼオンの事か?」
「いや、リズはいなかった」
「何でだ?」
「知らない。仲間割れでもしたんじゃない?」
鍋に猪肉と山菜を入れながら、フィーユは答えた。
それから、油を加え、味噌で味付けをした。
「あいつら、やっぱり仲間になる気なんてないみたい」
「そうか」
サカスは気のない返事をした。
何かが腑に落ちない様子だ。フィーユは鍋に蓋をして、サカスを振り返った。
「どうしたんだい?何か考え込んでるみたいだけど」
「うーん、そうだな。フィーユ、お前、リズの居場所に心当たりはないのか?」
予想外の質問に、フィーユは一瞬面食らった。
「リズの居場所?何でいきなり…。あ、そういえば、シリアの森にはいなかったみたいね。ルキとゼオンが途方に暮れてたわ」
2人の姿を思い出し、フィーユが可笑しそうに「あはは」と笑った。
けれども、サカスは再び考え込む素振りを見せた。
フィーユには、何が何だかさっぱり分からない。
「ねえ、サカス。一体何を考えてるんだい?リズがどこにいるかなんて今は関係ないで」
「じゃあ、リズが村にいるとしたら?」
サカスは、途中でフィーユの言葉を遮った。
「あいつらの家にもシリアの森にもいないんだったら、村にいるとしか考えようがない」
ここまで聞いて、フィーユは、サカスの言わんとしていることに大体見当がついた。頭には、水色のショートヘアの鬼の姿が浮かぶ。
「サカス、もしかしてあんた」
サカスは頷いた。
「村の娘を殺した鬼は、リズだ」
次の瞬間、鍋が甲高い声を上げた。
2人は同時にびくっとした。どうやら沸騰したようだ。
フィーユは、慌てて竈の火を消した。
消しながら、脳内では先ほどのサカスの声がまだ残っている。
そして、鍋を食卓用のテーブルの上に置いた。
「何だこれ」
サカスは鍋を覗き込むと、しかめっ面をした。
中には、猪肉とキノコ、山菜がたっぷりと煮込まれている。
「何って、『ぼたん鍋』。村の人間に教わった食べ物よ」
さも当然のように、フィーユは言った。
彼女は今日、人間のふりをして村を探索していた。
サカスは、しかし、鼻で笑った。
「人間の食べ物なんて、まずいに決まってる」
「そうかしら。意外と美味しいかもよ。まあ、いいわ。サカスが食べないなら、あたしがこれ全部食べちゃうから」
先に食卓について食べ始めたフィーユが、ちらりとサカスを見ながら言った。
その顔はどこか意地悪だ。
フィーユがあまりにも美味しそうに食べるのを見て、サカスは段々と我慢が出来なくなった。
「や、やっぱり、俺も腹減ったし、食うか」
その様子を見て、フィーユはにやりとした。
「あら、さっき人間の食べ物なんてってほざいていたのは誰かしら?」
「そんな堅い事言うなよ」
サカスの両手を合わせて拝む仕草があまりにも可笑しく、フィーユは笑いをこらえきれなかった。
そして、なぜかサカスもつられて笑った。
そこからは、2人一緒に鍋を堪能した。
サカスは、文句を言っていた割には、美味しそうに食べていた。
だけど、フィーユはずっとサカスの言った事が気になっていた。
村の娘を殺した鬼は、リズだ。
少し躊躇ったが、彼女は切り出した。
「ねえ、リズが殺ったって本当かい?」
サカスの手が止まった。
「まあ、あくまでも仮定だけどな」
「でも、リズって極端に人間を食べるのを嫌ってなかったっけ?少なくとも、あいつらは」
「フィーユ、あいつら3人をかばうのか?そんな事したら、次に疑われるのは俺達だ。分かってるのか?」
サカスは、またもやフィーユの台詞を遮った。
その表情はいつになく険しい。
フィーユは渋々と言った感じで頷いた。
「当たり前だよ。だけど、どうもあいつらの誰かじゃない気がする」
「あいつらにしても、俺達にしても、殺ってないという証拠がないんだ。きっとあいつらは、俺達を疑うに決まってる。だったら、俺達もあいつらを疑うのが妥当じゃないのか?」
サカスは早口でまくし立てた。
「サカス、言いたい事は分かるけど、あいつらとあたし達がいがみ合っても仕方がないよ。あたし達がここに戻ってきた本当の目的を覚えてるかい?あいつらでも村の事でもないよ。それよりもずっと大事なこと」
前のめりになりながら、まるで囁くようにフィーユは言った。
「そうだな。今は余計な事をしている場合じゃない。よし、明日あのお方に会おう。きっと何か分かるはずだ」
ゆっくりとサカスは頷き、止めていた手を再び動かし始めた。
『ぼたん鍋』は、少し冷めてしまっていた。
けれども、サカスもフィーユも何も言わずに食べ続けた。
そんな2人を夜の静寂がそっと包んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます