第9話 異変

その時だった。

遠くの方から微かな悲鳴が聞こえた。


「何?」


リズとフェインは、同時に顔を見合わせた。

すぐにフェインが立ち上がり、戸口から外を窺う。


「どう?何か分かる?」


リズも駆け寄る。


「う~ん。どうやら村で何か起きたみたいだ。でも、ここからじゃ遠くて何も分からない。とにかく…」


そこで、フェインは口をつぐんだ。遠くから誰かが松明を持って走ってくるのが見えた。


「村人だ」


言いながら、フェインは外に出た。

やって来たのは、色鮮やかな青色の着物を着た少年だった。しかし、顔からは血の気が引いている。よっぽど急いで走って来たらしく、少年は肩で息をしながら言った。


「フェイン、さん、早く、来て下さい。村が、村人が、大変です」


途端に、フェインの顔が強張った。


「何かただならぬ事が起きているんだな。よし、分かった。場所を案内してくれ。リズ、君はここで」


「私も行く」


リズは、フェインの言葉を遮った。

その目は真剣である。


「私だって村人を助けたい」


リズの意思に驚いたフェインだったが、すぐに「わかった」と頷いた。

それから彼は、急いで弓と矢を担ぎ、少年とともに駆け出した。後からリズも続く。


フェインの背中を追いながら、リズは嫌な予感がしていた。

今ここで一歩を踏み出せば、もう後戻りは出来ないような、そんな気がした。

けれども、リズは決して足を止めようとはしなかった。


どれほど走っただろうか。

気が付くと、昼間来た商店街に辿り着いた。

日中とはうって変わって、両側に並ぶ店のそれぞれに灯りが灯され、華やかな雰囲気を醸し出していた。


一瞬それらに目を奪われたリズだったが、フェイン達との距離が離れてしまわないように、必死に後をついて進んだ。


少年の足がようやく止まったのは、あるお店の一軒だった。

そこには、すでに人だかりができている。

リズとフェインは、呼吸を整えながら、その人だかりへと近付いた。


それにしても、すごい人の数である。

きっと村中の人が騒ぎを聞きつけてやって来たに違いない。


フェインは、人混みの中を上手くかき分けて前へと進んで行った。

だが、リズは、大勢の人の周りであたふたしていた。

何しろ、このような状況に遭遇したのは初めてだったので、どうしていいか分からないのだ。


どうしよう。フェインは前に行っちゃったし。

私もとりあえず中の状況だけでも・・・


すると、突然強く肩をつかまれた。

驚いてリズが振り返ると、そこには、黒いおかっぱ頭の女性が立っていた。


誰?

逆光で顔はよく見えないが、リズよりも年上なのは確かだった。


「ここにいてはいけない。は、すぐに家に帰りなさい」


その口調は、意外にも穏やかだった。


「あ、あの、私、何が起きているのか知りたいんです」


リズは咄嗟にそう言った。

きっと、この女の人は事の内容を知っているはずだと思ったからだ。

おかっぱの女性は、少し躊躇う素振りを見せてから言った。


「そこの粉屋の娘が襲われた。鬼に食い殺されたんだ」


たちまちリズの顔が凍り付いた。


「鬼…」


もはや、その単語だけが、リズの頭の中をグルグルと駆け巡っていた。


「だから、は、すぐにここから立ち去りなさい」


女の人は、リズの硬直した顔を見ながら、静かに言い放った。


どういう意味?

彼女の意図するところが分からなかったが、リズは急いで踵を返すと、村の出口へと走って行った。


とにかく、一刻も早くルキとゼオンに知らせなくちゃ。


リズの後ろ姿を見送りながら、女性は一言呟いた。


「急いで。あなたに災いが降りかかることのないように」

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