第8話 村での食卓

全く、自分は何をしているんだろう。

リズは、お椀を片手に考え込んだ。


今日は何て不思議な日なんだろう。

朝食の席でゼオンといがみ合い、シリアの森を歩いていたら人間に出会った。その人間はフェインという名で、彼は私を村に連れて来た。かと思うと、いきなり変な話を始める。


そして、先程リズはフェインに弓を習ったが、ちんぷんかんぷんだった。

フェインはというと、自画自賛するだけあって、その腕前は見事だった。彼が何度も的のど真ん中に矢を当てる光景に、リズは目をむいた。


ひとしきり弓を習うと日が暮れたので、フェインが夕食を作ってくれた。

リズが彼にあげた木の実とキノコのご飯、山菜の味噌汁、焼き魚、それとフェインが家の蔵に貯めている沢庵の漬物である。


リズの手が止まっている事に気づいたフェインが、気を使いながら聞いてきた。


「ごめん。ひょっとして口に合わなかった?」


リズは、はっとして我に返った。


「え?えっと…ううん。全然大丈夫。だけど、この汁、変わった味がするね」


「ああ、なるほど。味噌汁の味は、人によって好む人と好まない人がいるからね。リズは、好まない味だった?」


フェインの質問に、リズは慌ててかぶりを振った。


「そんな事ないよ。私は、この味結構好きだなぁ。何か懐かしい感じ」


にっこりと微笑んだリズを見て、フェインは安心した。


「それなら良かった」


そして、彼は箸を動かしながら考えた。


遅くとも、明日の朝にはリズを帰らせた方がいいだろう。このままリズをここに置いておくのは、彼女にとって危険だ。

いつ人間に鬼だとバレるか分からない。それに、自分にもずっと隠し通せる自信がない。


リズにしてみても、住み慣れた家に早く帰りたいだろう。

しかし、頭では分かっていても、なぜかリズを手放したくないと思っている自分がいた。

何だろう、この気持ち。自分でもよく分からない。

リズはどう思っているのだろう?


ちょうど食べ終わって箸を置いたリズを、フェインはちらっと見た。

すると、リズと目が合った。

不意にどきりとする。


「どうしたの?」


リズに問われ、フェインは体中の熱が一気に上がるのを感じた。


「い、いや、な、何でもないよ」


リズの事を考えていた、なんて口が裂けても言えない。


「何?何か言いたい事があるなら言ってよ。今なら何でも受け付けるわよ」


「えっ、いや、そういうわけじゃ」


あたふたするフェインを、リズは訳が分からずじっと見つめる。

フェインは、束の間話の矛先を変えた。


「そっ、そうだ!リズの話を聞かせてよ」


「えっ、私の話?」


「うん!」


突然のことにリズは驚いた。

自分の話って言っても相手は人間であるので、どこから話せばいいのか分からなかったのだ。

しばらく頭の中で考えた後、ひとつ頷くと、リズは話し始めた。


「じゃあ、これから私が話す事は、くれぐれも他の人間には内緒よ」


そう言って人差し指を口の前で立てたリズを見て、フェインはこくりと頷いた。


「私はね、シリアの森の西にある、鬼神山おにがみやまの裏に3人で住んでるの」


「3人?」


いきなりフェインが質問したので、リズは首を傾げた。


「どうかした?」


「うん。だって昔から鬼神山には大勢の鬼が住んでるって噂だったから」


ああ、とリズは納得した。


「そうね。確かに10年前までは、鬼の一族みんなであそこに住んでたわ」


「10年前…」


フェインは、何かが引っかかるような気がした。


「何でだっけ。とりあえず10年前に何かあったのよね。私は小さかったから、よく覚えてないんだけど。でも、人間がもう誰もシリアの森に近づかなくなって、人間を求めるためにみんな遠くに行っちゃった」


「リズ達は?」


「私達は、何ていうか、一族から離れて、鬼神山に残ることにしたの」


「どうして?」


フェインの問いに、リズは悲しそうな顔をした。


「人間を食べるなんて嫌だから」


まるで天を仰ぐようにどこか遠くを見つめながら、リズは話を続けた。


「私達は、泣き叫ぶ人間を平気で笑いながら食べる、そんな大人の鬼達をずっと見てきた。人間の悲鳴を聞く度に、胸が張り裂けそうになった。だけど、あの頃の自分は幼すぎたから、人間を助けることも、大人の鬼達に逆らうことも出来なかった。


ただ1つだけ出来たのは、私達3人だけが鬼神山に残り、もう村の人達が鬼に食べられることがないように見守る事だけ」


そこまで聞くと、フェインは申し訳ない気持ちになった。

まさか、鬼に守られていたとは。

自分たち村人は、何も気が付かなかったのだ。


それどころか、この10年間、村人たちはずっと鬼を恐れ続けてきた。

それは、仕方のない事であると言えばそうなのだが。


「ごめん、リズ」


突然謝ったフェインに、リズは目を丸くした。


「何で、フェインが謝るの?」


「だって、リズ達が折角守ってくれていたのに、俺達はずっと鬼を憎んでいたから」


リズは、軽く笑いながら手を振った。


「いいのよ。人間には、私達だって去って行った鬼達と同じようなもんなんでしょ」


リズの言った事はもっともだったが、それでもフェインには納得がいかなかった。

月の光が窓から差し込んでいた。

もうすっかり夜が更けてしまっている。


さすがにもう帰らないと、ルキとゼオンに怒られるかしら。

リズは、立ち上がろうとした。




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