memory:130 地獄の門、咆哮す

 魔神帝との謁見から、誘導航行で影の惑星へと向かう魔王討伐陣営アメノハバキリ。が、視界へ惑星の姿を捉えるや、底知れぬ恐怖が群れを成して襲いかかって来ていた。魔の頂きルシファーより漏れ出た魔王アバドンと思しき影が、光学有視界上ではほとんど確認できない主星表面を取り囲む光景。あたかもそこへ、地獄へ通づる門が浮かび上がったかの世界が広がっていたから。


「魔王 アバドンよ! わらわは大兄者たる紫炎しえんの次弟にして、七大宰相が一人の紫水じゃ! お主との対面は、数千万の時ぶりじゃが……覚えておろうな!」


『シスイ……魔王 ベレト。オボエテイル。スデニルシファーカッカカラノ承認ハ、エテイル。ダガ、イソガレヨ。スデニカレハ、ベルゼヴュードノマドウガイカクニ――』


 討伐陣営地球勢が絶句するのを尻目に、妖艶な幼将ベレトが通信を飛ばす。それに答えるは、眼前で主星を囲む地獄門の化身たるアバドン。天楼の魔界セフィロトを治める七大宰相に匹敵する存在にして、主星を幾重に渡る時空結界で守る番人であり、永久監獄 万魔殿パンデモニウム監視統括を担う魔王である。


 だが各勢力モニターへ映し出される姿は、低次元の霊的肉体を持たぬ魔の霊体がうごめくのみ。それが音声ではない、得も言われぬ反響音を言語に変えて応答していた。


 その魔星門番アバドンさえも急く雰囲気を醸し出す、刹那――

 門番の本体でもあるリング状の地獄門が、惑星地表から放たれた幾重の線条に貫かれた。


 それは魔の頂きも想定していた事態。だがしかし、早すぎとも取れる急転直下が討伐陣営へ、緊急的な状況を叩き付けて来たのだ。


「当主 炎羅えんら、皆を回避させろ! すでに紫雲しうん様の魔導外殻が――」


 言うが早いか、状況を察する魔の貴公子シザの駆る堕天の霊機エリゴール・デモンズが気炎を撒いた。同時に飛んだ剛緑の重戦騎ラルジュ・デモンズが、一団を守る様に防御障壁を展開する。彼らからすれば異常事態も想定済み。躊躇なき判断で叢雲の子供達への全力支援を開始した。


「くっ……ギリギリ間に合ったとは言い難い状況か! ストラズィール各機はアバドンより距離を取れ! 恐らくこれは、魔王ヴェルゼビュード復活の兆候……総員覚悟を以って当たるんだ! 雪花ゆっか君……!」


「はい、シャルーアは後方へ下がります! 姫乃ひめのおねーちゃん、みんなの機体へ向けてマシン・フェアリーを全機パージ、お願い!」


「了解であります! マシン・フェアリー、Ⅰ号からⅤ号を緊急パージ! 各機は宇宙航行補助スラスターをフェアリーへ換装、急ぐであります!」


 次いで覚醒の当主炎羅の大号令が飛ぶや翼を翻す討滅の大翼シャルーアと、そこから放たれる妖精戦騎マシン・フェアリーが各霊装機神ストラズィールへと飛び、緊急事態に合わせた臨戦態勢へと移る討伐陣営。が――


 そこより地球から訪れた志士達は目の当たりにする事となる。。そこに人類など入り込む余地などなく、文字通りの宇宙存亡にすら関わっていた紛う事なき現実を。


 一つ一つがいと小さき人類では、魂を感じる間もなく滅して然るべき大戦の一端を――


「では各ストラズィール機へ! これより魔導外殻ベルゼヴュードを相手取り……っ!!? な、ん……っああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーっっっ!!?」


 皮肉にも、宇宙と重なる能力を得た覚醒の当主はその最初の餌食となり、相次いで子供達もその深淵の絶望へと飲み込まれていた。魔蝿の王ベルゼヴュードが放つ大銀河をも包む瘴気の渦に。



 一方……訪れる絶望は、蒼き地球を託された機関員へも牙を剥き始めていた。



 †††



 影の惑星ニュクスで窮地に追い込まれた仲間と同調する様に、巨鳥施設アメノトリフネ守備を任された志士達もまた、過酷なる戦いを強いられていた。


 母なる星を取り巻く結界の合間をすり抜け、大宇宙から降り注ぐ異形の軍勢は強力な個体が存在しない雑兵ばかり。だがしかし、その圧倒的な物量が目指すのは巨鳥施設アメノトリフネだた一点。そこに生命の根源である光と希望が集合しているのを、異形の物量は本能で察していた。


 それを食い破らぬ限り、すでに未来も希望も失われつつある蒼き大地の魂を食らう事も叶わないと。


「ヤクサイカヅチ隊、防衛網を下げて! これ以上散開しては奴らの思うツボです! のぞみ、フリゲートより対魔弾頭をありったけ叩き込んで!」


「ええ、了解よ!フリゲート各艦、発射管開け! 対魔弾頭をありったけくれてやりなさい!」


『イエス、アイマム! 全対魔弾頭、撃ちーかた始め!!』


 襲い来る雑兵の群れを前に、施設司令室へ陣取る二人の指揮官が猛る号令を放つ。覚醒の当主炎羅より本陣防衛を任されし聡明な令嬢麻流と、同室から海上自衛隊が誇る防衛艦隊に加え、そこへ組み込まれた逆賊離反者からなる護衛艦隊を指揮する海自の女傑。可憐なる華が戦場の豪傑さながらで放つ大号令は、そこで星の運命を死守するあらゆる者達の心を鼓舞するには十分であった。


「こいつら、数が多すぎる! ブラボーリーダー……このままでは……う、うわああぁっっ――」


『安心せいや、飛行機乗り! ワシらのヤクサイカヅチの攻撃に合わせぃ!』


『F35Bがいかに優れているとはいえ、相手は未知の異形。こちらとの連携をお薦めする。』


「……た、助かる! 各機はアメノハバキリ機動兵装との共闘を以って、湧き出る雑兵の掃討に当たれ!」


 海自の対魔機フツノミタマ・スーパーファイターが雑兵に落とされそうになる中、討滅機関から飛ぶのは狂犬分家零善の咆哮。次いで勾玉の当主伯豹が続くや、海自の雄も胸を撫で下ろしつつも気を引き締める。彼らは数多の実践訓練で仮想敵を想定し研鑽を積んだ猛者達。が、今それらが目撃するは想像だにしない異形集団が、母なる星の天空を脅かす現実離れした戦場だ。


 だからこそ対魔討滅の雄との共同戦線であると、勇気と闘志を翼に乗せていた。


 対魔機が編隊を組み、それらが一撃離脱で手傷を追わせた個体へ烈火の如く突撃する、守護宗家が誇る次世代国家守護の剣。この戦い以降、霊装機神ストラズィールそのものが使えなくなった事態に備えた、展開次第では自衛隊配属も想定された国家専守防衛武力である。


 そんな未来を見据えた連携であったが、流石に相手の物量に苦戦は必至な戦況へともつれ込んで行く。


「守りがなめの出力が低下してるですの! なんとかしてほしいですの、一鉄さん!」


『じゃかぁしい、分かっちょるわ! 麻流あさる嬢ちゃん、もう少し敵を施設から引き離してくれ! 対空砲台が全力稼働で、さしものトリフネさんも心臓負荷が限界に近づいてやがる!』


「……難しい注文ですが、善処しましょう! 宰廉ざいれん御矢子みやこさん……敵のグレムリン級を撹乱して下さい!」


『この乱戦……くっ、このっ!? この乱戦でなかなか無理な指示ですよ、麻流あさるさん!』


『だがやらねば、このトリフネが墜とされる! それだけはなんとしても避けねば! 御矢子みやこ、私に続け!』


『ああもう、了解です兄様!』


 徐々に後退を余儀なくされる防衛線が、巨鳥施設アメノトリフネの防御壁を浸蝕して行く。守護宗家の対魔防壁としては、性能上八咫鏡やたのかがみを冠するシステムならば最強を誇る。しかし施設が備えるのは、八尺瓊やさかにの力を準拠とする守りがなめするのに対し、守り要はあくまで退が目的。


 故にその、拠点防壁性能上の弱点を補う形の、各種防衛兵装であるのだ。


 その防壁出力も、度重なる異形の攻撃で著しい能力低下が発生。ツーサイド妹アオイの声で頑固な整備長一鉄も声を荒げるが、大挙する敵総数の波状攻撃を持ち堪えるのは至難。聡明な令嬢もそれを理解する故、綾凪あやなぎ兄妹への無茶振りもやむ無しであった。


 それでも――

 劣勢は劣勢のまま、それが悪化する戦況で機関員皆へ披露が蓄積して行く。いかな雑兵と言えど、無限に湧き出る対象に対する人の力は有限である。ほどなく、その有限である絶対ラインが顕となり始めたのだ。


『……っ!? アルファ3、翼をやられた! ベイルアウトする!』


『だめだ、こちらも機体が持たない! ちくしょうめぇ!』


「おいおどれら、ベイルアウトしたら異形のど真ん中やけぇ気ぃつけや! 護衛艦、ワシが援護してやるけぇそいつらを拾え!」


『お手数をおかけします、零善れいぜん殿!』


「気にすんな、自衛官の嬢ちゃん! こんな窮地やからてぇ義理人情を忘れたら、初めての弟子に笑われるけぇのぅ!」


 一人、また一人と戦場から脱落する守護の志士達。それをあざ笑う様に異形の襲来は激しさを増し、いつしか暗雲と見紛う異形の大群が太平洋上空を蹂躙していた。


「まるで地獄、ですね……この光景!」


「ですが私達が倒れる訳には行きません! ニュクスで今も戦う子供達の、帰るべき場所を守るために!」


 二つの地点を跨いだ、人類存亡を懸けた壮絶なる死闘。そして――



 舞台は再び、天楼の魔界セフィロト宙域……真の地獄を前にした戦場へ。

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霊機新誕ストラズィール 鋼鉄の羽蛍 @3869927

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