memory:129 芽生える光と闇の絆

 その顔合わせは、人類史上あり得ない光景だった。相手は神格存在ともされる高きに在る者。けど、思えばオレ自身があの地球の観測者であるアリスと会合した時に、この邂逅は命運付けられていたのかも知れない。


「えっと……すんげぇ魔王さんが、マジ眩しすぎてぶるってしまいそう。わた、わた……私、は、かりかり……狩見 音鳴かりみ ななるです。音鳴とお呼び下さいませ閣下殿。」


「ナルナル……(汗)。かしこまるかビビるかのどちらかにするっぽい。あたしは希場 沙織きば さおりです。沙織で。」


「んじゃ俺か。俺は叶 奨炎かのう しょうえん……奨炎ってことで。」


『うむ、音鳴に沙織……そして奨炎だな。そちらは?』


「僕は亜相 闘真あそう とうまです、魔神帝 ルシファー閣下。」


「お前まで卑屈かよ。あー、俺は皆樫 大輝みなかし だいき……大輝だ。そしてこっちは――」


「もう、おにーちゃん! ゆーちゃんにも自己紹介させて! ルシファーさん、ゆーちゃん……じゃなかった。私は皆樫 雪花みなかし ゆっかです。大輝おにーちゃんの妹で、ゆーちゃんって呼ばれてます。」


「ここ、アタシも自己紹介する流れでやがりますか? まあいいでやがります……ウルスラ・浜路はまじ・オプチャリスカ。ウルスラでいいでやがりますよ、閣下殿。」


「ウルスラ、流石にもっと言葉を選ぶであります。自分は参骸 姫乃さんがい ひめのであります。陸上自衛隊 衛生兵出向の身であります。姫乃と。」


『ふふ……なかなかよい面構えだな、闘真に大輝にゆーちゃん。ウルスラに姫乃……なるほど、これだけの希望満ちる光の子らであれば、あるいは……。』


 すぐにでも紫雲しうんの魂救済へ向かいたい所。けれど、その兄である存在を蔑ろにするべきではないと、子供達皆の自己紹介を待っていた。その子供達が告げる名を噛みしめる魔神帝閣下は、すべて聞き終えるや彼らを一望して咆哮した。


 これより想像を絶する戦い待つ地獄の門を開け放ち、光の勢力であるオレ達の進軍を後押しするために。


「貴君らの御名は、しかとこの魔神帝 ルシファーが聞き届けた。聞け!我がセフィロトに住まうすべての同胞達! たった今より、この光の希望満ちた志士達があのニュクスへと降り立つ! だが何人たりとも、その道を阻む事は許さぬ!」

「彼らはじき、魔導外郭を纏いてこの次元へと顕現する、負の深淵で抗う我が弟との決戦に挑むのだ! 彼らを邪魔立てするは即ち、このルシファーへ刃を向けるに等しいと心得よっ!!」


 放つ宣言はオレ達ではない、セフィロトと言う魔の物が住まう魔界全土へと向けられていた。同時にそれを耳にしたあらゆる界層と呼べる世界の、あまねく魔の存在らが膝を折り伏すのを、モニター映像で確認する。眼前の存在がどれほど強大であるかは、それを視界に入れただけで再認識させられた。


 そもそも閣下のお言葉は、仮にも闇に生を受けた魔の安寧の世界へ、光の異分子を受け入れる様なもの。故に彼による宣言なく迂闊に魔の大地へ足を踏み入れれば、それこそ敵対すべきではない高貴なる魔族達との望まぬ争いが巻き起こってしまう。同時にそれは、魔王ベルゼヴュードによる深淵の浸蝕放置を意味し――


 オレ達が守るべき世界の終焉を意味していた。


 紫水しすい閣下が何をおいても、彼との面通しを優先した理由は考えるまでもない。それこそが、光を纏い異形の存在を穿つライジングサンに必要不可欠な最強の助力だったんだ。


『……アバドンは我が言葉を聞き入れ、すぐにでも万魔殿パンデモニウムまでの地獄門が開く。が……心せよ。そこよりは、かつて封じられた数多の魔族の意思が渦巻く世界。決死の心構えなくしては光の意思など、刹那で潰えるのを忘れるな。ライジングサンを名乗る光の子らよ。』


 その助力たまわる存在より受ける警告は、すでに心に構えた覚悟さえも置き去る事態を彷彿させる。それを語るまでもないライジングサン達は、モニターで首肯し合うと視線を宇宙の大輪のバラへと向けた。



 やがてその下方……未だ輪郭すら判然としない主惑星までの道が、淡き光源で示されて行く中で。



 †††



 頂きの魔神帝ルシファーより助力を進言された魔王討伐陣営アメノハバキリは、直ぐさま天楼の魔界セフィロトが有する外界隔絶障壁を越えるために各機体機関へ火を入れた。ほどなく彼らを受け入れる様に、深淵の空間と思われた宙域が大きく揺らめき――


 現れたのは、光学的に隠匿されていた、バラの茎に当たる影の惑星ニュクスまでの巨大な宇宙回廊である。


『ここより下界は、魔の存在すらおいそれと立ち入れぬ地獄じゃ。そこへ向かう前に、一旦ドレシュナイダー艦内へ集合するのをお勧めするぞ。』


「了解した、紫水しすい閣下。では各ストラズィールへ……少しの猶予しかないけれど、一時ドレシュナイダーへ機体を横付けしそれぞれで旗艦内へ。事前にテストした、艦移動用フレックスラインを使い、宇宙の状態を肌で感じながら集合。」

「艦内へ移り次第、作戦最終となるミーティングを兼ねた腹ごしらえをすませておこう。腹を満たすのも大事な作戦の一つだからね。」


 機体群を自立航行に任せた魔王討伐陣営アメノハバキリ。機体から旗艦へ接続されたフレックスラインのパイプ内部を、子供達が悪戦苦闘しながら初体験の無重力下移動で向かう。ほどなく、魔軍旗艦内部に彼らのため設けられたミーティングルームへと参集した。


 そこには、最終決戦直前に空腹と体調を調整するための、料理ご意見番特性軽食が準備されていた。


「こんな感じでいいか……。君らの食事を準備させてもらった。このとやらは、こちらのとやらから湯を注げばいいんだね?」


「うおっ……ロズが準備してたのか、これ。なんつーか……意外に魔族も、生きるのに生活力とか関係すんのかね。」


「バカにしているのか? だが、君達の持つ生命維持の手段とは、もしかすればいささか異なるのかもしれないね。」


「じゃあロズ君、この戦いが終わったらそのお話しましょ? ゆーちゃんもそれ聞きたい。」


「なっ……ロ、ロロロ、ロズと話をしてくれるのかい!? いや、すまない……全く――雪花ゆっか嬢といると調子が狂う……。」


 そしてなんと、その準備を買って出たのは温和な魔太子ロズウェル。さらに魔族の素を見せられた、子供達中最も生活力の長けた兄妹から称賛を浴びるや赤面していた。軽食そのものは、宗家が誇る料理人当主伯豹が仕立てた物。だがそこへ魔の同胞の配慮が加わることで、すでに味のお墨付きな品々へさらなる旨味が追加される。


「……はぁ。初の無重力移動でしんどかった所ですが、伯豹はくひょうさんお手製の食事が、ロズ君のお陰でさらにメシウマな事に……。」


「マジそれな。ロズ……俺達の世界では、信頼できる家族による持て成しは、料理へさらなる旨味を追加する隠し味。覚えておいて損はないぜ? まあそれを、アレだけどな。」


「それには同意。けどきっと生きて帰れば、奨炎しょうえんの言う美味しい料理が必ず迎えてくれるっポイ?」


「浮かれるなよ、光の同胞ら。まあ……なんだ。シザもそんな空気は悪くないと最近では……な、なんだ!?」


 穿つ少女音鳴貫きの少女沙織見定める少年奨炎から魔太子へ向けた、地球と言う大地が誇る義理人情のそれが語られ――

 料理長殿より、魔族に合わせた試験的な料理もぜひ食してほしいとの声を受けていた魔の貴公子シザが、軽食へと手をつけ食べ始めていた。と、一同がそれを視界に入れるや、彼と少なからず因縁を持つ少年がニヤニヤからの注意を飛ばす事となった。


「シザ……食べる前には……だ。」


「わ……分かっている!い、頂きます! これでいいんだな!!」


 僅かな時間の最中、光と魔の希望達が響かせる笑い声が暖かく一室を包む。まるで最初から、共に同じ世界で暮らしていたかの雰囲気を醸し出しながら。


「こう端から見てると、全然魔族も他人の感じがしないでやがります。」


「そうでありますな。自分も、彼らと共にあるならばこの戦い……勝って帰れるであります。」


、じゃねぇでやがります。、でやがりますよ。アタシらには、帰りを待ってる人達がいるでやがりますから。」


「……でありますね。訂正するであります。自分達は勝って、地球へ帰還するであります。」


 無重力下から重力下へと、討滅の妹嬢雪花の車椅子移動補助に手を焼いていたポニテ姉ウルスラ、そして自衛官嬢姫乃が、遅れてその場に姿を現し決意を新たにする。目にするは何の事はない……例えどんな場所であったとしても、心通わせ合う同志ならば、世界すら超えて手を取り合える現実であったから。


 光と魔の交流を、首肯の中確認し合う覚醒の当主炎羅妖艶な幼将紫水。同時に彼らの視線が、次第に姿を現し始める惑星を捉えていた。遠方では気付かぬ程の、淡き光を称える惑星。しかしそこに封じられるは……



 今さまに、魔蝿の王ベルゼヴュードが顕現せんとする影の惑星 ニュクスD666が、地獄の口を開けて待ち構えていた。

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