memory:128 魔神帝ルシファー

  妖艶な幼将紫水の助言に従い、魔王討伐陣営アメノハバキリは各搭乗機の速度を上げて目的地へと取り急いだ。だが、宇宙と言う世界を知らなかった叢雲の子供達からすれば、自分達は進んでいるのか否かも判然としない時間ばかりが過ぎて行く。


『宇宙って、何もないせいで全然進んでる気がしないっぽい……。』


『ほんとだぜ……。あまりに進まないせいで、俺達はここから抜け出せないんじゃないかって思えてくる。』


 貫きの戦騎ガンニグール応える戦騎フラガラッハからの通信がそれぞれへと響くが、それが途絶えるや静まり返る宇宙の闇。恐ろしいほどの無音が支配する世界に不安ばかりが募り、時折り小刻みに聞こえる機体の電子回路の音にさえ、安堵を覚える彼らがそこにいた。


『本当に進んでいるかは、このモニターの自機体座標頼み……か。確かにこれは、とてつもない恐怖だね。』


『ああ、違いねぇ。俺も流石にこれを前にしちまったら、ブルッちまう所だ。』


『おにーちゃんが怖いを言葉にするのって、よっぽどだよね。けど……ゆーちゃんも右に同じだよ。』


 静寂が続けば、恐れで機体の制御にさえ支障がでかねない事実を理解する子供達。ただ思うままを口にしながらも、その会話により互いを意識し正気を保つ方向でモニター越しの視線を合わせる。その彼らと同じく宇宙初体験ながら、己の意識を同調させてそれ以上の次元を感じ取る覚醒の当主炎羅は、子供達の成長著しい自立心を称賛する様に、モニター上のライバー神オモイカネを見やっていた。


「すんげー……宇宙、ガチやばいじゃないですか。ここが私の世界って考えたら、なんだかわくわくして来ました。」


 ただ一人、独特の高揚に包まれる穿つ少女音鳴。幸か不幸か、それがきっかけとなり巻き起きる苦笑で、一同の恐怖が和らぐか否かの頃。


 光学視界に捉えられる位置へ徐々に大きくなる存在を指し、魔の若衆らが言葉で場を引き締めにかかった。


『おしゃべりで心が紛れた所悪いが、あれが我らの現在の故郷だ。』


『みなくれぐれも粗相のない様に。光をほとんど反射しないため、光学映像では存在が確認し難いニュクス……その衛星軌道上へ建造された世界。それこそが、ロズ達魔の勢力が社会生活の基盤を打ち立て生存する大地――』


『『天楼の魔界 セフィロトだ。』』


 魔の若衆が揃って口にした通り、主惑星である現時点の彼らの距離でも光学的にほぼ観測不可能。しかしその衛星軌道上にあるとされる地は全く異なっていた。幾重にも伸びた大樹の如き有機鉱物を彷彿させる枝分かれの先で、折り重なって建造されるいくつもの界層を有する御姿。そこへ申し訳程度に漏れる光でさえも、人類が目にする様な明々としたものではない淡き灯火。


 それはあたかも、宇宙から眺めた地球が持つ夜の側面を思わせた。


「すんげぇでやがります! 主惑星が見えない中でこのサイズ感は、これ……まるで宇宙に咲く、大輪のバラみたいでやがりますよ!」


「圧巻であります。周囲が無限の漆黒であるだけに、その美しさは際立っているでありますね。」


『ふむ……この我らが故郷の美しさを解する光の子らには、なかなかに美学的な素養を感じるのぅ。さあこのまま進め。じき、セフィロトの持つ外宇宙防衛結界圏を通過するでな。こちらの話はすでに付けておる――』

『直ぐ様、魔の勢力の最高権力者との謁見も叶う。ロズも言うた通り粗相なき様頼むぞ。』


 程なく――

 宇宙に咲く大輪のバラの名が相応しき世界へ、魔王討伐陣営アメノハバキリが迎え入れられる。そもそも、魔王の討伐をうたう彼らが迎えられる状況は、魔の陣営からしても火急の事態であり、受け入れそのものを直接 魔神帝ましんていを名乗る存在が対応するほど差し迫っていた。


 やがて討伐陣営は光学視界全面へ、宇宙の大輪のバラを捉えられるほどの宙域へ。それを察した様に、指揮官である覚醒の当主炎羅が搭乗する討滅の大翼シャルーアを始めとした、各機モニターへと魔導機械を介した通信が展開された。


『ようこそ、光に属せし地球の子ら。我らがセフィロトへの出向……歓迎する。いや……歓迎と言うのも少々おかしな話か。すでに紫水しすいより聞き及んでいるだろう……私の名は紫炎しえん。が、ここは率直に本来の名であるルシファーを名乗っておくとしよう。』



 その存在は、高貴なる黄金の長髪の奥へ憂いに満ちた双眸を湛えていた。



 †††



 古来より、歪められた嘘の中では醜悪にして悪逆非道と言われた、闇の頂点たる存在。けれどオレ達の眼前へ姿を現したのは、それこそ光の化身と見紛うほどの高貴さと、慈愛から来る労りさえ乗せた視線を有した存在だった。


 その存在こそが疑う余地もない、あの紫雲しうんこと魔王ベルゼヴュードの兄たる存在。魔の最高位に座す魔神帝 ルシファーその人だったんだ。


『なんかこう、もっとおどろおどろしい感じを想定してたっぽい?』


『失礼ですね、サオリーナは。様々なサブカルチャーでも、魔の頂きにある方々はそれはもう美しき姿と、神々しさを兼ね備えると言うのは常識ですよ。』


『それはナルナルの常識だろうが(汗)。つか、このタイミングで駄弁ってたらシザあたり――』


『貴様らっ!! 大兄者の御前でなんという態度だ! そこに直れ!!』


『ああ、シザ君に点火してしまったね……(汗)。』


 されど、我がアメノハバキリの誇る子供達は平常運転。いや……むしろ、この宇宙と言う絶望すら感じる世界で、眼前に君臨する魔の頂点を前にしてこの度胸。評価してもいいのではとの称賛すら浮かんで来た。


 そうしたら、まさかの魔神帝閣下からもそこへの言及が飛ぶ事になった。


紫水しすいらが認めた光の子らは、度胸も気概も申し分ない。楽にして欲しい……私はむしろそういった、地球の現在ある人類の文化で構築された素晴らしき人間性こそを、愛おしく感じるのが本音だ。」


『上等だ。魔神帝だか知らないが、俺らだしな。このままで行かせてもらおうぜ。』


『おにーちゃん、それ正論パンチだけど自粛、だよ! ルシファーさん、すみません……うちのおにーちゃんにおねーちゃん達が。』


「よい。気にするな、光の子らよ。いや……いつまでもそれでは流石に礼を失しているな。すまない、君達簡単な紹介も兼ねた、光の志士達に相応しき御名を教えて頂けるか?」


 そこから続くのは、子供達のいつも機関で過ごす様なやり取りへ、柔軟に対応するどころか己の無礼さえ頭を下げて謝罪する頂きの姿。もはやそれを視界に入れただけでも、魔の存在すべてが如何に歴史による歪みで迫害されて来たのかが想像に難くなかった。


 つまる所――例え思考や存在が神々の世界にシフトしようと、と言う現実だった。


『お初にお目にかかります、ルシファー閣下。私は地球を代表する光の戦力である彼らを、導く先導役を努めております、日本国 三神守護宗家は草薙家当主、草薙 炎羅くさなぎ えんらと申します。彼らこそが、我が親友である紫雲しうんを止める最後の希望と断言させて頂きます。』


「……そうか。紫雲はかの地で……この時代での親友を得たのだな。当主 炎羅えんら、すでに言葉を交わす事もできないであろう弟分に変わり、私が謝意を贈らせてもらう。ありがとう――」

「世界のあらゆる腐敗を背負わざるを得ない、魔王ベルゼヴュードと言う定めの子へ……瞬く刹那の安らぎを与えてくれて感謝している。本当に、ありがとう……。」


 すでに砕ける雰囲気は、あの紫雲しうんも有していたものと同様。されど魔軍の最高位である存在へは、さすがに自分もかしこまらざるをえなかった。言うに及ばず、日本国にもそれに匹敵する方々が現存しており、我らはそのお膝元で召し抱えられている様なものだからだ。


 すると、オレが言葉にした紫雲ともとの下りに反応した彼は双眸を閉じ、そして深く……深く頭を垂れて感謝の意を示して来た。その声が僅かに震えていたのも、間違いではないはずだ。


 彼の姿が醸し出す神々しさに言葉を奪われる、我がアメノハバキリが誇る子供達。ほどなく頭を上げた魔界の代表者へ、機関が誇る光の勢力が名乗るべき言葉を宣言する。その名がこのお方の心を……そして親友の魂を救い上げられる未来を信じて。


「守護宗家にて我が機関はアメノハバキリとの名を冠し、そして現在魔王討伐……いえ、その魂を救済するための作戦名〈アメノムラクモ〉を遂行中――」

「そして彼らは、日本国より舞い上がった希望の灯そのものであり、それを踏まえた彼らは以後、日の都の暁〈ライジングサン〉と呼称頂けたらと存じます。」


 ここでの主役は自分ではない。すべての希望を託さざるをえない子供達を誇る様に、オレは彼らを日本国救世の使者として紹介した。自分達の名乗るべき名誉を耳にし、いつしか勇敢な顔付きとなる子供達を一望した後、魔神帝閣下へ視線を移す。


 そこには、歪められた捏造の歴史にある悪意の権化などではない、それこそ慈愛の頂点かと思える神々しきお方が慈しむ様な微笑を讃え――



 ほどなく、誇らしき子供達みなの自己紹介へと進んで行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る