memory:127 漆黒の深淵に浮かぶ地

 暁背負う子供達を主力とした魔王討伐陣営アメノハバキリは、星の守りアメノミハシラ周辺へと湧き出る異形を振り切り、時空高次元跳躍クロノ・サーフィングを遂げた。


 古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーでは禁断の技術に分類されるそれ。近代の地球が持つテクノロジーなど霞に消えるレベルの技術体系は、守護宗家の有する超古代文献でも僅かな手がかりしか存在していない。それを実質知り得るのは、同時代に宇宙へ住まう人類の同胞と、それらを観測する観測者と名乗る存在――


 そして、人類を光の種族と呼び対する者達……魔族種のみが知識として有していた。


 日本国で危急の事態が報じられた前後、地球と言う大地はもう一つの危機が訪れていた。そして日本国が関わる事象こそが、そのもう一つを呼び寄せたと言っても過言ではない事実は、それらへ関わる者達により名言される。


「世界へ、地球存亡の危機が知れ渡った様です。であればいずれ、かの者達も……。」


「ええ、間違いなく。ですがこちらは未だ、。ですから、魔界で復活せんとする魔王討伐は彼らに任さざるをえません。」


 対魔討滅機関アメノハバキリより討伐陣営が宇宙へと上がるか否か。もう一つの事態に関わる者達は憂いに沈んでいた。そもそも覚醒の当主炎羅の素養を見抜き、力添えしたのは彼らであったから。


「……っ、そうか。アリス様……たった今、こちらの機関より連絡が。太平洋上へ大挙するイレギュレーダを隠れ蓑にし、ここ英国上空を目指しているのを確認したと。」


「分かりました。では我らは、我らの定めに従い動くと致しましょう。ウォガート・アーサー・ヴェルン・シェイド卿……至急、円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ関係者へ参集を呼びかけて下さい。」


「イエス・マム。」


 当主が未だ己の畑違いな素性に思い悩む頃。彼女はその眼前へ突如として現れ、アメノトリフネと言う古の技術が誇る武力を授けて去った。しかし彼女もまた抗うべき定めの只中であり、地球全土へ深淵の脅威が響き渡った今こそを狙う存在に立ち向かうべく、その手の力を振り翳す。


 蒼き地球を幾億の古代より見守り続けた観測者 アリス。彼女と共にありし、英国は円卓騎士会ラウンズはその日さらなる地球外の異形襲来を感じ取る。


 その時より地球は試練の時代へと突入した。滅亡を齎す存在と、それに抗う使命持つ者達との戦いの時代へ。



 叢雲の子供達ライジングサンの戦いは、その序章でしかなかったのだ。



 †††



 遥かいにしえの時代、世界は近世を上回る技術体系を有し、同時にそれを有する種族が太陽系は愚か大宇宙の摂理さえ支配し君臨していた。


 方や光に属し、蒼き地球を楽園として生み出した神々の子ら。方や闇に属し、光の及ばぬ星々で生を受けた魔の子ら。それらは宇宙の秩序に基づき、全ての均衡を保つべく共に研鑽を積んでいたとされる。


 だがある時、それらを不服とした尊き意思の代行者達の謀略により、世界が歪み始めたとされる。それを察した魔の子らの一部勢力が立ち上がり、歪みを呼んだ代行者達へ刃を向けた。しかし奇しくも、それさえも謀略の一端と組み込んだ代行者の手により事実は隠蔽される。そして後の世へ、


 惨劇の中、逆賊とされた多くの魔の子らは、闇の揺り籠として存在していた地へ諸共封印され――


 そこはいつしか、闇の大監獄〈万魔殿パンデモニウム〉と称される様になった。



 そこは太陽系公転座標でも、冥王星よりも外にあり、さらには他の主惑星郡軌道からも大きく角度を持つ超楕円軌道の彼方。遠日点は実に百万天文単位を超えた、オールトの雲に達する距離に位置する惑星軌道最果ての地。


 名実共に宇宙空間であるそこへ、巨大な歪時空の扉が開くや閃光が走り抜け、いくつもの影が突如として三次元座標へと現れる。即ち――


 対魔討滅機関アメノハバキリが誇る魔王討伐霊装機隊が、時空高次元跳躍クロノ・サーフィングに成功したのだ。


「座標確認、目的地であるニュクスD666の存在すると思われる宙域で……多分間違いありません。炎羅えんらさん、これが――」


「ああ、その通りだ。各機のシグナルを確認……ここからは、その機体シグナルが頼みの綱だ。光学映像での視覚情報では限界がある。それぞれで把握に努めよ。」


『初めての宇宙進出にしては、まずまずじゃな。そしてようこそ光の同胞らよ……ここより約300000kmの座標にある星こそ、我らが地獄の大監獄 万魔殿パンデモニウムじゃ。』


 討滅の大翼シャルーアを始めとした霊装機神ストラズィール各機と、魔の協力勢力が揃って次元跳躍した宙域。当然そこに存在するものは一面の〈闇〉である。赤き恒星さえも、光学映像で捉えられるか否かの距離で僅かに見えるほど。それ以外に、存在するものは何もなかった。そんな初の宇宙フライトも――



 目にした現実に意識を飛ばさぬ様、必死で耐える子供達がそこにいた。



 †††



 モニター映像だけで繋がるオレ達は、今全ての初体験を共有していた。同時に、宇宙と重なる事ができるオレに対し、モニター上で確認できる子供達の表情は想定内ではあった。


「ここにいる子供達へ。今君達は、初めて目にした宇宙の只中にある。だが、これが宇宙の現実だ。一面には何もない空間……いや、果てしなき闇が無限に広がる世界――」

「隣り合う惑星も、衛星も……ましてや小惑星や微小な岩石にダストなどどこにも確認できない。地球から視認できる月の距離など置き去るほどに、途方もない距離と空間を有する世界……それこそがオレ達の住まう次元の真実と心してくれ。」


 強張り、さらには蒼白となる彼らの面持ちは、宇宙に初めて飛び出した者達が抱く当然の反応。自分達が生きてきた大地さえ手に届かぬ、絶望に支配されるかの心情。それは、生命が根源的に持つ闇への恐怖そのものなんだ。


「これより我らアメノハバキリ 魔王討伐隊は、すぐさまニュクスへと向かわなければならない。が、その前にモニターへ映る親しき者同士、よくその目に焼き付けてほしい。ここに地球と言う母なる大地はない。ないが……苦楽を共にした家族がいる。」

「それを感じる事で、同じく宇宙を感じるんだ。己を中心に置き、そして家族を……それが操るストラズィールを信じてみろ。心が落ち着いてくるはずだ。」


 闇が齎すは、無限の只中へ取り残されたかの孤独、恐怖、絶望。けど彼らは、それを乗り越える事の叶う大切な家族と共にある。それを聞いた子供達の表情が和らいで行くのを、確かに感じていた。


 少しの間、彼らが慣れるための時間を割く。頃合いと視線を送る先で、紫水しすい閣下が首肯しこれからのプランを切り出した。


「兄者である紫雲しうんが、現状で我ら魔の物の本体とも言える魔導外郭の封印を破っていない前提の話じゃが。少なくとも急ぎ主星ニュクスまでの距離を縮め、そこへ至るための魔殿門アバドンを開く必要がある。そこで――」

「すでにこちらから連絡を飛ばしておるが、そなたらには我ら魔の種族を統べる神の座にある、大兄者との謁見を済ませてもらいたい。時間を取らせぬつもりじゃし、そもそもそれを経なければ門を司る魔王 アバドンも二つ返事とはいかぬでな。」


 言葉の端々へ、覚悟の中にもやるせなさを塗す紫水しすい閣下より、彼女のさらに上位に君臨する存在との謁見と言う文言が飛ぶ。それはあらゆる雑学的な知識から想像はできるも、名を出されるまでは信じ難きものではあった。


紫水しすいちゃん……その大兄者さんて、いったいどんな人なの?』


 そこで彼女とは、すでに同郷の仲と言えるほど打ち解けた雪花ゆっか君が敢えて口にし、友人にはちゃんと話すとの意思で首肯を送る閣下。そんな彼女が語る大兄者とは――


「うむ、ゆーちゃんのためにここで語るもやぶさかではないの。恐らく地球の……知り得ているじゃろうが――」

「我ら闇に属する、高貴なる魔の物すべてを統べし者。光の神族に等しい地位と、魔族最高位を賜る闇の頂点たるお方。故郷である天楼の魔界 セフィロトはケテルの主にして守護者。使 、大兄者 紫炎しえんこと魔神帝 ルシファー閣下その人じゃ。」



 地球のあらゆる聖なる書物における、光に反逆したとされる存在を指していたんだ。

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