短編 愛をなくした僕は

@rukonamu

Mother

『ぼくのお母さん。

ぼくのお母さんは、とてもやさしくてキレイな人です。いつもお父さんと仲良く手をつないでお買い物にいっています。ぼくも買い物についていくときはお父さんとお母さんのあいだで、いっしょに手をつないでいきます。お母さんは近所でとても美人なことで知られています。この前も、となりの家にすんでいるおばさんにお母さんはやっぱりキレイだねって言われました。ほかにも、お母さんはりょうりもとくいで、いつもおいしいごはんをつくってくれます。ぼくがいちばんすきなのは、お母さんのつくるカレーです。お父さんもお母さんのつくるカレーがだいすきっていってました。お母さん。いつも、ぼくのためにいろいろしてくれてありがとう。2年2組○○けんた』


「はぁ……。」

そっと手紙をとじ、もとある封筒に入れそこら辺の積荷の上へと放り投げる。

綺麗な放物線を描くことも無く、不格好な直線を描いた封筒は、ダンボール箱の上の方へ消えると、パサッという音が聴こえた。

―――上手く積むことができただろうか。

もとよりどこへ紙封筒が飛ぼうとも気にはしないが、投げた方のベクトルに反し戻ってくるのではないかと、SFチックな妄想に一瞬耽る。

「はぁ……、馬鹿馬鹿しいな。」

昔から「馬鹿だ、馬鹿だ」といわれて否定をしていたが、この考えは既に馬鹿でしかないので昔の友人?達へ、お前らは変わったが俺は1ミリも変わっていないぞ、と自慢したくなる。

これまた馬鹿な考えをしているうちに、ふと辺りを見渡すと既に日は沈みつつあり、周辺一帯が橙色から赤色、そして青黒へとグラデーションしている。

日の沈む方へ飛び立ち、目的地もなく飛び交うカラスに無常を感じながら、今日一日を振り返る。


――――都内にあるとある雑居ビルの一部屋。1LDKで家賃は4万ちょい。駅からは徒歩25分で今日も今日とて車は車でもお金を考えて「人力車」ならぬ人動力車―――もう面倒だから「自転車」で意味もなく脚力を用いて動かすこと数時間、公園ではしゃぐ子供。高層ビル付近では社会に従属することを選んだ長距離ランナー系賢者達。自ら建築士となることで社会に踏みつけられるもそれに必死にしがみつくダンボール建築士達。そして、ガチャガチャ、キーキー音のなるオンボロ車に跨ぎ、雑居ビルへと帰省する一室限定の警備員――あ、俺だ。


ともかく今日一日はやることなく――いや、今日一日もやることなくただ自転車を乗り回すこの俺。ここら周辺ならタクシー運転手よりも詳しい情報をもつ自信がある。


自転車をとなりのビルの駐輪場へ停めて、そろりそろりと部屋へと帰る。

「よし。今日も我が敵は現れなかったな。さすが俺。ついに気配察知を飛び越えて殺気を飛ばして相手を怯ませる技でも覚えてしまったか……。」

「うふふ、どこの誰があなたに怯えたんですかね。」

「ヒェッ………………」

ゆっくり後ろを振り向くと、そこには真っ黒なオーラを漂わせた般にya「…」美しいタレ目の美女がたっていた。

「や、やぁ……大家さん。どもっス。そんじゃ、俺はこれで―――ガシッ


「どこへ行こうと?家賃、溜まってますよ?」


な……、肩に手を置いただけでこの硬直能力……やはりこいつ只者では


―――はっ!ここはもうこれしか……



「いや、それはもう払ってますよ〜、何言ってんすかぁ〜。」

「あら?……そうでしたっけ?」

「そ、そうですよ〜。やだなぁー、もうっ。」

「うふふ、すみません。」

「あはははは……、わかってくれればいいんですよ。わかってくれれ――「ガシッ」ぶぁっ!?」

く、くちがぁっ!?

「これ以上ふざけるなら……口を縫いつけますよ?」

―――――口をホールドされていて顔が見えなくても、よく分かる。今の大家は敵は敵でも悪魔だ!絶対に角が2本生えてる!


「まだ理解してないようですね〜。」

ギリギリ

「な、あがぁっ!?ほふ、なにもひゃれっへまへんへほ!?」

「顔はとてもお喋りですね。」

ギリギリ

「はひおひゃへっへはいー!?」








「ふぅ。とりあえず今日のところはこれくらいにしておいてあげますね。」

「は、はひ…………」


く、くちが……ほっぺたがまだひりひりしやがる。

あのクソアマ手加減なんて絶対に知らないな……。


「あ、そうそう。」

「な、なんでしょう……」

「私、これから買い物があるので今月の家賃払わない分、荷物持ちとして一緒に来てもらいます。」

「はい!無理です。」

「どうしてもですか?」

「無理です!」

「家賃が少し安くなっても?」

「無理です!」

「さっきクソアマって思ったことを黙っておきましょうか?」

「……」

「どうしました?」

「。」

「…?」

「何いってんすかー!?大家さんに重い荷物持たせるわけには行かんでしょー!」

「うふふ、そうですか。ありがとうございます。」



こうして、俺のふがいない一日が今日も終わり、そして―――


























―――――プップーーッ!!ガシャーン!!!!
























「っ――――いやぁァァァ!?○○さん、どうして!」

気がつくと、視界は薄暗く、そして聞こえる音は澱んで聞こえにくい……。

「お……おお、や……さん……。」

「ま、待っててね!直ぐに救急車を……、あれ?救急車ってどの番号だっけっ!?あれ?えと、あれ!?」

大家さんはパニックして携帯を慌てて取り出して救急の電話をかけようとする。

「がハッ―――」ビチャッ

「○○さん!?ま、待ってください!死なないで!」

辺りに血の匂いが充満し、血の気がどんどん薄まっていく……

「お……大家さん、」

「な、なんですか!?」

「大家さんに伝えたいことがあります……。」

「な、なに?」

「これから先、何があろうとも決して諦めないで下さい……、子育てとか……子育てとか、子育てとか……。」

「……うん!わかったから!子育て頑張るから死なないで!?」

「…………言質はとった、よ?母さん―――――」










そして、俺は今日も今日とて、同じ時間をループする。



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