第54話 王都へ。
リリアは両手で顔を覆い、泣いていた。
あまりに色んな事が明らかになり、湧き上がってくる涙を止めることが出来なくなっていたのだ。
遠くで出発を告げる団長の声が聞こえてくる。
「王都まで、俺がリリアを連れて行きたい。いいか?」
頭の上でクロウがシャイルに問う。
「ええ、いいわ」
今まで水と油のようにぶつかっていた二人が、まるでこれまで険悪な態度を取り合っていたことが嘘であったかのように、息のあった様子で言葉を交わす。
頭を優しく撫でていたシャイルの手が離れると、クロウがリリアを抱き上げた。リリアを包み込む逞しい腕に力が籠る。
「リリア。おまえは爺さんの手紙をハミールに渡す為に、ここまでやって来たのだろう?」
クロウの声には励ますような響きがあった。
リリアは涙に濡れた顔を上げた。心の奥を見透かすような黒い瞳がリリアを見つめていた。その眼差しを受け止め、しっかりと頷く。
「はい。行きます。王都へ。おじいさんの思いを伝えるために」
まるで自分の心を奮い立たせるように告げる。
リリアが今こうして生きていられるのは、敵が攻め込む中を赤子だったリリアを逃し、育ててくれたおじいさんがいたからだ。改めてお礼と感謝の気持ちを伝えたかった。
だが、それは叶わない事だと分かっている。感情のまま悲嘆にくれることは簡単だ。
でも、そんな事をおじいさんが望んでいるはずがないことも分かっている。おじいさんならきっと、前を向き、涙を流しながらでも一歩ずつ前へ進むリリアの姿を褒めてくれるはずだ。
(国王様にお会いする事は、本当はとても不安に感じてしまう。でも、立ち止まらずに、今出来ることをしよう)
リリアはそう心に決めると、俯いていた顔を上げた。
「……国王と会うことに少しでも不安があるのなら」
シェーンの背へリリアを乗せながら、クロウはそう切り出した。
「ハミールに会った後、……リリアの事を誰も知らない遠い場所へ、一緒に逃げようか?」
驚いたリリアは馬上からクロウを見下ろす。澄んだ黒い瞳がまっすぐにリリアを見つめていた。慰めや冗談なんかで言ったのではない事は明らかだった。クロウはいつでもまっすぐだ。どんな時でもリリアの気持ちを慮ってくれる。彼の眼差しがどこまでも優しくて、また涙がこぼれてしまいそうになる。
「クロウ、心配をしてくれてありがとう。でも、私を連れて逃げたら、あなたもおじいさんと一緒で、仲間の方々やヴァロアさんとも、もう会えなくなってしまうわ。……それに、叔父様には会ってみたいの。国王だとか王女だとか言われても、本当はよくわからない。ただ、お父さんの弟だという方に会ってみたいの」
「そうか。分かった」
そう言うと、クロウは見事な身のこなしで、あっという間にリリアの後ろに飛び乗ってしまった。右手で手綱を握り、逞しい左腕がリリアの腰に回される。振り向いたリリアの唇をまるで風が吹き抜けるようにクロウが口付ける。リリアは熱を帯び、火照る顔を両手で隠した。リリアが指の間からクロウを見れば、まるでいたずらに成功した子供のように笑みを浮かべてリリアを見下ろしている。
リリアが顔から手を離し、クロウへ何か言おうと口を開きかけた時、クロウの表情が変わる。真剣なものへと。
「これからどんなことがあっても、俺がそばにいる」
「クロウ……」
「さあ、行こうか。王都へ」
クロウは迷いのない声で告げた。
「ええ、王都へ!」
リリアもその声に応じる。
クロウが馬首を巡らし、シェーンが歩き始めた。まだ不安が消えたわけではない。
だが、これからもクロウがそばにいてくれるのだと思うだけで、なぜか大丈夫だと感じる。
リリアは逞しいクロウの腕にそっと触れ、雲一つない空を見上げた。
(おじいさん。お父さん、お母さん。空の上から見ていますか?)
この人が私の大切な人です。
愛することを教えてくれました。
これからもこの人のそばで共に歩んでいきます。
突然、強い風が近くの木々をざっと音を立てさせると、そのままリリアの体を抱きしめるように絡んで天高く吹き抜けていった。
精霊の乙女と黒髪の騎士 待宵月 @Snufkin_Love
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