第5話 月下に笑う冬


駄目だよ、ここに来ては駄目。

危ないよ、人間が来たら死んじゃう、人間は脆いものね、私より頑丈なくせに、とても脆く弱いものね、ほら私がここから出してあげよう、さぁ手を出して。


あの時優しく微笑む彼女の手は何処か冷たかった。


辺りは冷たく桜はもう何処にもいない、夏や秋に出会った花々は枯れ新たな季節が巡ってくるのを待ち眠ってしまった。

その期間だけが花に振り回されず普通に暮らせる、唯一変人として見られずに済む季節だ。

学校の帰り道気づけば俺は昔住んでいた家の道を歩んでいた、高校の入学前ここから少し離れた場所に住んでいた、この道を辿ると嫌な思いでばかり思い出す、今だと笑ってしまうようなものだがどれ程辛かったかよく覚えていた。

早く冬になれ、早く枯れてしまえと呪うように毎日泣いていた。

友人だと思っていた者からは、嫌われ石を投げられ避けられていた大人だって見て見ぬフリをしていた。

幼い頃の自分が泣きながら、生傷を作りこの道を歩く姿を思い浮かべた、悲しくて痛くて何もかもが嫌な日々だった。

この緩やかな坂を上がり右に曲がれば母校である中学が見える、中学生の時代が自分にとって最も地獄だった。

別に何も悪いことなんてしていないけれど花達が今日を花で飾りつけるせいか、はたまた俺が花と話しているところを見てしまったせいか、嫌がらせは、より一層陰湿になり悪口は、目の前でわざとらしく言われる日々、古典的な無視から始まり飽きずにまぁ毎日忙しく皆繰り返していた。

もう何が悲しいのかはっきり言ってわからなかった、冬になって人目も気にせず過ごせた、高校に入ってからうまくやろうと思ったけど何処か内心諦めていた、だからこんな風にひねくれ格好を変え逃げていたのだと思う。

今ではこんな風に友人ができ普通話すことなんてないと思っていたここの人達は皆申し訳なくなるくらい優しく何処かくすぐったかった。

携帯の通知音が静かな道に響き慌てて携帯を開いた、通知音をオンにしたままだったらしく、その音が遠くまで響き何の通知かと思えば友人からの連絡だった、あぁまさかこんな風に友人と携帯で連絡を取り合うなんて夢にも思わなかった。

その内容は、明日の修学旅行の話だ、そう言えば、あの時助けてもらったあの日も修学旅行だった、幼かった頃のだ、まだ人なのか花なのか区別があまりついていなかった頃の記憶だ。

あの人は一体誰だったのだろう、きっと今なら彼女が誰だったのか人だったのか花かが区別がつく……とは思う、あの時のお礼を幼かった俺はちゃんと言えていただろうか。

小学生の修学旅行一人だけ仲間はずれにされた挙げ句に班行動をしたくないという理由だけで何処かの寺の地下に閉じ込められ置いていかれてしまった時の話だ。

そこで足を止め、俺は元の道へと戻り明日の話を友人と話ながらその日を終えた。


……

冬の季節に行くなんて珍しい事もあるだろう、他校は初夏の辺りに行くと聞いた、学校の都合上俺のいる高校は、人気の少ないこの時期を選んでいるのだ。

正直言えば、とても寒い、驚くほどに手足の先は冷え、どこに触れても、まるで氷に触れているみたいだ。

待ち時間の間友人の一人が寒過ぎるせいかマフラーで顔を覆い前が見えない状態でふらついている、その中に「銀木逸」の姿もあった、大人しい見た目に対して豪快に笑う彼だ。

手を振って呼ぶと分厚い布の間から顔を出し何処までマフラーを巻いているのやら、彼に駆け寄り、頭にまでかかった布を下に下ろし、寒いのか頬を赤く染めコートを着ていても寒いと小刻みに震えながらカメラを取り出しこんな時にも何かを撮ろうとしているようだ、この手の物は、今の季節とんでもなく冷たい物だろう、わざわざ手袋を外しカメラを俺に向けた、震えた声を出しながらカメラを見ろと言われる、それにつられ周りの友人やクラスの人達が集まり、気恥ずかしく思いながら写真を撮られた。

暫くしてから、目的地まで移動し、その間も皆休むことなくいつにも増して賑やかだった。

自由行動やらバスでの移動の多い日を覚悟しながら、楽しいもあるが疲れると言った物が同時にのし掛かる。

何処か見慣れたこの場所に違和感を覚えた、共に行動していた友人からどうしたのか訪ねられ首を横に振りその場を後にする。

昔ながらの屋敷の中、広い建物の構造やその歴史眠くなりそうな話を聞きながら、暖房がついているのか妙に暖かい部屋の中を移動する、外に出ればまた冷たい空気にさらされ思わず身を縮める。

早く自由行動にならないだろうか、早くこの冷たい場所から移動したくてしかながない。

近くのもう誰もいない寺には崖があり非常に滑りやすくなっている為絶対に近づかないようにしろと長い先生の話を聞きながら、皆何処へ回ろうか話し合っていた。

近くでは、早川の声も聞こえる、話を終えると友人に背中を叩かれ何処に行くか決めているかと聞かれ、いいやと口にすると、その友人に連れられあちこち振り回される。

正直疲れたがそれなりに楽しかった、自由行動も後半になり、集合場所へ向かおうとすると、注意事項にあった古い寺が見えた。

薄気味悪く他の綺麗な場所と比べるとまるでお化け屋敷でもやっているのかと思うほどに空気は悪く暗い雰囲気で柱は崩れ、整備されていない雑草や苔、竹にゴミなどが転がりその不気味さがより一層増して見える。

その近くに人が見えそれを言う前に友人の誰かがそれを指摘する、あぁ人なのかと思い、友人と共に声を掛けるが反応はない、そのまま行こうにも、もしもあのまま落ちたらと考えると無視するわけにはいかなかった。

様子を見ると言ってその子供に近寄り落ちぬよう木に手をつき覗くとそれは遠くから見ると人に見えるだけの布と切り株でできた物だと気づきつい笑いながら友人達に布を剥ぎ取り見せつけると友人達もそれを見て笑う、なんでも人に見えてしまうせいか余計に可笑しかった、彼らの元へ向かおうと崖から離れる、布を崩れた寺の側に置き後にしようした瞬間足が寺から伸びたツルに捕まれその瞬間嫌な予感が脳裏に過る、慌てて振りほどこうとするがツルの力は強くすぐに崖まで引き寄せられ友人らもこちらに駆け寄り手を伸ばし俺も必死に手を伸ばす、だがそのまま崖の下まで引き摺られるように落ちていった。

声が消える、折れた木や草などがクッションになったようで地面に激突せずに済んだ、だけど足が痛い、動くと思うが歩けるかはわからない。

複数の声が聞こえる、辺りは小さな花が咲く、人の手など借りずとも自分の力で咲く花々の中に一際目立つ大きな葉が見える、花だろうか、俺を囲むように少女達が集まり、何処からか伸びたツルは途中で切れ足に絡まっていた。

上から友人達の呼び声が聞こえるがここからじゃ引き上げるのはどう考えても無理だ。

日が傾き始めた頃、暗く見えずらいが手を振り生きていることを伝える、さてここからどうしたものか、何処か身に覚えのあるような景色だ、少女達は俺に絡まる草を退け間の抜けたような顔で見つめる。


『……なぁ俺ここから上に上がりたいんだ』


恐る恐る声をかけると飛び上がるように喜びそれと同時に上の上がり方がわからないと少し悩んだ顔をしてから、何かを閃いたように俺が最初に気づいたあの目立つ草を指差した。


『あの子ならわかると思う、うん、あの子も上から来たから』


上から来た、きっと上に咲いていたのになんらかでここまで流れついたのだろうか、少女達はそこまではわからないようで、ただあの花だけが上に来た唯一の花であり、どの物よりも物知りだと言う。

花は咲いているだろうか、咲かなければ見えもしない、話せるわけもない。

足を引き摺るように歩き、鈍い痛みに耐え大きな葉のついた草に近づく葉は、今にも開きそうな大きな蕾を守るように囲み軽く開きかけた白い花を見つけた。

あぁ、やはりこの花を俺は知っている、何処かで見たことがある、いいやそんな偶然あり得るわけがない、幼い頃に見た花に似ているなんて、寺に閉じ込められたあの日俺を助けてくれたあの少女なのか、いやなんでここにいるんだ、わからない友人達はきっとここの地元の誰かに声をかけているのか今は姿はない、少女達もその場に集まり始め、傾き始めた日が次第に夜へと近づいていた。

するとそれと同時に開きかけのその蕾がゆっくり開いていく瞬間を目の当たりにした、奇跡的なその瞬間に俺は思わず息を飲む、日が沈んでいくのも気にせず、花開いたその少女は華奢であり、不揃いな白い髪に目元はうっすらと黄色い、その光景はあの時見た彼女に良く似ていた。

あぁ、そうかあの日出会った少女は彼女だったのだ、今まで思い出せなかった部分が埋まるように記憶を埋め尽くす、偶然がここまで重なるとは俺はきっと運が良い、ふらついた足取りで俺を見つめ首をかしげる少女に、声をかけようとした。

俺は最初っから最後まで何処までも花に救われているのだと感じた。


『おやおや、ここに人がいるんだ、人がここにいたら危ないよ』


あの時と全く同じような言葉でここまで来た崖を見つめ、他の少女達の話で理解したらしく、そうかと頷いていた。

彼女は覚えているのだろうか、いいや花々がいちいち人の顔など覚えているわけがない。

そう思い、俺は何も言わずに上の上がり方を訪ねる、すると少女は自ら歩みながら、手招きでこの道を辿ると良い口にした。


『この道を真っ直ぐと行くと人のいる場所へ行ける、はずだよ』

『……、あんた……いいや、やっぱなんでもない。』


彼女は、一度困ったような顔をしてからまた自分の姿を見つけられる人に出会えるなんて思いもしなかったと嬉しそうに語る、手を伸ばし迷子になるからと、あの時のように人のいる場所へと案内してくれる、俺はなんとなくその手が振りほどけず言われるがままだった、その間ずっとあの時の事を楽しげに語るのだ。


『あの子が成長してたら君みたいな子になっていたのかな?』

『さぁ、どうだろう、なぁそれより、聞いてなかったけどあんた何て花なんだ』

『わたしかい?、あぁ言ってなかったか』


「月下美人」と彼女は口にした、幼い頃に出会ったあの少女は「月下美人」と言うあの白い花だったのだ、彼女は前の豪雨でこの崖まで落ちてしまったとあの場所にいた原因を教えてくれた、俺とならまた上へ上がれるのではないかと足を止め戻ろうと口にする。

だが彼女は、首を横に振った、俺が足を痛めているのに気づいているのか、足場の悪い所を避けながら、彼女は、今あの場所が一番居心地が良いと言う。

昔はひっそりと咲いていただけなのに、徐々に人が集まり、元いた場所からあの寺まで随分と人の手を渡り、捨てられたと言う、ここまで聞けば彼女は人が嫌いだったようだ。

それは、そうだ自分を売っては買ってそして捨てるのだから恨まれても仕方がない、俺は下を向き何も口にしなかった、きっと俺を崖から落とした草もそう言った人への恨みがあったからこそ、嫌がらせで俺を引き摺り落としたのではと感じた、彼女はそんな俺を見て笑う。


『あぁ、確かに人は嫌いなんだけどね。

あの時出会った少年だけは好きなんだよ、君によく似ている懐かしいよ』


本当なら、あのまま無視をしていたらしいが、あの時の少年に似ているから無視をすることができなかったと、あの頃の俺は今のように彼女に何かを言っていたようだ。

それを聞いて初めて自身の声に耳を傾けてかれたあの少年がどうしても今も忘れられないと、握った俺の手を強く握り返す。


『ありがとう、わたしなんて花の為にそんな事を言ってくれて』


あの少年にも言いたいな、とまた話したいと言う、今ここにいるのがその時の俺だと言えない、困惑させてしまう、俺は嫌われているずっとそう思っていた、こういった花達の恨みや悲しみ感情が見えるのは俺が嫌われているからだとずっと思っていた、けれど恨まれようが彼女達は確かにたった一言声かけられた、言葉を交わしたそれだけで心が救われたのだと語る。

もしも、もう一度あの少年に出会えるのなら、わたしを見つけてくれとありがとう、と言いたいと微笑む、その姿に俺は、下を向くのをやめ彼女の目を見た。


『必ず……必ず伝える』

『……お願いするよ、優しい坊や』


暗闇から脱げ出すと遠くから各店や家の窓の灯りがついていた、日は随分と暮れ、夜と夕方の間くらいだろうか冬のせいかすぐに辺りは暗くなる。

彼女の方を向くと手招きでしゃがむように指示をされる、痛む足を庇いいながら、しゃがみこむと彼女は最後に俺を抱き締めた、人を嫌う花が自ら進み、俺を抱き締めたのだ、もう気づいているのだろう、だけどお互いそれは言わず、俺はただされるがままその香りに包まれ、細い腕がいつしか俺から離れていく。

彼女は、またね、と手を振って去っていった、俺はまた彼女に救われた、あの時のように彼女の手は変わらず冷たかった。

冷えきったはずの手の感覚が抜けきらず、今も握られているようだ。

雑草を掻き分け、声をあげると随分と下まで降りてきたようだ、丁度人がそこへ通りかかりそれは、「銀木逸」と「早川恵」の姿だった。

二人は、俺が崖から落ちたと言うことを知り慌てて来たそうだ、どうやって来たのかと聞かれ、俺は二人にこう告げた。


『優しい「花」が助けてくれた』


普通なら気味悪がられそうなふざけた台詞に彼らはお互い目を見てから俺を見つめそれを笑いもせず、よかったと戻って来たことを心から喜ばれた。

昔は、さりげなく戻って来ていると、気味悪がられ皆から嫌われていたのに対し、ここの皆はあの時の人達のように冷たくも酷くもない。

皆心から優しく、人を想う。

冷たいだけではないのだと、こうも受け入れてくれる人もいるのだと改めて俺は感じた。

あの花も、俺も、人を嫌い、花を嫌い、恨まれ、憎み続けてきた、人の心も花の心も皆そうだ、一つ一つ違う、それは確かに悲しい事も多いがそれだけではないと言うことに俺は気づけた。


花に嫌われている、人から嫌われている、だからこそ、花の事を人として見えていたのかも知れない、けれど俺が今まで話してきた言葉も出会った花も人も、空想でも幻覚でもない、一つ一つこの一年は確かに現実で起きた、本当の話なのだ、花も人もお互いを想いやる気持ちに形などない。


いくら憎まれようが嫌われようが俺は変わらない、それはあの花達もそうだろう、何年も咲いては枯れてまた繰り返す、そうそれはまるで人のように、俺も何度も目を閉じてはまた同じようで違う日を過ごすのだ。


二人に連れられ、俺はその場を後にし、大変な修学旅行となった。


**

冬を終え、一年が過ぎ、また春がやって来る。

今まで俺だけが見える、その答えは出ているのかわからないけれど、だけどその意味はわかっているような気がした。

相変わらず俺がいる場所に花が堪えない、むしろ増えたような気もする、窓越しに見える景色は変わらず色鮮やかに染まる準備をしていた。

人との関わりが恐ろしくて形から入った染めた髪もすっかり色落ちし、随分と大人しいなと笑われる始末だ。


俺はそんなにうるさかったのだろうか、友人達は笑う。

それにつられるように俺や俺を囲むように花達と共に笑いあった。



ー花に嫌われているendー



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花に嫌われている 雨音 @ameyuki15

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