第4話 貴方に会える秋
秋に君を想う
小さな花が多く咲く季節、匂いも強くなりまるで、その花に振り回されているようだ。
金木犀の花、薫りが強いのに対し花はとても小さく、散るのも早い匂いはしばらく残り、学校の周りや家の周辺によく咲いている。
丁度今咲いている所だろう、登校する少し前、テレビで滅多に咲かない花があると言う特集番組がやっていた。
なんとなく、目にしていると「月下美人」と書かれた名前が目についた、何処かで聞いたことのある名だったが特に思い出せる訳もなくそのまま登校の時間となった。
学校の周辺や家の周りから、花の匂いが強く漂う、桜の中はすっかり色を赤く染め木葉落ちる頃になっていた。
眠たげな彼女は遠くから手を振る、髪色は赤からオレンジがかった黄色へとなり、服もそれに合わせ木葉のように穴が空いている。
『大丈夫か、あいつ……』
遠目から眺め歩き出すと、隣に通りがかった人とぶつかってしまう、慌てて手を引いて謝り、その生徒と目が合うすると、彼はただぼんやりとした顔で俺を見た。
全く喋る様子もなく、聞き返してみるが無反応聞こえないのか手を目の前でひらつかせると唐突に叩かれ不機嫌そうな声を出す。
『聞こえてるし、大丈夫。』
『そ、そうか、悪かった……』
華奢な外見に似合わず、力強く叩かれた手のひらは赤くなっていた。
目についたネクタイの色は同じ青い色、同学年とわかったが彼の事は見たことがなかった、こんな奴前からいただろうか。
大分テンポが遅れてから、何処か幸薄そうな顔つきで色素の薄い髪を弄りながら、去って行った。
じわじわと来る痛みにため息をつく、見慣れた教室は何処か花の香りが残っている、衣替えを済ませた人達に混ざりカーディガンの袖を捲り朝から元気な姿の早川がいた。
あの件以来彼女は今まで以上に俺に声を掛けるようになった、そのせいか女子の知り合いが増えた気がする、男子の奴等には羨ましがられ人との関わりが増えていく、嬉しいこともあるが昔と比べると違和感があって仕方がない。
こんな見た目によく人が寄ってくるものだ、朝出会ったあの少年の反応の方がまだ納得する、いつからこうなっただろうか、そんな事よりクラスの中ではこの時期に珍しく転校生が来るらしい。
誰だろうと噂をしている時、一人の友人が俺に話を振る、その時彼の顔がぼんやりと浮かぶ。
『あ、俺もしかしたら会ったかも……』
多分その転校生は彼の事だろうと思い、休み時間に隣のクラスにやって来ると言うその転校生を人目見ようと皆が集まってきた。
人々の会話から聞こえてくる、転校生と名は、【銀木逸】(ぎんもく いつ)と言う名前らしい。
俺もその中に混ざり確認していると、クラスでは一人浮いている少年がいた、やはりあの時の彼だった、ひたすら外を眺めている、その方向ではオレンジの小さな花を纏った金木犀の花が窓に張り付いて見ていた。
目があっているようにも見えるが……もしかしたら俺と同じなのだろうか、恐る恐る教室へ入り声をかけてみた、少しの反応も見せない彼に朝と同じ事をすると、また同じように手を叩かれる。
『ん、あー朝の人』
『お、おう……』
痛みに耐えながら、軽く挨拶を踏まえ窓に何か写っているのかと訪ねるが彼は何も見えないと言った、少し落ち込んでいると、俺に気づいた金木犀はこっちへ来いと手招きをする。
今からそちらに向かっても人の目が気になって会いに行けない、ひたすら外を眺める彼に何もいないのになんで、見ているのか聞くと彼は今まで何もかも興味の無さそうな棒読み加減の言葉だ、その声で金木犀の花の事を口にする。
そのうち鐘もなり俺は自分の教室に戻る、時間が過ぎていき気づけばもう下校しても可笑しくない時間だった、夏と比べ日が短く空は茜色に染まっている、靴を履き替え歩いていく何だか妙に疲れた、頭がぼんやりするような感覚で風邪でも引いただろうか。
すると、金木犀の花が甘い香りを振り撒きながら、こちらへやって来る、俺の手に触れた瞬間その手は細かく小さなオレンジ色の花となり、崩れていった。
『あらあら、大変だわ』
焦ることもなく冷静に頬に手を当て首を傾げていた、あまりにも突然の事で大声を出し、尻餅をつく、すると花は大丈夫と言って地面まで真っ直ぐ伸びた長い髪を揺らし、俺の顔の前まで近づいてきた。
自分は脆いから、触れるとすぐに崩れてしまうのだと彼女は言う、だが花が枯れているわけではないから、すぐに戻るといつの間にか崩れた部分が戻っていた。
『ね?』
『……あ、あぁ』
ニコニコと嬉しそうに笑う金木犀の花に朝の彼の事を訪ねられる、金木犀自身も彼の事は知らないようだ。
彼女が見えているわけでないとはっきり伝えると、彼女は表情を変えずに頷いた、別に目があった訳でもないから、初めから期待はしていないと言っていた、だけど真っ直ぐと自分を見つめる彼と少しでも話してみたかったと悲しげだった。
彼は今も自分の木の下にいると俺に伝え遠目から覗くと確かにその木の下に誰かいる。
『聞きたいのはそれだけか?』
『うん』
他に望む物はないと言って彼女は彼の方角を見つめる、何かできることはないだろうか、金木犀はまた崩れてしまうかもしれないのにも関わらず俺の頭に自身の花を乗せる。
『貴方とお話ができたから満足よ』
そう言う彼女の花がまるで涙のように風に煽られ散っていく。
嗚呼、こういう時なんて言えば良いのだろうか、なんで俺にしか見えない、どうしてこいつらの声が聞こえないのだろうか、俺が見えていても仕方がないのに……。
『彼が私を探している、少しでも彼の気が引けているなら、それで良いわ』
鮮やかな色に強い香りで相手の気を引き付ける、確かに金木犀の香りについ引かれることがある、彼女は笑って見えない人間が好きだからこそ、匂いで相手の気を引くのだとくるくると周りながら花を散らす。
【今だけは私を見つめて……】
そう言うかのように、何も望まない花はゆらゆらとした足取りで俺から去っていく、なんなとなく俺もその後をついて歩く、近くになると彼は本を読んでいる事に気づく、彼がこちらを振り向くとその本を膝に置き何か言いたげな顔で俺を見た。
金木犀も彼の側に立ち尽くす、帰りと聞かれ返事を返すとひたすらに俺の事を見る。
『なんだよ……』
『……んーいや、可愛い髪飾り付けてるなっと思っただけ』
頭の方に手を置くと金木犀の花が乗っていたのをすっかり忘れていた、慌てて取ると、彼は座ったまま子供のように笑っていた、初めて見るその顔に驚いた、彼の隣に置いてあった鞄が倒れその中身が地面に落ちるその中にカメラが見えた。
『あぁ、そうだ』
彼はそう言って、落ちたカメラを手に取りシャッターの切る音がした。
人形のようだった彼は未だに笑っている、一度笑うと中々収まらないらしく随分と楽しげにカメラを弄っていた。
カメラが趣味なのか、いろんな物をよく撮っていると言っていた、その中身は前の学校の写真か校舎や友人らしき人達で埋め尽くされている、その中には桜の花やツツジなど花や草も混じっている、なんで朝はあんな態度だったのかと聞くと、見た目と中身の違いで人から何か言われるのが怖い、そしてすぐに笑ってしまう自分があまり好きではないと話してくれた。
笑っている方が良いと俺が言える立場かはわからないがそう言うと彼は、照れ臭そうに髪を弄り目を隠した。
見せてもらったカメラの中には彼の姿はなく、俺も撮って良いか聞くと彼は目を丸くしたがカメラを手渡してくれる。
なるべく二人が上手く映るようにすると、突然金木犀が彼に覆い被さるように抱きついた、強く風が吹き、その勢いに彼女の体も脆く崩れ散っていく……その姿に俺は息を飲んだ。
その時だけ二人の目が合っているように見えた……思わずカメラのシャッター切った。
きっとこの写真には風に煽られた彼の様子しか映ってないだろうそれでも俺には彼と彼女の姿が見えていた。
美しく映るその花は、泣くように微笑んで一度散ってしまった、きっとまたすぐに元に戻るだろう、わかっていても金木犀の花は無残にも見えた。
カメラを彼に返すと、彼の頭に彼女の残した花が乗っている。
何だったのだろうと彼は言う、俺は強い風だったと一言告げ、日が沈んでいく頃、帰ろうと手を伸ばした。
後ろから、泣いているようにも笑っているような声が聞こえただけど、振り向こうとせず俺は彼とその場を去った。
明日もまた……。
彼女に出会ったらなんと言えば良いだろう、掛ける言葉が見つからない。
『また、この季節になったら……
もう一度貴方を振り向かせてあげる……』
金木犀の期間は持って一週間程度、そんな短い香りの強い花は一瞬して枯れ散っていった。
彼も、そんな金木犀の花を惜しむかのように窓の外を見ていた、変わらず声を掛けると、彼はあの時の金木犀のように笑って見せた。
長く感じる秋の一週間が終わりを告げた。
ーendー
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