第3話 蛍と夏
夏
日差しの暑さに気が滅入りそうだ。
緑色の草木に囲まれ蝉の声が頭の中に響き、より一層暑さを増していった、不安定な足取りで学校最後の登校する、よりにもよって今日は一番の猛暑日にそだと言う……あぁさっさと帰りたい。
今日の長い先生の話が終われば夏休みだ、あともう少しだと言うのに暑くてもう倒れてしまいそうだ。
校門前の入り口、皆暑さにやられていた、体育館は外よりも蒸し暑く設置された大きな扇風機すらも役目を果たさず生ぬるい風が吹きしばらくしてようやく解放され、教室でも話を聞きプリントを貰いようやく帰宅する。
昼前の時間、あんなに咲いていた桜の木は全て散り、緑色の葉を付けていた、遠くに桜色や花の変わりに新緑色に染まった服や髪頭の蕾は葉に変わっている、春に出会った桜の木がそこにいた。
花が散ってからしばらく顔を見なかったが花全てが葉に変わりようやくでてきた。
大きな声で俺の名前を呼ぶ、元気な様子で手を振る、それに手を振り返すと、突然後ろから声を掛けられ思わず声が出た。
そこには、いつもと違う髪を一つにまとめた姿で彼女は俺に声を掛け、何やら深刻そうな顔だった。
何だが元気が無く、恐る恐る訪ねてみると家に咲いた「朝顔」が変だと言う。
『他の朝顔よりしぼむが早くて……』
『んー、普通に時間とかそう言うのじゃなくてか?』
正直、全く詳しいと言うわけでもない、どう対応すればいいか、わからず内心とても焦った。
彼女は、そうじゃないと声を張る、共に下校しながらその朝顔について話を聞いていると、咲いている時間は平均よりも短く夜に咲いている訳でもないらしい、もう枯れるにしても咲いてからまだ数日だと言った。
なんとなく、歩いているうちに彼女の家に着いた、朝顔の他に大きく伸びた向日葵が咲き、玄関には伸びきったノウゼンカズラの花、ノリウツギなど色んな花が咲いていた。
どれも夏の花ばかり、彼女が来るや否や飛び付くように少女達は彼女に駆け寄った。
『めぐみーめぐー!』
『メグミちゃーん、お帰りー』
どれも色とりどりに咲き誇り、相当彼女は花に愛されているようだ、抱きつかれようが何されようが相手には見えていないので、俺からすればとんでもない光景だった。
何故彼女に見えないのか、少し疑問に思った、問題の朝顔の前には彼女に似た顔で後ろは短く前が長く揃えられた髪に、青っぽく染まったワンピース状の服に白い線が入った涼しげな色に片足にはツルのような草が巻かれている幼い子がいた。
『げっ…』
『ん?どうかした?』
『あ、いや、なんでもない。』
朝顔の花は育ての彼女にでも似せたつもりか、彼女と瓜二つだった。
その他の少女達と目が合うと嬉しそうに足や手にしがみついてきた、近寄るなと言いたくても、彼女が要る限り中々言い出せずされるがままに好き放題な奴等だ。
『キャーこの子私達が見えるのねー珍しいわー!』
『男だー男ーめぐに近寄るなぁー!』
早川に気づかれないように話を進めていく、栄養素や日差しなど色々工夫しているのに、何故か早くしぼむと心配していた。
本当に花が好きなんだと、思いながら俺の指で遊ぶ朝顔の幼女は何も問題が無さそうに無邪気に笑っている。
どうしたら良いかわからず、俺に相談したと言うが俺にもわからない、ただこいつらじゃできない頼み事をしているだけなのだし、もしもこの花に何も悩みが無いならどうしようもない。
『……悩み…とかあるのか?』
『え?私?、それならさっきから言ってっ』
『あー、違う違うほら、あの……』
考えてはみたが、言ってて恥ずかしくなってきた、顔が更に暑くなったのがわかる、彼女は笑って朝顔の前でしゃがみこむ、すると朝顔に向かって俺が言ったように悩み事を聞いている。
『お花の声聞こえたら良いのに、ね』
何処か寂しげに言って彼女笑う。
それに対して何も言えず、熱の籠った熱風に打たれ、ただ頬から汗が流れ落ちる、俺の指に花を巻き付け遊ぶその少女も彼女の顔を見つめ悲しげな表情で指先を強く握る。
少し間が空くすると、突然立ち上がり彼女は俺に向かって深く頭を下げどうにかして欲しいと頼まれてしまった。
自分ではどうしようもないと、大切に育て折角綺麗に咲いたのにこのまま枯れてしまうなんて嫌だと彼女は本気で言っていた。
病気でも何でもない、何もできない自分を彼女は責めていた、たかが花と思うが彼女にとって、この朝顔やその他の花達皆それほど大切な物なのだろう。
強く握られた指は何処か冷たい、彼女に顔を上げるように告げ俺にだって何ができるかわからない、少女が何を思っているかなんて今はわからないがやれるだけはやってみようと思った。
ひとまず、今日1日少女を……いや鉢植えごと朝顔を預かることになった、少女を抱き抱え彼女に見送られる、姿が見えなくなってから声をかけた。
その質問に少女は口を尖らせる、ただ一度一度だけ夜を見たいとボソリと呟きたったそれだけで、早くしぼんでしまうのだと言いその表情は随分むすくれていた。
彼女と離れるのが余程嫌なのだろう、まぁ仕方がない預かれと言ったのは彼女なのだから……
あまり、そんな態度を取られても困る。
暑い日差しの中、家まで戻り部屋の中、日に当たる場所に皿をしきその上に鉢植えを置いた。
外に出していちいちこの暑い中出たくないと言う事それとこちらの方が何かと人目などを気にせず都合が良い。
しぼんだって夜を見ることはできない、朝にしか咲けぬ朝顔は一度くらい星空を見たいだけだと、まるで悪さし親や身内に怒られる子供のような態度で俺に話してくれた。
明るい空を眺めながら、少女は早川にを心配かけてしまった事を少し後悔しているようだった。
『んーとりあえずわかった。夜が見たいならなんとかしてやる』
『えっ?』
『それと、上手くいったら早川に元気だって証拠見せてやれよ』
正直そんな確証は何処にもない。
どうしようか、二人で話し合った、最初はいじけていた朝顔もいつしか慣れたのか、自ら声をかけるようになってきた。
やがて、眠くなったのか、大きなあくびをし始める、夕方になるほんの少し前の時間、まだ明るいと言うのに彼女は眠たそうにした。
ヒラヒラとしていた髪が真っ直ぐになっていく、花はしぼみ起こそうとするが中々起きない。
一度寝てしまうと起きられないのだろうか……
本当に俺なんかができるだろうか、花に嫌われている俺にはさすがに自信なんてない。
しかも今回は相手からと言うこともあり、余計心配だ。
だって、この花にはもう、大切な奴がいるのだから……
****
すやすや眠る夢の中、いつも起きていられるのは朝だけ、朝のこの日にしか「めぐみ」には会えない。
見送って、夕方夜近く「お帰り」を言いたいのに中々言えない、だって夜には私は眠ってしまうから……
どうして眠ってしまうの……
どうして私は朝だけなの……
そう考えているうちに、いつの間にか私は枯れまた夏が来るのを待っていた。
彼女の笑顔を毎朝見送ることしかできない、たまには夜まで彼女の帰りまで待ってあげたいのに……それができない……
どうして、どうして……
私には何もできない、いつも貴女に助けてもらってばっかり折れないようにツルが絡まないようにと支え棒を付けてくれたり元気がなければ栄養素をくれる、貴女は私が見えていないのにまるで見えているように接してくれた。
めぐみ……めぐみ、夜に貴女に会いたい。
夢の中でもあの子の笑顔を追いかけてしまう。
夜の星空を見てみたい、貴女にお帰りと言いたい……。
あぁどうして私は「朝顔」なの……どうして朝にしか咲けないの、貴女に会いたい、貴女に「ありがとう」と言いたい、迷惑ばかりかけて謝りたい、でもそれすらもできない。
どんなに頑張っても私は夜に咲くことができない、夜まで貴女を待つことができない……。
どうしてどうしてどうして……どうしてなの。
あぁ、いっそのこと枯れてしまえば良いのに……。
だからか、不思議とあくびが溢れた、全然止まらなくて眠くて眠くて眠くて眠くて眠くて眠くて眠くて眠くて眠くて仕方がない。
思考も何もかも使い物にならなくなっていって、いつか枯れることなくずっとしぼんだままになってしまいそうだった。
冷たい風が頬を撫でる、私の草や花が風に揺すられる、眠くて眠くて仕方がない。
このまま寝てしまおう。
明かりが瞼に差し込む、妙に暖かくて眩しく思う、体が揺れる、誰かの声が聞こえる。
**
懐中電灯で朝顔の顔を照らす、これで起きてくれるかはわからないが懐中電灯で照らしながら、歩き進め早川の家に向かう。
朝顔は寝言でずっと彼女を呼んでいた、やはり一人だけ別の所にいたのが寂しかったのだろう、やはり花に愛された彼女の所にいた方がずっと良いだろう。
彼女の家の前朝顔から一度もライトを外さず当て続け玄関のインターホンを鳴らす、夜と言っても夏ではまだ明るく感じる、時間、聞き慣れた女の声にすぐに彼女だと気づく、なんとか家の外に出るように言い聞かせると彼女はすぐさま大きな音を立て扉を開け出てきた。
髪はほどかれ、白いワンピースを見にまとい、その姿は眠った朝顔によく似ていた。
『本当?私がいないと咲かないって』
『あぁ、多分上手くいくかわかんねぇけど……』
下手に喋ると不審がられる、またあんな目に遭うかもしれない、それでもいい。
中々起きない朝顔に対し鉢植えを揺らし、光をちらつかせる、起きろ起きろと鉢植えから手を離し朝顔の顔を軽く叩いた。
起きたいのだろう、夜を見てみたいのだろう、だったら早く起きて見せろ、彼女の目の前で咲いて見せろ、その淡く染まった青色の花を広げて見せろ、他人から見れば可笑しな光景だ、花に声をかけているなんて頭がイカれた奴にしか過ぎない、でも彼女は笑わずに真剣な様子で俺と一緒になって朝顔に声をかけ続ける。
後ろからぞろぞろと現れ他の花達が見守る中、星空が一番よく見える時間になった。
夜になんか咲くわけがない、そうわかっていても彼女は声を張りそう言った。
蛍の光が朝顔の葉に止まる、それにつられてか何匹か集まってきた、懐中電灯の光を消し蛍の光が花に触れる、すると眠っていた少女はうっすらとその青い瞳を開いた。
『……めぐみ?』
ゆっくりと目を開けた少女は星が浮かぶ夜空に大好きな彼女をよくやく見ることができた。
蛍の光が少女に集まる、少女はなにも言わず手を伸ばす、気づかれないそうわかっていても、夜に彼女に会えるのが嬉しかったのだろう。
しぼんでいた花は大きく開きまるで彼女に見せつけているようだった、彼女は目を丸くし俺を見た。
蛍に誘われ目を覚ました朝顔の少女は大切な人の名前を呼ぶ、お互いいつも愛されているのがよく伝わる。
手を伸ばした少女は彼女の胸に抱きついた、それを抱き締めるように彼女も鉢植えに手を付き、その目には大粒の涙を流していた。
悲しみから流れる涙ではなく、不細工な顔になってまで笑って泣いていた。
よかった……彼女はそう言った。
蛍の光に当てられながら、彼女と少女はとても幸せそうだった。
『夜にやっとめぐみに会えた。
でも、これじゃいつもと逆ね……』
まだ眠たげな声で彼女を抱き締めたまま朝顔の少女は「ただいま」と口にする、彼女はぐしゃぐしゃなった顔を手で拭いながら、淡い花に「お帰り」と呟いた。
その時だけ花の言葉が聞こえたように見えた。
たった1日、たったこれだけの事、くだらないようで優しい時間を俺は目にした。
人事なのに、何故か俺もうっすらと目に涙が溜まっていた、夜に会えたと喜ぶ少女は、それから何日かしぼんだままが続きやがて枯れてしまったと彼女から携帯に連絡が入った。
彼女は、あの時、蛍の光の中綺麗な花を今も忘れられないと言っていた、あんなに美しく咲いた花は今まで見たことがないとこんな俺に礼を告げた。
枯れてしまった花はまた咲くまで誰にも会えない。
咲いている間はとても短く、枯れてしまうときはいつも早い、そして、また咲くには時間が掛かる。
また……
少女は種から逆戻り、今度は昼に少しでも長く起きていられるように今の俺には願う事くらいしかできない。
ーendー
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