第2話 咲かない春
春
桜が咲いた頃、でもまだ、まばらでちゃんとは咲いていない。
俺の学校に咲く桜の木は少し変わっていて、他の桜よりも少々白に近い桜だった。
何処かまだあどけなさを残しているそんな印象を残していた、風に吹かれその花はまた誰かを探す。
**
日がゆっくりと落ちていく学校の帰り、校門の前に明らかに人でない人物が立っている、毛先のみ色ずいた長い髪に頭のから流れるように蕾と咲きかけの花を添える少女の姿だった。
無視をしようにも服を掴まれ引き止める、何かあるんだろうと話だけは聞くと言ってその花に言い聞かせると嬉しそうに顔をあげる【夜桜千秋】俺の名前と同じ桜の花が一体何をしたいのだろうか、木の下に呼ばれふらふらと歩き周り中々用件を言わない。
『用がないなら、帰るぞ』
そう言うと花は首を横に振り、少しづつ口を開く、どうしても埋めて欲しい物があると彼女は言った。
ただ埋めるだけなら、いいかと今回も簡単に返事をしてしまうが、それなら自分で埋めればいいではないかと言うと彼女は首を横に振った。
『なんでだよ、そんな大切なのか?』
『……、うん』
『じゃあ、埋めなきゃいいだろう。』
『埋めて、欲しいの…ぼくじゃできないから』
ポツポツと枯れた声で喋り何の事がわからず、話を聞くだけ聞いてみようとするが、彼女は背を向け、桜の割れた樹の間から花の刺繍が施された淡い若葉色と少し赤みのある黄色い不言色(いわぬいろ)に染まった手拭いを持ち出し咲いたばかりの桜の枝を一本折り手拭いに包み俺に手渡す、これを何処に埋めればいいと訪ねると、その目は赤色に染まっていてまるで、泣いて腫れてしまったようだった。
『……ぼくじゃできない、この地面に触れられない……。』
そう言って辛そうに樹に体を寄せていた。
本当にそれだけでいいのか、やけに気になった目の前でこんな辛そうな花を見ているのが辛くなった、どの地面かなんとなく桜の反応でわかった、今にも泣き出してしまいそうな彼女の隣に座り話を聞いてみた、ただ埋めるだけならいいと思ったがそうなった理由が聞きたい。
話してくれるかわからないけれど、声を聞けるのは俺しかいない……誰にも届かない泣き声を聞き流すなんて出来るわけがなかった。
『なんで……?』
『気になるんだよ、後でちゃんと埋めてやるし、いいだろう?』
小さく礼を言い彼女は語りだす、冷たい風が木々を揺らし彼女の声を遮ろうとする、なるべく側に寄り声を聞こうとしていると、それに気づいた彼女は俺の膝に座り直し、目にかかった前髪を分けてはまた話を続けた。
憂鬱だ、憂鬱。
ぼくは白い花、花見には打ってつけの淡い薄紅色の桜の花だ、それがぼくだ。
白い白いなんでぼくは白い、皆とは少し違う、珍しくはないと他の木々は言ってくれる、でもここは僕しか白い花はない、木々や花は皆ぼくが白くても良いと言ってくれる、でも人間は勝手だ。
勝手すぎる、白い桜は好きじゃないと言ってくる、何より許せないのは「不吉」、その言葉はだけは嫌いだ、だったらさっさと帰ってしまえ。
桜には色んな言い伝えがある、人の血を吸うからこそ桜はより美しく咲き乱れると、白い桜は他の桜より血を望むだから近づいてはいけないと人間が言った。
ぼくにはそういう感覚はわからない、血なんてただ赤いだけじゃないか、それを吸うなんてぼくには考えられない、だから、「不吉」なんて言葉ぼくは嫌いなんだ。
毎年、人間は相変わらずぼくを白いと馬鹿にする、学校という場所で白い桜はたった一本だけ、人間はすぐに老いて死んでしまうくせに、でもぼくらと違って全ての四季を見ることができ触れたい時に触れられることができる、そこだけは羨ましい……。
命の尽きる人間が羨ましいなんてぼくはきっとどうかしている。
一人制服を着た少女が風に吹かれぼくの木に引っ掛かかった手拭いを取り戻そうと登ってきた。
丁度その枝の上に座っていたので、からかってやろうと思ったその時、初めて一瞬だけ彼女と目が合ったような気がした。
手に触れられそうになって、思わずぼくは手拭いを投げ捨て木の後ろに隠れる、すると彼女はぼくを探しているのかあちらこちら見渡している。
そうだよね、見つけられるわけないよね。
そのまま彼女は手拭いを持って帰るのをすっかり忘れてしまったのか、しばらくぼくを探し帰ってしまった。
あぁ、どうしよう、人間の忘れ物、そうだ、この樹の間に入れておこう。
彼女の背を見送ってからその事に何処かに寂しく思えた。
寂しく思えるなんてぼくには初めての事だ、何処か可笑しくなったのだろうか、満開の季節から花が全て散ってしまうまで彼女はぼくの木の下によく訪れるようになった。
その年に手拭いを返すのをすっかり忘れてしまっていた、また来年春になったら会いましょう、あぁ次の春が待ち遠しい、また彼女に会いたい。
春、手拭いを渡そうと用意していると今日は他のお客さんも居るようだ、同じくらいの子達も皆口を揃えて白い桜なんて桜じゃないと噂を信じ怖いだの嫌だの散々言うのに対し彼女はこんな桜を綺麗だと言ってくれた。
初めてだった、とても嬉しく思えた。
ここには三年間しか居られないのだろう、なら最後の年の春もまた君に会えるだろうか。
ぼくは持っていた手拭いをまた返しそびれ大切にそれを持っていた、桜が全て散ってしまう少し前、ぼくの頭の花が蕾に戻る頃、今日の君は随分と顔色が悪いようだ、大丈夫と声を掛けてもやはり届くわけない枝の先に咲いた花を摘み取り彼女の頭に乗せる、気づくだろうか、微笑み樹の間からあの手拭いを持って来ようとした、いつまでも持っていては駄目だ最後の年には必ず返すと心に決めていただから、もうこれでさよならだ、あぁ少し寂しい。
だがその時突然彼女は地面に倒れた。
慌てて顔に触れる焼けるように熱い、誰か近くにいないかと見渡すが誰もこちらを振り返ろうとしない。
どんなに、叫んでも誰も来やしない、周りの人達もただ通りすぎるだけ彼女に気づかず彼女の体は震えてきた。
どうして、どうして誰も気づかないの、お願いお願い気づいて気づいてよ、生徒にしがみついて彼女を助けてもらおうとした、だけど、誰も気づかないぼくなんて見えてはいない。
わかっていてもやめるなんてできなかった。
『お願いだよ……誰でもいいから、助けてよ!』
何度も叫んでいるうちにやがて声は枯れてしまった、うまく声が出せなくなり、花が全て散ってしまう。
あぁどうしよう、もう時間がない、茜色に染まる夕方頃最後の花びらが落ちていくその時ようやく人の子が彼女を見つけてくれた。
ぼくは溶けていく花が散見つめることしかできなかった。
また来年の春に会いましょう、あぁ返しそびれてしまった、最後の機会だったのに、もう会えないのだろうか。
あぁ、悲しい……
何もできなかった、自分が……
所詮ぼくらは人間よりも何も役に立たない何もできない。
『ごめんね……。』
その次の春、満開になっても彼女はここには来なくなった。
花びらが散っていく、白い花は前より白さを増していく、桜なんて程遠い物に成り下がっていた。
涙は出ない……ぼくらは人間と違って涙は流せない、ただ流れ落ちるものは、花びらのみ、花の香りを強くして花が散っていった、それを隠すように風がぼくを隠してくれた。
あぁ会いたい。
でも、もう会えない……また会いたかったのに、さよならを言いたかったのに……いつまでも渡せぬままぼくはその手拭いを捨てることもできずにいた。
自分じゃ捨てられない、捨てられるわけがない、いつかぼくを見つけてくれる誰かに出会うまでぼくはずっと泣き続ける……まだ残る彼女の影を探しながら……
『その子はもう居ないのか』
『うん、あれから……一度も会ってない、だからわかんない』
白い花は元からかこいつらもまるで人のような感情があるんだな、と客観的に思ってしまった、簡単な内容じゃない、桜の木はずっと自分を見ることができる人を探していたんだ、こんな大切な物を俺が本当やってしまっても良いのだろうか、一瞬の戸惑った。
そんな軽い頼み事じゃない、手が微かに震えるすると少女は俺の手に自身の手を重ね笑った。
『ごめんね、どうしてもお願い…したいの…』
白く長い髪が風に煽られる、そんな顔されたら余計断れないではないか、一度頷いて、袖を捲りあげ地面を掘り出した、この木の近くに苗でも植えるかのように冷たい地面を深く掘り進め爪に土が詰まり黒くなっていた。
手拭いと桜の枝を掘った穴の中に入れゆっくりと上から土を掛けていく草木が揺れだし、埋め終わると少女は俺を包み込むように抱き締めた、それは日射しのような優しい暖かな温もりに微かにまだ薄い桜の匂いがした。
『ありがとう……』
**
何だが昨日の事が妙に頭から離れなかった、扉を開き教室に入ると、そこには何も咲いていない。
当たり前だ、お礼などいらないと断ったのだから、今日も普通の教室、どこも可笑しな所などない。
だけど、やけに今日は騒がしい、皆して窓を覗き込んでいる。
『おい、夜桜外見てみろよ!』
友人の声に連れられ俺もその中に混じると、昨日まではまばらで白い花が交じっていたのに、対し今年は少し早く桜が満開になっていた。
1日でどうしてここまで咲いたのか皆不思議に思っている、白い桜が無いと言う声が聞こえ目でそれを探してみるが確かに何処にもあの桜は無かった、どれも色濃く見事に咲いていた。
昨日の事を考えているうちに教室に来たので気づかなかったが、外にも人が集まっていた、風に吹かれ花びらが舞う、その光景に目を奪われる、普段なら通りすぎてしまう道に咲いた満開の桜、今年が
は一番美しく咲いている、そんな気がした。
淡い色の服に蕾だった花を咲かせ、一人踊るように回っている少女がいた、花びらを舞い上がらせ俺に気付き大きく手を振る、それに小さく手を振り返すと微笑んで他の生徒達の側に駆け寄っていた。
随分と楽しげな雰囲気に安心した。
いつか終わりが来る、来年また来年と見過ごしているうちに、消えていく……もう二度とこんな花は見れないだろう、あの桜が何を思っているかはわからない、でもまた来年こうして皆とあいつの桜を見ることができるだろうか。
花びらが舞う、風に乗って何処までも遠くに、白く染まる雲や青く澄み渡った青空に色を付けていった。
ーendー
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