第1章第2話『それは確かな変化となる』
シフォンから聞かされた呼び付けに応える為に少年が家に戻ると、そこには母の姿は無く代わりに一本の剣を前に精神を統一している父の姿があった。
「……ただいま。あれ、母さんは居ないの⁇」
「ん……。マルクか。お帰りなさい。マールは今出かけている筈だが。」
座ったまま片目だけ開いて少年……マルクの姿を確認した父は静かに母の不在を伝えると再び目を瞑り瞑想を始める。その様子を見て行き違いを悟ったマルクは軽く溜め息を吐くと、馬に括り付けた荷物を軒先において厩戸に帰した後、思い当たる場所を模索し始める。と言ってもこの村はそんなに大きなものではない。大凡50人位の小さな村で家という家も10世帯位しか無い。探し回るのには苦労しない上に母の行く場所も大体絞られて来ている。恐らくは村長様の家だろう。
母の行動パターンを考慮した結果の行き先は見事命中。少し歩いた先にある一段高い場所に建てられた村長様の家を訪れると、応接間に当たる部屋では母の声と村長様の声が響いていた。
「ただいま。ここに居たんだね母さん。村長様もお変わりない様で安心しました。」
「ほぅ、星見のマールの息子マルクか。大きくなったのぅ。」
「お帰りなさい、マルク。呼び出しておいて不在だったのは申し訳無いわ。けど丁度良いわね。貴方も座りなさい。」
2人に挨拶を交わしたマルクは先程までの会話が雑談ではなく何かしらの重大さを感じ言われるままに母の横へ座る。その後一旦息を整えた母は意を決した様に口を開いた。
「……近い内にこの村に災いが運び込まれます。大きな波が押し寄せこの村は灰燼と化すと出ました。」
「ふむ……。それは、この村だけで済むのか⁇」
「……いえ。恐らくは全ての村にも同じ事が言えるかと。星見の翻訳はこの村とだけに留めては居ますが、恐らくは荒野を飲み込む大きな災害が息を潜めてます。」
母の真剣な眼差しに息を飲む村長様。やがて大きく溜め息を吐き天を見上げた。
「わしらの先祖がこの地に住んで早300年余。たったそれだけの時間しか、この荒野は人が住まう事を許してくれぬか。」
「……それは。」
人1人の生涯であれば長過ぎる時間。しかし、人々が住まう地として見れば明らかに短すぎるその歳月は余りにも無常で残酷だった。
「更に非情なのは近い内としかわからぬ予言よ。明日か、明後日か。いや、今日かも知れん。何がきっかけでそうなるかも分からん。何とも抗い様のない事よ。」
悲しげに天井を見上げる村長様の言葉に何も返せないでいると、母は深く、溜め息を吐いて村長様に言葉をかける。
「逆に言えばすぐ来ない可能性もあります。どうでしょう。各村一丸となり別の土地へと移動をしてみるのは。」
「一昔前なら出来たろう。だが、今の村長はわし含め誰も酷い目に会うとらん。先代に語られた村の成り立ちや荒野の事すら半信半疑。大樹林に至っては奪い合いかねない程の無謀さすらある。むしろあの場所を独占しようと企んでいると思われて叛旗を翻されるのがオチじゃろう。」
「そんな……この一大事になんて事⁈」
「マルクや。まだ成熟してないお主には解りかねるだろうがそれが人と言うものじゃ。どこまでも醜く、何処までもずる賢く、何処までも自己中心的な生き物じゃ。故にこの破滅は天から見放されたわしらの定め。諦めるしかあるまい。」
「な、ならこの村だけでも……‼︎」
「それも容易ではない。まだ1人で生きる事が出来ない幼子や年老いたわしらの様な老獪が多いこの村では大移動など行えばもっと悲惨な死に方をしよう。飢餓で狂う者、死ぬ者、弱い者を虐げ、嬲り始める者も出よう。そんなのは見て居れん。ならば、天に身を任せた方が気持ちよく死ぬ事が出来る。」
「そんな、そんな事……っ‼︎」
間違っている。そう言いかけて村長様の目を見たマルクは言葉を紡ぐのを止める。その目に映るのは悲壮や諦観ではなく、ただただマルクに対する謝罪の念だった。
「惜しい子よ。マール。そなたの子はこんなにも優しく、勇敢に育った。この様な村で生まれなければさぞ立派な男児となっただろう。すまぬな、マルクよ。」
「……っ。」
その後、黙ってしまった村長様とこれ以上会話をする事が出来ないと悟った母は一言、失礼しますと述べてマルクと共に家を後にする。目と鼻の先にあるとは言えその帰り道の間会話を交わす事なく帰宅した2人に父は怪訝な表情を見せつつも帰りをもてなした。
それから、夕餉を済ませた一同は言葉を交わす事無く其々の部屋へと赴く。マルクも同様に自室へと向かい窓から見える月明かりに目を向けた。四角く切り取られた景色から見える夜景はマルクのお気に入りの1つで、それを見ている間は心がすっきりする感覚に陥る。何か悩みや困った事があると必ずと言って良いほどその景色を眺めていた。マルクの頭の中にあるのは村長様の家での会話。星見を担当する我が家の母が見た破滅の未来だった。聞く人が聞けばたかが予言と笑うだろう。だが、悲しき事に母は歴代でも特に星見の力が強いとされており、今日までに予言してきた数々の出来事は全て的中している。良い事も、悪い事も全て。そして何より、回避出来る事柄の予言は行われない。つまり、予言された時点で回避不可能な絶対的な因果があった。無論、その事柄に対する周知の有無は関係ない。母の元に予言が下った時点で全てなのだ。
だからこそ。回避できる事もある。母は『村が破壊される』と言ったが『村人が全滅する』とは言ってない。捉え方の問題だろうが良くも悪くも予言は当たる。ならば逆手に取り結果的な因果は変えないで過程を変える事は出来るのだ。それも実際証明されており、以前我が家に降りた『我が家の誰かが死ぬ』という予言を新たに子を授かり中絶すると言った一般的にはあり得ない行動を取る事によって回避した。母のその行動力にはある種狂気すら感じてしまうが。とは言え回避出来ない将来を生涯の内に何度も啓示されやりたい事すら出来ずに定められた道をただただ歩くしかない母にとって狂気を孕むなと言う方が酷だろう。以前母の星見の力を羨ましがったマルクにはその時の母の言葉が忘れられなかった。
『確かに。この力があればマルクは誰にも負けないでしょうね。けどそれは願った未来が叶うなら。の話よ。お母さんはね。あなたが生まれてくるまでに初恋の人を、最愛の人を何度もこの力に殺されてるの。いい⁇絶対に外れない予言なんてね。言い方を変えれば絶対に回避出来ない死神の鎌を持つのと同じ事なの。それはあなたが想像している以上に残酷で、無慈悲で、無力なのよ。』
その時の母の顔はこれまで見てきたどの表情よりも悲しく、そして儚いものだった。そしてそれを機にマルクが母の星見の力を羨ましがる事は無くなり、ただただいつか来る自分への凶報に震えると同時に毎日の大切さを感じる様になった。
思えばその時始めてこの四角い景色が美しいと感じただろうか。毎日眺めているこの景色が見えるのは母の星見が凶報を知らせる事無く自分の生を見守っているからだろうと思ったのだ。そしてそれはいつしか変わらない日々を過ごすマルクの癒しとなり今では1日の無事を確認する為に見る様になっていた。
やがて、心が落ち着くと共に睡魔が訪れた事を悟ったマルクは側にあるベッドに入ると静かに寝息をたて始める。明日もまた無事に過ごせる様に、今日知らされた凶報が明日ではない様にと祈りながら。
荒野の剣士と都の魔女 水月火陽 @syd
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