第14話 永遠のタンデム

「脳死が人間の死であるかどうかは、残された俺たちの問題のように受け止めている気がするんだ。そこでさ、よく考えてみよう。本当の問題は、脳死の肉体ではもはや地上に存在しえないという母さんの魂の問題なんじゃないかな。

 生命維持装置という機械の力を借りて生き続ければ、爪も髪も伸びるそうだ。でもな、俺は思うんだ。それで母さんが生きていると言えるだろうかって。母さんは、それで満足だろうかって。笑うことも、泣くことも、飯を食うことも、孫をあやすこともできない。それで嬉しいだろうかって」


 病院へ向かう道すがら、俺は思いを語った。俺たちのエゴを母さんに押し付けていいのかと。日南子も翔次郎もうつむき気味にただ黙って聞いていた。


 目を細め空を見上げた。またやってきたよ美紀子。お前と俺の大好きな、まばゆい夏が。


「日南子いいか」

 赤子を抱いた日南子が、ベッドの横で静かに頷いた。


「翔次郎いいな」

 目を閉じた翔次郎は、それとかすかに分かる程度に頭を下げた。


「お願いします」俺は医師を見た。口を引き結んだ医師が小さく頷いた。


「ほら、ばーばにさよならだよ」日南子の震える声がする。


 お前に抱っこされたことなんて、この幼すぎる孫は忘れてしまう。お前は動くこともない写真の中の、遠い昔の人になる。確かに俺の隣で生きていたのにな。人生ってむごいな。


 人工心肺装置、急性血液浄化装置、人工呼吸器──。

 お前の体を生かしていた生命維持装置のスイッチが切られてゆく。


「お母さん!」日南子と翔次郎の悲痛な声がする。


「旅立たれました」脈を見る医師の声がした。

 あえて臨終という言葉を使わなかった医師に感謝した。


 嗚咽をこらえる正次郎の姿が見える。母の手を握り続ける日南子がいる。


 思い返せば短かったな。まるで夢みたいだったな。今までありがとう。迷惑かけたな。苦労させたな。


 俺はさ、まだお前の元に帰り着いていないんだよ。だって、最後に聞いたのは「いってらっしゃい」というお前の声だったから。

 振り向けばよかったな。手を振ればよかった。

「おかえりなさい」という声を聞きたかった。


 お前のいないこの世界を、俺はどう生きて行けばいいのだろう。このやるせなさをどこにぶつければいいのだろう。

 美紀子、お前、早すぎたよ。


 CB750FOURの、腹に響くエンジン音が聞こえる。風を感じる。背中にしがみつくお前の存在を感じる。

 あの時俺たちは、確かに風になったんだよな。


 絶対また会おうな。また二人でタンデムしような。その時まで、さよならだ。


 再び巡り合った時は、俺を先に死なせてくれよな。

 約束だからな。


 ─FIN─

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永遠のタンデム 卯都木涼介 @r-uthugi

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