第13話 生きがいの創造

 医師が口にしたあの世などというものが、本当に存在するのだろうか。死ななければ辿り着けない場所を、いったい誰が、どうやって証明するというのだ。まさしく、死人に口などないのだ。


 死後の世界にかすかな望みをかけたい迷える自分と、それを安易に信じようとしない頑迷な自分がいる。それはまるでブランコのように前後に、時にシーソーのように上下に心を揺する。


 自宅に戻った俺は、医師が貸してくれた本を開いた。


 私がみなさんに問いかけたいのは、本書でご紹介する研究成果をもとに、「死後の生命や生まれ変わりを認めるとすれば、私たちの生き方がどのように変わっていくだろうか」ということです。

 決して、「認めなさい」と無理強いするつもりはありません。

 本書の目的は、否定したがる方々を説得することではなく、あくまでも、これらを認めることに迷いを感じていらっしゃる方々を勇気づけたり、すでにこれらのことを「信じて」、いらっしゃる方々に科学的情報を提供することによって、みなさんの人生を、大いに応援することにあるのです。


元福島大学経済学部経営学科教授 飯田史彦著 

出版 PHP研究所

 ─『生きがいの創造』まえがきより─



 会社に休みをもらっていた俺は、寝る間を惜しんで一気に読み通した。そして、医師の発した最後の言葉を反芻していた。


『白石さん、脳死からの生還などという話にすがらないでください。ネットを探せばいくつも出てくるでしょう。もしもそれが本当であったなら、脳死判定の誤りだったとしか考えられません。私の判定は間違いありません。

 深い昏睡こんすい瞳孔どうこうの散大と固定、脳幹のうかん反射の消失、平坦な脳波、自発呼吸の停止の5項目の確認を行い、6時間以上経過した後に同じ一連の検査をします。普通は2回です。けれど、私はさらに行いました。どんな検査をするかは聞かないでください。生きている人間なら耐えられないような痛みを感じる方法だからです。

 なぜしつこくやったのかと問われれば、生きていてほしいと願ったからです。私は往生際の悪い男です。だからこそ、自信をもって医者と名乗るのです』


 医は仁術なり。仁愛の心を本とし、人を救ふを以て志とすべし。


 壁に掛けてあった貝原益軒の養生訓が目に浮かぶ。


 美紀子、いいお医者さんに出会ったかもしれないね。答えは明日出すよ。俺に任せてくれるか?


 あ、そうだ、今日セミの声を初めて聴いたよ。二人で神宮プールに行ったのは、ついこの間のような気がしてならないんだ。ホンダのCB750FOURに乗ってさ。

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