さよならメシア

永井 茜

さよならメシア

登場人物


大河内おおこうち史恵ふみえ(35)

内匠たくみ鞠子まりこ(37)

内匠たくみ吾郎ごろう(40)


○ アニメ映像(広報ビデオ)

  男の子1が、男の子2をいじめている、安っぽいアニメーション映像。

男の子1「(棒読み)やーい、やーい」

男の子2「(棒読み)やめてよー、ひどいよー。えーん、えーん」

  そこへ、天使がやってきて、2人を止める。

天使「暴力はおやめなさい!」

男の子2「え? だれ?」

天使「私は天使よ。神様に命じられて、人々がより幸せになれるように導きに来たの」

男の子2「幸せに?」

天使「人をいじめたり、暴力を振ったりすると、神様に見捨てられてしまうのよ」

男の子1「えーっ、そんなぁ~。ぼく、どうしたらいいの?」

天使「しっかりと反省して、『ごめんなさい』って心から謝るのよ」

男の子1「ごめんなさい」

男の子2「わかった、許すよ。もうしないでね」

天使「よくできました。これで神様は、あなたたちに幸せを与えてくれるわ!」


○ 内匠家・リビング

  カーテンが締め切られた薄暗いリビング。

  内匠鞠子(37)、倒れ伏す内匠吾郎(40)に馬乗りになって、背中を包丁でめった刺しにしている。吾郎は既に息絶えており、何の反応もない。

  鞠子、返り血まみれの手で髪をかきあげ、吾郎を見下ろす。

鞠子「…あーあ」


タイトル 『さよならメシア』


○ 住宅街

  大河内史恵(35)、一軒の住宅のインターホンを鳴らす。

家人の声「はい」

史恵「こんにちは。私、大河内といいまして、皆さんのお役に立つ話をして回っている者なんですけど」

家人の声「…そういうの結構ですので」

  インターホンが切れる。

  史恵、肩を落として、鞄から宗教法人『天使の輪』のパンフレット(表紙にアニメ映像の天使のイラスト)と、DVDを取り出し、ポストに入れると、隣の家へ。


○ 内匠家・キッチン

  鞠子、手に着いた血の汚れを洗い流している。


○ 住宅街

  史恵、名簿を見ながら歩いている。

  名簿には、各家の住所と苗字が書かれており、一番下に『内匠』の名前がある。

史恵「後は、この内匠さんだけか」


○ 内匠家・リビング

  鞠子、血まみれの服から普通の服に着替えている。


○ 住宅街・内匠家の前

  住宅街の外れに建つ、内匠家。

  史恵、内匠家までやってきて、インターホンを鳴らす。


○ 内匠家・リビング

  インターホンが鳴り、鞠子、着替え途中で手を止める。


○ 住宅街・内匠家の前

  史恵、しばらく待つが、返答はない。

  肩を落とし、溜息を吐いたところで、応答が返ってくる。

鞠子の声「…はい」

史恵「あっ…! こんにちは、内匠さんのお宅でいらっしゃいますか? 私、大河内といいまして、皆さんに幸せになっていただくために、話をして回っている者なんですけど」

鞠子の声「…幸せ?」

史恵「はい! あの、よろしければ、中でお話をさせていただいてもよろしいですか?」

  しばらくの沈黙の後、インターホンが切れ、玄関から鞠子が出てくる。

鞠子「どうぞ」


○ 内匠家・玄関

  史恵、靴を脱いで家に上がる。

史恵「お邪魔します。綺麗なお宅ですね」

鞠子「そうでもないですよ」

史恵「御在宅なのは、奥様だけですか? 旦那様は?」

  話をしながらリビングへ向かう。


○ 同・リビング

  史恵、リビングへ足を踏み入れる。

  リビングに入るなり、床に転がる吾郎の死体を見つける。

史恵「えっ?」

  鞠子、扉を閉め、史恵を吾郎の方へ突き飛ばす。

  史恵、バランスを崩して吾郎の傍に倒れ込み、吾郎の方を見るが、それが死体と悟って、後ずさりながら怯える。

史恵「ひっ…!?」

鞠子「それ、うちの主人です」

  史恵、鞠子に振り返る。

鞠子「あんた、私を幸せにするために、ここに来たんでしょ」

  しゃがみこんで、史恵に視線を合わせる。

鞠子「私を幸せにしてみせてよ、ねえ」

  史恵、鞠子を見ながら、震えている。

   ×   ×   ×

  吾郎の死体に、毛布が被せられている。

  鞠子と史恵、ダイニングテーブルに向かい合って座っている。

  テレビ画面には『天使の輪』の広報ビデオが映っている。

  鞠子、煙草を吸いながら、テレビを見ている。

天使「人をいじめたり、暴力を振ったりすると、神様に見捨てられてしまうのよ」

鞠子「へー。じゃあ私、地獄行きだ」

史恵「…」

  居心地悪そうに、鞠子を見ている。

  鞠子、テレビを消して、史恵を見る。

鞠子「綺麗な服着てるね、あんた」

史恵「…」

鞠子「稼ぎの良い旦那に買ってもらった、って服」

史恵「いえ、その…」

鞠子「あんたさ、子供いる?」

史恵「息子と、娘が1人…」

鞠子「幸せそうだね。なのに宗教なんかハマってんだ」

史恵「なんか、って言うの、やめてください。私は『天使の輪』に入ってから、幸せになったんです」

鞠子「私、そういうの大っ嫌いなの。母親がろくでもない宗教にハマって、壺やら絵やら買いまくって、家族がメチャクチャになったから」

史恵「『天使の輪』は、何かを売りつけたりするような団体じゃありません」

鞠子「でもまあ…幸せが金で買えるんなら、一番健全だよね」

  史恵、吾郎の死体の方をちらっと見て、

史恵「あの…。どうして、こんなことに…?」

鞠子「…羨ましいなあ。旦那を殺したくなったことなんか、ないでしょ」

史恵「……」

鞠子「普通はさ、殺したいって思っても、我慢できるものなんだよ。でも、今日ばっかりは我慢できなかった」

史恵「…自首しましょう、内匠さん。心から悔いて改めれば、幸せへの道が閉ざされることはありません」

鞠子「……」

  史恵、鞠子の手を握る。

史恵「私も一緒に、警察へ行ってあげますから」

  鞠子、史恵の手を払う。

鞠子「ふざけんな!」

史恵「えっ…」

  鞠子、立ち上がって、吾郎の死体を蹴り出す。

  史恵、慌てて鞠子のもとへ。

史恵「内匠さん、やめてください!」

鞠子「何で、こんなヤツのために、私が不幸にならなきゃいけねーんだよ!」

史恵「暴力は、おやめなさいっ!」

  鞠子、蹴るのをやめて、その場に座り込む。

鞠子「あーもう…」

史恵「とにかく、落ち着いてください」

  毛布がめくれ、吾郎の顔がわずかに見えている。

鞠子「…もうやだ……」

  うなだれて、泣きだす。

  史恵、躊躇しつつも、鞠子の背中を摩る。

  鞠子、涙を拭いて、顔を上げる。

鞠子「…あのさ」

史恵「え?」

鞠子「自首する前に、やりたいことがあるんだけど」


○ 遊園地

  鞠子、ジェットコースターに乗ってはしゃいでいる。

  その隣で史恵は絶叫している。

   ×   ×   ×

  鞠子、コーヒーカップを全力で回している。

  史恵、怖がりながら鞠子にしがみついている。

   ×   ×   ×

  鞠子、メリーゴーランドに乗って、はしゃいでいる。

  史恵は乗っておらず、鞠子に手を振る。

  はしゃいでいる鞠子を見て、史恵も嬉しそうに微笑む。


○ 遊園地・食事場所(夕)

  満足げな様子の鞠子と、少し疲れた様子の史恵。

鞠子「楽しかったー…!」

史恵「それならよかったですけど…」

鞠子「子供の頃、母親の宗教狂いのせいで、遊園地とか連れて行ってもらえなくて。ずっと行きたかったんだけど、いい年して遊園地なんてみっともないかな、って…」

史恵「…それじゃあ、警察へ行きましょう?」

  鞠子、少し黙って、

鞠子「…その前に一回、家に帰っていい? シャワー浴びたい」


○ 内匠家・リビング(夜)

  風呂場からシャワーの音が聞こえてくる。

  史恵、吾郎の方を見ないように、辺りを見回す。

  戸棚の上に、鞠子と吾郎が写った写真が飾られている。

史恵「……」

  その時、急に電話が鳴り出し、史恵が驚く。

  しばらくコール音が鳴った後、留守電に切り替わる。

留守電「ただいま留守にしております。ピーッという発信音の後に、メッセージを入れてください」

  発信音。

女の声「もしもし、おばさーん? いい加減に電話出なよー。そんなに現実認めたくないのー?」

  史恵、驚いて、電話機のもとへ近づく。

女の声「吾郎さんは、若くて綺麗で子供も産めるアタシの方が好きなんだって。不妊のおばさんなんか捨てて、アタシと結婚したいんだって!」

史恵「!」

女の声「仕方ないよねー! 子供産めないとか、生き物として終わってるし! 神様の作った失敗作だもんね、おばさんは!」

  史恵、わなわなと震えだす。

女の声「さっさと死ぬか、別れるかしてよね。そんじゃーねー、バイバーイ」

  電話が切れる。

史恵「…内匠さん」

  何かを感じて、急いで風呂場へ。


○ 同・風呂場(夜)

  史恵、風呂場の扉を開ける。

  そこには、服を着たまま浴槽に浸かる鞠子の姿。

  鞠子の手首に傷がついており、そこから血が滲み出ている。

史恵「何してるんですか!」

  慌てて鞠子を引きずり出そうとする。

鞠子「警察…電話して」

史恵「早く出てください! 血を止めないと!」

鞠子「旦那殺して、嫁も自殺したって、警察に言って」

  史恵、鞠子の頬を思いっきり叩く。

  鞠子、驚いて史恵を見る。

史恵「早く出ろって言ってるでしょうが!」

  鞠子、史恵に引きずり出される。

  史恵、脱衣所からタオルを持ってきて、鞠子の手首に押し当てる。

鞠子「…あははは」

  史恵、鞠子を見る。

  鞠子、自分の頬を差して、

鞠子「叩いた」

史恵「…あ……」

鞠子「私とおんなじだ。あんた、地獄行きだ!」

  笑う鞠子を見て、史恵、泣きだす。

  鞠子、笑いながら、

鞠子「ごめんねぇ。他人に暴力ふるっちゃいけなかったのにねぇ。私のせいで地獄行きだねぇ」

史恵「……」

  鞠子を抱きしめる。

史恵「あなたがそれで救われるなら、地獄まで一緒に行ってあげます」

鞠子「…なんで」

史恵「私は、あなたを幸せにしなければならないのだから」

鞠子「……」

  鞠子、史恵を抱きしめ返す。


○ アニメ映像

  天使が祈りを捧げている、安っぽいアニメーション映像。

天使「私たち『天使の輪』は、よりたくさんの人が幸せになるよう、人々を導くために生まれました」

  満面の笑みを浮かべる、天使。

天使「私たちは、いつでもあなたの傍で、あなたの幸せを祈っています」

  画面いっぱいに表れる『おわり』の文字。


END

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さよならメシア 永井 茜 @nagai_akane

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