VRChat Crossing

@foxface

Story of the beginning



「くそっ!どうすればいいんだ」

その女性を抱きかかえながら必死に思考を巡らせる

「考えろ考えろ考えろ…!どうすればこの人を救える!?この人の所に助けを呼べる!?」

焦りが止まらない、心臓がすごい速さで鼓動を打つ



「誰でもいい…誰でも良いからこの人を!この人を助けてくれ!!!」







3時間前 20:30 某企業


デスクのモニターを眺めながらキーボードを打ち込む

予定していた自分の業務はとっくに終わっているのだが、どこかの誰かが報告せずに無理をして溜めこんでいた仕事が本日ついに決壊、ツケが巡り巡って俺の所へとやって来たのだ。

引き継ぎが必須となるような仕事ではなく単に量が多い書類の集計作業、簡単に終わるだろうとタカをくくっていたのだが、全く持って溜めこみすぎである。

「まぁきっと、あの課長に追い詰められたのだろう…」

実は毛頭に仕事を溜めこんでいた若手後輩(女子)を恨む気持ちなどない

何処の会社にも【老害】とでもいうべき人物というのは居る物で、何か企業に対して生産的な事が出来ればいいのであろうが、自分の仕事は部下を追い詰める事だと本気で思っているたちが悪いのが世の中には本当に居るのである。



「健二、課長が呼んでるぞ」

不意に同僚から声がかかる

深い深―いため息をつきながら席を立つ

さて、今日はどのような理不尽な内容を語られるのであろうか

時はすでに、定時を3時間程度過ぎていた




1時間前 22時30分 とあるコンビニ前


結局一時間ほど私めの頭では理解できないありがたーい言葉を聞き続ける羽目となってしまった。オー○ァッキンクソ上司

世の中にはどうしようもない理不尽が存在するが、まぁ結局のところは我慢というその場しのぎで済ませる、それが自分の生き方だった。


「まぁ、どんなに慣れようが、我慢して耐えようが当然ストレスは溜まるよなぁ…。」

人はストレスをまた他の誰かにぶつけたり、またある人は芸術や作品作りで昇華させて発散させるという方法をとったりするのだろう。あいにく自分には美的センスや画力と言ったものとは無縁なのであった。

先ほど買った缶コーヒーを飲みながら帰路を急ぐ


梅雨明けから少し経ち、生暖かくなり始めた空気がまとわりついて気持ち悪い

ビルの間から空を眺めるが街明かりの眩さに、空は薄白く濁っていた。


「ただいま」

返事はない、大学を出て社会人になり住み始めてから6年ほど経つ我が家には残念ながら返事を返してくれる人はいない。寂しい…。

コンビニで買った弁当を掻き込むが味気はしない、ささっとシャワーを浴び着替えを済ませPCの電源を立ち上げた。

「さて…と…」


HMD(VR機器)を頭に装着し目の前にある画面を見る


「VRChat」


VR(仮想現実)上でChatを行うゲームである。戦闘等の機能はなくレベルという概念も存在しない、テキストで行うチャットもない。言葉のみでコミュニケーションを行うといったVRゲームである。

自分自身で作成、購入したアバターをゲーム上で使う事も出来、仮想世界で自分の望んだ姿になれる。また舞台となるワールドさえもユーザーが作りアップロードを行う事が出来るといった自由度の高さ等がこのゲームの魅力となり、VRゲームの中では非常にプレイヤー数の多いゲームとなっている。


ワールドの選択画面を表示し検索をかける。このゲームには無数のワールドが存在し、よく人が集まって交流を盛んに行うワールドもあれば、ほとんど誰も来ないようなワールドも存在する。

「今日は…このワールドにするか」


ワールド名「hotaru no mori」


夜空の綺麗なワールドで気に入っているワールドの一つだ、先ほど述べたほとんど誰も来ない方。


ワールドにJoin(入場)する


読み込み画面が表示された後目の前には広がるのは、蛍の森と言うだけあって、森の中に蛍のような光の舞うワールドである。


手のひらを開いたり閉じたりしてアバターの反応を確認する。

自分が普段使っているアバターはフリーで配布されている男性アバターだ。

昔自作してみようと努力した事もあるが、その難しさに途中で断念した。


空を見上げる

現実世界では久しく見ていない夜空が、このVR空間上には確かに存在した

経験した事がない人には分からない感覚だが、HMDを通してみる世界は、仮想現実の名に違わぬリアル感がある。

何か嫌な事やどうしようもなくイライラした時は、綺麗な景色をぼんやりと眺めて過ごす、それが自分の(やり)過ごし方であった。




「あ・・・」

焚き木のある広場に移動した際に一つのミスに気付く

(しまった先客が居たか…ちゃんと確認していなかったな…)


暗めのワールドなので遠くからでは気づかなかったが、確かにプレイヤーのしるしであるネームプレートのあるアバターが焚き木の近くに座って空を眺めていた


一人で景色を楽しみたかったので、相手に気づかれる前に移動しようとメニュー画面を開こうとした…が先に相手と目が合ってしまった

「あら、こんばんは」

笑顔で手を振られる、こうなっては何も言わずに移動するのは感じが悪いのでこんばんはとこちらも返す

「珍しいですね、このワールドに人が来るなんて、しかも日本人の方…ですよね?」

ボイスチェンジャーを通しているのであろう独特な音域の声で相手は話続ける

「あ、どうも…」

どうもってなんなのだろう、何を隠そう自分は俗にいうコミュ症というやつである…自覚している

「もしよければ少しお話しませんか?こんな所で合うのも何かの縁ですし」

笑顔で相手は続ける。

正直帰りたい、一人になりたい…だが

「あ…はい」

自分は断ることが出来ない人間であった、あぁクソ憂鬱だ


「お名前は、ミヤジさんでいいですか?」

Miyaji、それがVRChatでの自分の名前だ。宮里健二と言う本名から間を抜いて

ミヤジである。我ながら安直だとは思う。

「ミヤでいいです、大体皆からはそう呼ばれていますので、えーとホワイトキャットさん?」

White catとネームプレートには書かれている、白猫という名前通りの白い容姿に猫耳のアバターである。

「私も良ければネコって呼んでください、初めまして、ミヤさん」



聞けばこの女性アバターの方は最近上京してきたばかりの方らしい、新しい生活にようやく馴染めて来たのだが最近トラブルが続いてそういう現実の辛さを一時的に忘れる為にVRChatをプレイしているのだという

「地元に居た時は他愛の無い話をしたりする友達が居たのですが、都会に出てくるとなんだかうまく馴染めなくて…そんな時、友人がこのゲームを勧めてくれたんです。仮想だからこそのしがらみに囚われない新しい人間関係もあるよって。」

そういって彼女は楽しそうに喋る

「あ~分かります、自分も社会人になってから会話する事って言ったら仕事関係の話ばかりで、好みや趣味の話はほとんどしないですね」

自分も上京したての頃を思い出しながら会話を行う。最初はあまり乗り気でなかった苦手な会話も、なんとなく今日は楽しく行えている。

「私もともと身体に弱い部分があって、あ、もうだいぶ良くなったので一人暮らし出来るようになったのですけどね?もう父が最初は絶対反対だって!いつまでも子供扱いしやがるんですよ~」

表情をころころ変えながらKawaiiムーブを繰り広げる

※Kawaiiムーブ=可愛い仕草

「まぁまぁ、いいお父さんじゃないですか。心配してくださって。自分なんて

『大学卒業までしっかりお前を育てた、もうこれからは自分の力で生きていけ!』って家から追い出されるように社会人になりましたよ。まぁズルズル親の脛をかじるのもアレですし、自給自足する事で親のありがたさがわかりましたけど」

「ふーん、ミヤさんってリアルでは結構なオジサンですか?」

じーっとネコさんが顔を覗き込む

「失礼、リアルを詮索するのはVRに限らずネット上ではマナー違反ですね、忘れてください」スッと顔を放して焚き木の方を向きなおす。そもそもネットに限らずリアルでも初対面の人の年齢を詮索するのはマナー違反では?と思ったが黙っておく事としよう

「いえ、大丈夫ですよ、でも自分そんなにオッサンくさいですか?」

実際アラサーなのだから若者から見ればオッサンなのだろう


「…?ネコさん?」

返事がない、通信上のトラブルだろうか?

そう思った時だった、ネコさんのアバターが胸のあたりを押さえながら前のめりに座り込んだ。

「!?ネコさん!どうしました!!?」

彼女のアバターから荒い息遣いが聞こえる、明らかに通常の呼吸とは違う異常な呼吸である

「…ちょっと…マズイ…か…も…」

擦れた声でネコさんが答える、アバター越しでも感じる


これ、危険なやつだ…!


「ネコさん!ネコさん!…っ!」

呼びかけるが荒い呼吸が聞こえるだけで返事は帰ってこない。

(すぐに助けを呼ばないと!)

本能が告げる、尋常ではないと、すぐに治療を行う必要があると


どうやって…?


一瞬頭が真っ白になる…

どうやって助ければいい…?

ここはVR空間、確かにアバターのネコさんは目の前に居るが現実ではない

画面越しには手が届くが、現実で触れる事は出来ない…


途端に冷や汗が噴き出す


マズイマズイマズイ…

先ほどの会話を思い出す

上京して一人暮らし…良くなってきたが元々体が弱い…


マズイマズイマズイマズイ…!


過去に見たことがある映像を思い出す

バーチャル空間上で一緒に居た人が急に現実側で発作を起こし苦しんでいる状態が撮影された動画。そこにはなす術もなく立ちつくし、必死に患者に呼びかける人々が映っていた。


連絡先も分からない、大声を出して向こうのHMD越しに助けを呼んでも一人暮らしなら声は届かない!


マズイマズイマズイマズイマズイ!!

「ネコさん!住所を教えて下さい!救急車を呼びます!ネコさん!!」

必死に呼びかける、薄く反応は示しているものの息苦しそうな呼吸が聞こえてくるだけである




(この人の住所を知るにはどうすればいい!?この人を助ける事が出来る人にどうやって連絡すればいい…!?…!確率は低いが…それでもやらないよりは!!)


自分のメニュー画面を操作しフレンド一覧を開く

そして片っ端からInvite(招待)を送りつける

(誰かネコさんとリアルで関わりのある共通のフレンドが居てくれれば…、少なくとも一人、ネコさんをこの世界に誘った人物がこのVRChatには居るはず)


彼女の呼吸が弱々しくか細い物になっていくのが判る…今ではヒューヒューを息切れるような呼吸しか聞こえてこなくなっていた。


「くそっ!どうすればいいんだ」

彼女を抱きかかえながら必死に思考を巡らせる

「考えろ考えろ考えろ…!どうすればこの人を救える!?この人の所に助けを呼べる!?」

焦りが止まらない、心臓がすごい速さで鼓動を打つ

「誰でもいい…誰でも良いからこの人を!この人を助けてくれ!!!」



そう叫んだ



その瞬間時が止まった感じがした



そしてミヤジの目の前には、白く長い髪をした少女のアバターが立っていた

ネームプレートがバグを起こしたようにノイズが入り名前の読み取れない


「お前は…誰…だ?」

ミヤジの質問に少女が口を開く



「その人を助けてあげる」

そう告げた瞬間、眩い光に一面が覆われた








ワールドhotaru no mori 入口


ミヤジからInvite(招待)を受け取ったプレイヤー数名がそこにはJoin(入場)して集まっていた。

「珍しいね、ミヤ君の方からInviteを飛ばしてくるなんて」

機械仕掛けのスチームパンク風の強化外骨格アームを付けた少女のアバターのプレイヤーが言う

「そうでござるな、ミヤ殿は最近ずっと一人でワールドに引きこもられて居たようであったし、一体何の用でござろうか」

武士スタイルのアバターのプレイヤーが答える

「う~ん、想像もつかないね、さてミヤ君はどこにいるのかな?ん?君もミヤ君に呼ばれた口かい?」

およそ11人、それがミヤジに呼ばれこのワールドに集まった人数であった。

「皆さん…あれ…!」

とあるプレイヤーが大きな声を上げ指さす

「な…!?なんだのだアレわぁ!!!!????」



その先には大きな光の柱が天まで広がっていた









ミヤジは突然の光に目をしばらく空けられずにいたが。徐々に視界が慣れてきていた。そして少女のアバターをして現れた人物がネコに対して手をカザしているのを見る事が出来た。

「おい、あんた、そんな事をしてなんになる!」

ミヤジは少女に怒鳴った、余裕が全くない状態で急に視界を失い若干パニックと興奮状態になっていた。少女は答えない

「この光はなんだ!パーティクル(光の粒子の演出)か!!?」

「黙って」

「………っ!」

鋭い口調で制止を受ける、ミヤジはしばらく見る事しか出来なくなってしまった。



ふと…ネコの呼吸が落ちついてきている事に気づく

「な…!」

先ほどまで擦れ息苦しそうにしていた容体がどんどん落ちついて行く

(嘘だろ…!!?なんなんだコレ…)

眩かった光が消える頃、ネコの呼吸は通常の落ち着いた呼吸に戻っていた。

「ミヤさん…」

ネコが声を発する

「!ネコさん!大丈夫ですか!!?」

ミヤジの問いかけにネコはニコッと微笑み返しながら

「大丈夫です、ちょっと持病が再発したみたいで…ですが何故か今は落ち着いています」と答えた。

よかった、とミヤジは安堵し、深いため息を吐いた。

そしてハッと白い髪の少女に目を向けるが、すでに少女の姿はなかった。


「ミヤく~ん!さっきの光柱は一体なんなのだ~?」

遠くからフレンド達の声が聞こえてくる…











3日後


あれから3日が過ぎた、俺、宮里健二は相変わらず課長のありがたいお話しを聞きながら心の中で舌打ちをする毎日を送っている。

あの後、あとネコさんの容態は回復し、あとから来たフレンドに事情を説明した。当然最初は誰一人として信じてくれなかったが、ネコさん自身が自分の身に起きた事を説明してもらい、また皆が目撃した光の柱は紛れもなく事実だったこと、最初の方に駆けつけてくれた何名かが例の白い髪の少女を遠くから目撃していた事、またその中にたまたま動画を撮影していた人が居た事から信憑性を増し、話はVRChat内で瞬く間に広がっていった。


さらに驚くことに、ネコさんはあの後皆の勧めで救急病院に行くことになったのだが、持病は以前よりもさらに回復していたというのだ。ただし、父親からものすごく心配されたらしく、しばらくは自宅で休養する事となったらしい。


あのネームプレートのノイズがかかった少女は何者だったのだろう…

確かなのは一人の人間があの日助かったという事実である。


Hi Miyaji

Thank you for contacting me this time.

It was the case that we received an inquiry, but such a fact could not be confirmed.

I think, it may be a new story that started where we didn't know.

This inquiry may be one of them.

Please enjoy VRChat from now on.

VRChat operation ○uuubick

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