最終話

 息を切らしながら橋の袂へくると、間もなくしのちゃんが現れた。

 声をかけようとして、一瞬ためらってしまうくらい、いつもと服装が違っていた。

 派手になったわけではない。地味になったわけでもない。そういう言い方では言い表せないような、何かすごく変わってしまったのだ。

 クリーム色のノースリーブのブラウスと、やや薄めで品のいいマゼンダ色のロングスカート。足元を見ると、ふくらはぎのあたりまでスリットが入っている。彼女のたたずまいは、以前どこかで見たオルゴールの上に乗っていた陶の人形を思わせるようなものだった。肩からあらわになった細い白い腕も、整いすぎていて生身の女の子のものではないように見えた。

 きれいになったといえばもちろんそうなのだが、なんだか行き過ぎなのではないか。こんなにきれいにならなくたって、もう少し庶民的な可愛らしさを残したままでもいいんじゃないか、と言いそうになって、慌てて口をつぐんだ。

「しのちゃん、実は」

 しのちゃんはじっと僕の顔を見つめる。彼女は僕の告白を期待しているかもしれない。期待にこたえないと、と思う。

 そのとき、後ろから声がした。

「よ、お二人さん」

 そこにいたのは、柳田さんだった。文芸の部室で会って以来、本人に会うのは数回目だったが、確かに彼だった。

 おかしい、なにかがおかしい。一体なにが起こっているのだろう。

「あ、和也さん」

 しのちゃんはうれしそうに顔をほころばせる。和也さん? それが彼の名前なのか? しかし、なぜしのちゃんが柳田さんを名前で呼ぶのだ? 

「遅いから、迎えに来ちゃったよ」

 柳田さんはそう言って、しのちゃんの肩に手を置いた。

 呆然と二人をみつめる僕に、しのちゃんは少し恥ずかしそうに、しかしどこか勝ち誇ったように、こう告げた。

「私たち、付き合ってるの」

 こんな状況で、僕に何が言えただろうか。

「で、用事ってなに?」

「いやあ、一緒に飯でもどうかって思ってたんだけど、デートなんだね。ははは」

 馬鹿みたいに笑う僕に、柳田さんは、

「浜野も一緒にどうだ? いいよな、しの」

 と言う。志乃ちゃんの顔が曇ったのを、僕は見逃さなかった。

「もちろん」

 口ではそういいながらも、明らかに迷惑そうな様子だ。

 しかし、もしうれしそうに言われたところで、おめおめとついて行けるわけはなかった。

「いいっす、気を使わせて悪かったですね。じゃあ、失礼します」

 僕は馬鹿みたいに元気よくそう言うと、自転車にまたがった。

 どうにか赤信号で止まるだけの自制心は保ちつつ、あとは何も考えずにひたすら自転車をこぎ続ける。肺や足が何度か「休みたい」と訴えていたが、どういうわけか止まることができない。

 先輩たちが、最近僕にしのちゃんと付き合っているのかと訊いていたのが、なぜだかわかった気がした。しのちゃんの服の趣味が変わったり、以前より僕に親しみのこもった笑い方をしなくなったのはなぜなのか、もう少し気づいてもよさそうなものだったのに。僕は何もわかっていなかったのだ。なんて馬鹿だったのだろう。  


 どれだけ漕いだころだろうか。気がつくと、河原にいた。飛び込む気はなかったが、涼しさを求めたいのか、渇きを鎮めたいのか、自転車を止めて、川へ向かって歩いていく。

 水に手を突っ込むと、高ぶった感情がほんの少しだけでも流れていくようだ。冷たいと同時に、体が満たされていく感じがする。

 何も悪いことをしたわけではないのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。やがて陽が落ちると、少しずつ空の色が暗くなっていった。

 ポケットに手を入れ、そっと石を取り出してみる。石を洗いたい気分になって、水につける。このどこかよそよそしい水の流れが、僕にまとわりついた曇ったものを取り除いてくれることを期待して。

「あっ」

 水につけたと同時にゴムが切れ、石の粒はさっと流されていった。

 急いで拾い集めようとするが、無駄だった。流れに飲み込まれたそれらは、やがてすっかり見えなくなったのだった。


(他力本願2へ続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

他力本願 パワーストーン 高田 朔実 @urupicha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ