第十五章 運命の交差点  令和十年十二月十七日(日) 杉原たかね

令和十年十二月十七日(日) 北海道札幌市・札幌衛戍地


 蝦夷森マヤは日曜日だった。

 そして私も、ひとしく日曜日だった。

 しかし今は、独立戦争の真っただ中。動乱は眠らない。カレンダーの赤色などに構っている余裕はなかった。

 高山に向けてアドバルーンをあげてきた蝦夷森少尉補を、防衛大臣執務室に迎え入れる。席を外すべきか小五郎に視線で尋ねたが、ここにいろと促された。


「危険だな、高山は。先住民族が解放された正しい歴史を知ったうえで、この『歪められた歴史』を肯定するとは。――斬ってくれないか、杉原小隊長」

「分かった。天誅だな」

 小五郎の言葉に、私は即答する。軍刀を手に立ち上がり、椅子をもとの位置に戻して背を向ける。

「おい。一応、相手は議員ではないとは言え閣僚なんだぞ。何も訊かないのか?」

「俗な事情に興味はない。あんたが役目として斬れと下知げちを出すなら、誰であろうが斬る。いちいち政治のことを考えて戦えるほど、器用な性格はしていない。もっとも相手がひとかどの剣士なら、話は別だが」

 剣に生きるということは、節義に死ぬということだ。天下泰平の世であったのなら、私の剣術など世渡りの道具で終わったことだろう。だが――それが求められているのが、『今、ここ』なのだ。

「防衛大臣。言い残したいことを聞いておく必要は、あるか?」

「ない。間違ってダイイングメッセージでも残されると、面倒だ」

「……武士の情けだ。辞世の句くらいは詠ませてはどうか?」

「分かった。それは現場裁量ということにする」

「心遣い、痛み入る」

 帽子を直し、部屋を辞そうとする――と、蝦夷森少尉補が私の手を掴んで私の前に立ちふさがった。

「ちょ……本気ですか!? ほとんど血を流さず、あたしたちは『札幌封鎖』に成功したんですよ! 仮にも国会が選んだ大統領の閣僚を、そんなにあっさり暗殺するなんて……! 防衛大臣も止めてください! 大臣が新しい時代を語るのは、政治家ですから当然です。でも、暗殺はよくない! 暗すぎます! それでは人はついてきません! 一度でもテロに手を染めたら、血の匂いは消しきれなくなります!!」

退け。邪魔立てすれば斬る。武市半平太に『やれ』と言われて、それに逆らう岡田以蔵がいると思うか?」

退きません! 武人ではなく軍人として、私情ではなく民意で動いてください! ここで軍が実力行使に出たら、共和国が民主的な法治国家であるという大前提が崩れます! そうなれば、東京との今後の交渉に影響します。情報部の人間として、絶対に看過できません!」

 私は蝦夷森少尉補の手を払いのけ、抜刀すると振り抜きざまに刀身を見舞った。

「っ……!」

 蝦夷森の体が吹き飛び、床へと倒れこむ。

「おい、斬ったのか!?」

 普段の落ち着き払った姿からは考えられない剣幕で、小五郎が叫ぶ。

「峰打ちというのは、本当に斬られたものと相手に誤認させなければ意味がない。だから斬る寸前までは腹を、当てる瞬間だけ柄を返して峰を前にする。そしてすぐさま、刀を元に持ち替える。時代劇とは違うんだ」

「全く……見えなかったぞ」

「はた目から見えてたまるか。すまないが軍医殿、気がつくまで少尉補を頼む」

「自分は、お前が修羅の道に堕ちてしまったかと思った。剣姫ではなく、剣鬼になったかと思った」

「私は、そこまで弱くない。案ずる必要はないぞ」

「信じていいんだな」

「私に二言はない」

 私は納刀すると軍靴で床を蹴り、扉へと歩みだす。

 狙う首級しるしは文部科学大臣、高山圭介。恨みはないが、その命もらい受ける。いざ、お覚悟めされよ……!

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