海が太陽のきらり
天川 黒野
太陽のおびれ
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『海が太陽のきらり』
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___私には夢がある。それは、魚になること。
泡は、丸く、淡い世界を映す鏡。
海の1部を切り取って、太陽に運ぶ。
泳ぐ魚の光る鱗。1枚も逃さないで連れていく。
それが見たいから私はわざと息をするので、すぐに上へ行かなければならなかった。
ばさ、ばさり、と音を立てて浮かぶ。乱れた髪の毛はわざとそのままにしておく。
目を通してぼやけてしまう空を眺めて、深呼吸。そして、海に帰る。
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ここに来るのは久々だ。と実家までの坂を登りながら思う。
最近なかなか帰ってこれていなかった。
戻ったらちゃんと謝ろう。と思って、背負ったリュックをかけ直した。
息を吸うと、海が近いせいで、潮の匂いがする。僕は泳ぐのが嫌いだった。
けど、近くに泳げるところがあるのに泳げないなんて…と言われることもある。
だから、泳いでみようかな。と思った。
僕は決心すると、帰ってすぐに謝ってから、
潮風でガチガチになっていた自分の自転車に乗って、海に向かった。
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私は、ひと休みしてからまた泳いでいた。
綺麗な魚に出会えたから、また会いにいこう…と思っていると、
なぜか、上から男の子が降ってきた。男の子はあたふたしていた。
私は、彼を上に帰してあげることにした。
帰してあげると、彼は水を吐いてから、
「ありがとう」
と笑いながら言った。それはなんだか、暖かった。
それで私は、お返しとして、私が思う1番の暖かい言葉を彼にかけてあげた。
「泳げない人はここにくるべきじゃないと思う」
私が今いる所は沖だったから。こんな所にいたら死んじゃうよ。と言う優しさを。
けど、彼の顔は凍りついてしまった。寒かったのかな、と私は首を傾げた。
すると、彼は真面目な顔になってから言った。
「えっと…泳ぎ方を教えてほしいんだ。そしたらここでも泳げると思う」
私は、思わず吹き出してしまった。
だって、沖にいるのに、泳ぎ方が分からないだなんて。
彼は、笑う私をキョトンとした顔で見ていたけど、
そのうち気づいて笑った。
私たちはしばらく笑いあっていた。
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それから、私は彼に毎日泳ぎ方を教えてあげた。
彼も毎日、海に来てくれた。
そして、そのうち彼は沖まで泳げるようになった。
私は彼と一緒に、太陽の明るい珊瑚礁の中を泳いだ。
2人で泳ぐのは、飽きなかった。素敵な日々。
ずっとこのままなんだ。
…誰とも話さず、ずっと1人で海に流されていた私にとって、
誰かと話すこと…それはかけがえのない時間だった。
そのうち私たちは、お互いの事が好きになっていた。
けれど…楽しい時間は、毎日続くわけではないことを、海斗は知っていた。
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「おはよう」
と陽子が言ってくれた。いつもの海の景色だった。
…けど、それが最後のおはようになることを僕は分かっている。
今日は、夏休み最後の日だから。
「どうしたの?」
考えていたせいで、僕は黙ってしまっていた。
急いで…でもためらいながら答えた。
「ごめん…実はさ、今日で夏休みが終わりなんだ」
「…そうなんだ…。」
陽子は寂しそうだった。僕は、もう少しだけ泳ぎたい、と思った。
「じゃあ、秘密の場所に行こう。私しか知らない場所。
すごく綺麗なんだ。思い出になると思う。」
彼女は、わくわくしながら…でも悲しそうに海に潜っていった。
僕も後を追って、太陽に照らされた海に潜った。
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大きな珊瑚礁。
魚の群れをくぐり抜けて、私はたどり着いた。
後ろから、海斗が泳いできた。
「綺麗だね」
彼は、来てすぐに言った。
「うん」
私も返した。
…けど、なぜか、それ以上の言葉が出てこなかった。
何か言ったら…この日々が泡になってしまう気がして。
私は、どうすればいいか分からずに、おもむろに彼の方を向いた。
すると、彼と目が合った。
一瞬手を引かれて、それで…私たちはキスした。
___小さい時に本で、こんな話を読んだことがあった。
『海のなかの、綺麗なさんご礁で愛を誓うと、魚になれるのよ。
私、魚になったら、永遠の大きな海をゆらゆら泳ぐの……』
私は、この本を読んでから、ずっと魚になりたかったんだ。
だから、ずっとずっと、泳いでた。
そして…いつかこの珊瑚礁で…。
私は気づくと、涙を流していた。
泣く度に、泡は上へ、上へと登っていく。
私と海斗を映して、太陽へと行ってしまうのだった。
私…魚になるんだ…。
魚になったら…海斗にもう二度と会えないのかな…。
私は、いても立ってもいられなくて、海斗に背を向けた。
そして、
「…さよなら…。」
と言って泳いで逃げてしまった。
珊瑚礁の鮮やかな色の中に、海斗は1人漂った。
海を通した太陽が、優しく、照らしていた。
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……僕は自転車を漕いでいた。
今年の夏も、陽子に会いに行こう。そう思っていた。
早く行きたい気持ちが、ペダルを踏む足に、さらに力を入れてくれた。
海にたどり着いた僕は、すぐに水の中に入った。
陽子を探した。
いつも行っていたお気に入りの場所。
魚がたくさんいる所。
そして、最後に別れた秘密の場所も。
陽子と過ごした全ての場所を探し回った。
けれど、彼女はどこにもいなかった。
僕は、疲れと悲しみで力が入らなくなった。
去年、陽子と2人で泳げるようになったことを忘れて、
0から振り出しに戻ったような絶望で。
僕は沈んでいった。
すると、僕の目の前に1匹の魚が立ち止まった。
少し経つと、魚は優しくヒレを動かして、振り向いて上へと泳いでいった。
なぜかその魚を見ていると、
この魚は陽子なんじゃないか…と思えてならないのだった。
僕は必死で追いかけた。
息を吸うことすら諦めていた僕は、上に出てからすぐに咳きこんだ。
魚にお礼を言おうと思った僕は潜りなおした…
けれど、魚はもうどこにもいなかった。
僕は、これは…陽子が助けてくれたんだ…と思った。
そして海面に映る太陽に、ありがとう、陽子。と言った。
とても暖かい日だった。
おわり
海が太陽のきらり 天川 黒野 @choro_kun
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