第28話 え?

「……突然お呼び立てして申し訳ありませんでした。一度あなたと話をしてみたかったのです」


肩まで伸びた艶めいたサラサラの髪。

サファイアブルーの大きな瞳が、上目遣いに私を見ている。


ああ、可愛すぎて……………………辛い。


今、私の目の前には『マイプリ』での私の一番の推しだったメルロー王国第三王子のルカが座っているのだ。


敢えて、もう一度言おう。

可愛すぎて………………辛い。



どうして私の目の前に第三王子のルカがいるのかは――今朝に遡る。


**


「…………王宮の馬車が来る?」

「お嬢様のお迎えだそうですが……ご存知でしたか?』

「知らないけど…………え?これから?」

「はい。もう間も無く到着すると報告がありました」


…………どういうこと?

頭の中は『?』でいっぱいだ。


私も動揺しているが、エルザも困惑しているのが見て分かる。


王宮の馬車がわざわざ私を迎えに来たということは、十中八九カージナス様の仕業によるものなのは間違いないだろう。


しかし、突然の我が邸への訪問ならまだしも(これはこれで問題がある)、王宮に呼び出しとなれば、こちらには色々と準備が必要だ。

ローズ・ステファニーは侯爵令嬢として、そして更に……今はカージナス様の婚約者候補としての相応しい装いが求められる。

……とても不本意で面倒だが。


以前に呼び出された時は前日に連絡があったのに、どうして今回は何も無かったのだろうか?

ミレーヌと恋仲のカージナス様が女性の準備に時間が必要なことを分からないはずがない。

こんな悪戯いたずらを仕掛けそうではあるが……まず、意図が分からない。

好きな子(ミレーヌ)相手でもないのだから。


「……お嬢様。先日、殿下からワインと一緒に頂いたメッセージカードには、今日のことは何も書かれていなかったのですか?」


困惑顔のエルザに尋ねられたが、私の記憶が確かならば、そんなことは一言も書かれていなかったはずだ。


「無かったと思うけど……」

念のために、引き出しの中から薔薇の描かれた方のメッセージカードを取り出して、エルザと一緒に見てみると――――


【追伸。弟のルカがローズに会いたいと言っていたから、三日後に王宮に来て欲しい】


メッセージカードの一番最後に、きちんとそう書かれていた。


「……!?」

「……書いてありましたね」

ジト目になったエルザからサッと視線を逸らした。


こんなの、今の今まで気が付かなかった!!

どうしてこんな大事なことを最後に書くかな!?『追伸』とかおまけみたいに!

字もなんだか少し小さいし!!……って、違うな。


全てはあの時に、このメッセージを見落とした私のせいだ。

ヴィンテージなワインの存在に浮かれ過ぎて我を失っていたのだ。

私の記憶が確かなら――どころではなく、そもそも精神的におかしかったのだから……。



――その後。

神懸かみがかったエルザの働きのお陰で、思ったよりも早く準備が終わり、事なきを得た。

王宮の馬車も、第三王子のルカ様も、お待たせするのはステファニー侯爵家にとって宜しくない。威厳というより、印象的に。

危なかった……。ありがとう。エルザ。


**


――と、ここまでの経緯はこんな感じである。


「ローズ嬢にお会いできてとても嬉しいです。噂通り妖精のように可愛らしい方ですね」

ニコリと微笑むルカ


………………っ!!

息が止まるかと思った。


推しに『可愛い』なんて言われるなんて夢にも思わなかった。

ローズに生まれ変われて良かった!!


「……ありがとうございます。わたくしの方こそ、殿下にお目にかかれて光栄ですわ」

心の底からの本心である。


カージナス様の三番目の弟であるルカ様は、純粋で可愛いらしい人だ。

御年は十三歳。髪や瞳はカージナス様と同じ色彩で、顔立ちもとてもよく似ているが、全くの別物と言って良い。まだ幼さの残るお顔は、天使のように可愛らしい。

お腹の中が真っ黒なお兄様とは違う。

ルカ様は真っ白なのだ。天使のように可愛らしい(大事なので何度も言う)。


この世界が『マイプリ』通りのシナリオで進んでいるのであれば、そもそもローズはルカと出会うことすらなかった。

ゲームの中のローズは、どんなに頑張ってもルカには選ばれないキャラクターだったからだ。接点さえ与えないとは……あまりにも酷すぎる。


因みに、第二王子であるユージン様は、隣国のブラン王国に留学中なので、メルロー王国にはいないそうだ。

ユージン様は御年十五歳。瞳の色は三兄弟ともにサファイアブルーだが、ユージン様だけ茶色味を帯びた金色の髪だ。

ゲームの中のユージンは、それがコンプレックスで髪を短く刈り上げていたが……この世界のユージン様はどうだろうか?


私はユージン様を選ぶつもりも、彼に選ばれるつもりもないが……これは少しだけ気になる。誰かがコンプレックスを解消させてくれると良いな、と心から思う。



「……殿下。失礼ですが、私と話を……ということですが、どうかなされたのですか?」


押しが目の前にいるという緊張感から、声が上ずりそうになるのをどうにか抑えながら話し掛けてみる。


「ローズ嬢。僕相手にそんなにかしこまらないで下さい」

「いえ、それは……」

「もしかしたらあなたは、僕の義姉上あねうえになるかもしれない方なのですから」

嬉しそうにニコニコと微笑むルカ様。


……申し訳ないが、それは全力でお断りする。


「ええと……それは……」

この話題は笑って誤魔化そう。


ルカ様とこうしてお話できるのは嬉しいが、カージナス様と結婚するつもりは微塵も持ち合わせていない。王族に嫁ぐなんて面倒くさい。

これは、ルカ様が相手でも変わらない。

ルカ様は私の一番の推しではあるが、恋愛感情は無い。

年齢とか立場とかそういう問題でもない。


ルカ様は三男だから、ステファニー侯爵家に婿入りも可能ではあるのだが……私が好きなのはシャルル様だ。

結婚したいと思うのもシャルル様だけ。


シャルル様より先にルカ様に出会っていたら状況は変わったのかもしれないが、この感情はもうくつがえらない。


……なので、私のルカ様への態度や対応は、大好きなアイドルを目の前にしている状態だと思ってもらえたら良いだろう。


「……兄上が嫌いですか?」

「嫌いではありませんが、カージナス殿下はもう心に決めた相手がいらっしゃるようですから、私の出る幕はありませんわ」


嫌いではないけど、好きでもない。

叶うなら今後一切関わらずに生きて行きたいとさえ思える相手だ。

……無理だろうけど。


「そうですか……。それは残念です」

ルカ様はシュンと肩を落とした。


「殿下……失礼ですが――」

「どうか『ルカ』とお呼び下さい。ローズ嬢」

「それは……」

「兄上のことも名前で呼んでいますよね?だったら僕のことも呼んで下さっても良いじゃないですか!」


……あれ?思ったよりも意外と押しが強い?


「お願いします」

「……分かりました。では、ルカ様も私を『ローズ』とお呼び下さいませ」

そんなうるうるとした瞳でお願いをされたら、断り切れないじゃないか。


推しを名前で呼べるのは嬉しいが――何だろう。何かが引っ掛かる。


「ありがとうございます!ローズ!!」

パアッと弾けるような笑顔を浮かべるルカ様。


「では、どうぞ先ほどの続きをお話下さい!」

「……はい。ルカ様。失礼ですが……もしかして、お兄様の婚約者候補のミレーヌ様が苦手なのでしょうか?」


完全にルカ様のペースに巻き込まれている気がしなくもない。

もしかして――この世界のルカ様はカージナス様のミニ版だったり……する?

……なんてね。そんなことないよね!

ルカ様は真っ白な天使だもの!!


「分かってしまいましたか……。実はそうなのです」

ルカ様はそっと瞳を伏せた。


……やっぱり。

ルカ様がミレーヌを苦手だったところは、ゲームの中の設定そのままだった。

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二番目候補は頑張らない!!〜私の結婚相手は王子様じゃない〜 ゆなか @yunamayo

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