第十四話「みなしごプフ」(2)
(2)
いかんせんプフの歩みは遅いけれど、自分の足で歩かないというのはラクチンだ。「次は右だよ」とか「一回下ってから、また坂を上るんだ」とか「そいつは滑り台に見えてダストシュートだから、乗ったら最期、ゴミ捨て場まで直行だよ」とか、我が家まで導くために口を出す以外には、魔物の気配に気を配っておく以外には、会話を楽しめば良いだけなのでわたしの舌もよく回っていた。
「さて。素晴らしい魔法道具屋様は、世にも珍しい魔法使いに、うらやましくも魔法のソファセットとやらで、この町の外まで送ってもらった訳だ」
金魚屋が魔法使いにこの町まで送ってもらったと聞いてから、尋ねてみたくてしょうがなかった話題だ。
「その通りさ。ヨタ。俺は素晴らしい魔法道屋なんだ。すっかり分かってくれたみたいだな」
「そこじゃないよ、金魚屋」
「え? そこじゃないの?」
「しらじらしいよ」
「でも、本当に素晴らしい魔法道具屋なんだぜ。まあ、いいや。ヨタが言う通り、町の外の、魔物がうろちょろしてない辺りを選んで降ろしてもらったんだよ。街中まで運んでくれたら良かったのによ」
「いやいや。魔法使いなんかが現れたら、えらい騒動になっちまうよ」
「そうなのか?」
「そうさ。魔法使いだよ? お前さんにとってはどうか知らないけどね、そんな珍しいやつが町に現れたら、たった一晩で有名人になっちまうよ」
「この町にはいないのか? 魔法使い」
「いないともさ。たぶん」
「そうなのか? たぶん?」
「魔法で正体を隠してたら分からないだろう」
「変装の術な。あれは初級編らしいぜ」
「そんな魔法が本当にあるのかい?」
「いま、ヨタがあるって言ってたじゃないか」
「違うよ、金魚屋。わたしは魔法で正体を隠してたら分かりやしないって言ったまでだよ。そういう話を聞いたことがあっただけさ」
「へえ。じゃあ、ヨタは本当に魔法使いを見たことないんだな。まあ、へへ。素人には分からないだろうね。変装の術は初級編だけどな。へへ」
金魚屋は鼻を鳴らした。両手が塞がっていなかったならもう少し違った仕草だったかもしれない。
「まるでお前さんなら分かるような口ぶりじゃないか」
「実際そうだからな。さっきすれ違ったやつも魔法使いだったぜ」
え? さっきって言ったら、さっきお前さん達がままごとを始めた時にすれ違った三人組のことかい? 顔も覚えちゃいないっていうのに。
「そんなの
「はは。うそうそ。からかっただけだぜ。俺は魔法道具屋であって魔法使いじゃないからな。すれ違ったくらいじゃ分からないよ」
わたしはプフの頭の上から、金魚屋を見上げた。こいつ、わたしがちょっと褒めたことで調子に乗っているな。
「じゃあどうやったら分かるっていうんだい? からかわないで教えておくれよ。ほら、プフも聞きたがってる」
でもプフの方は「はあ、ようたのいえとおいね」と、先程までの元気はどこに行ったのか、ちょっとだけ声のトーンを落としてお腹を押さえた。
「まだスライムを隠し持ってる、わけじゃないよな?」
「金魚屋。不吉なことを言うんじゃないよ」
「ぷふはね、はらがへりました」
「腹が減ったってさ」
「わたしに言ったって、握り飯なんて持ち歩いちゃいないよ。その鞄の中に何か入ってないのかい?」
「あいにくと、無い」
「使えない男だよ。プフ、道中屋台を見付けたら何か買って食べよう。肉まん、クレープ、ホットドッグ、なんだかわからない肉を串に刺して焼いたやつ、色々あるはずだよ。金魚屋が奢ってくれるって言うから、だから鼻を利かせて歩いておくれよ」
わたしの提案を受け「それはたのしみ!」と、プフの表情を明るくなり足取りの軽快になった。
「さあ、もうすぐ着くから頑張って歩くんだよ。で?」
「で? え? 俺は、まあ奢ってやってもいいけど、なんだかわからない肉は食べたくないなあ」
「そうじゃないよ」
「ああ、聞きたい? 魔法使いを見分けるコツ」
「聞きたいね。屋台が見付かるまでは、お前さんの面白そうな話を聞かせておくれよ」
「いいぜ、ヨタ。いいね、ヨタ。俺に興味があるっていうんだろ?」
「お前さんのそういうところはいけ好かないよ」
「ははは。ヨタが興味があるってんなら、俺はいくらでも話して聞かせてやるよ。俺は、でも、どうしようかな。プフがどうして魔物に食われちまったのか気になってんだけどね。確か、さっきまでそういう話をしてたよな?」
こいつは、本当に、もう。
「お前さんときたら! 自分で無駄話を初めておいて、話しがうんと横道にそれたところで、なんだって突然、結末を放ったらかしにして本題に戻したりするのさ!」
「脱線させたのはヨタにも責任があるやなしや?」
「はあ。なんだか、もう。わたしは、お前さんだけここに置いていきたい気分になってきたよ」
「やめてくれよう。まあ、それはそうと。プフ、お前ってやつは、どうやってこの町にやって来たんだっけ?」
この、話すのが下手くそでしょうがない男ときたら、もうこれ以上は魔法使いのソファセットの話も、魔法使いの見分け方の話もするつもりは無いようだった。いいさ、わたしは覚えていて、いつかきっと掘り返してやるんだ。わたしは決心し話を元に戻すことにした。
「そうさ、プフ。まずはどうやってこの町にやって来たのか教えてくれよ」
プフの耳元に向かって、彼女にしか聞こえないくらい小さな声で尋ねる。プフとだけ会話をしたかったからさ。しかし「くすぐったいよう」とプフは首を曲げて笑い、のけ者にしようとした金魚屋は「おいおい、俺も混ぜてくれよう」と、会話に参加してきた。
「おぼえてない。たべてるところしか、おぼえてないよ」
「覚えていない? 食べてるの? それって魔物ゼリーを食べてるところかい?」
「そう」
「ふむ。じゃあ、プフは魔物に乗ってここまでやってきたって訳だ。あ、いや。違うな。腹の中に入ってたんだから、乗っちゃいないのか」
おいおい、金魚屋。また訳の分からないことを。でも「そうそう。それにちかい」と、プフから意外な反応が返ってきた。
「え? 近いのか? 冗談のつもりだったんだけどな」
「でもちょっとちがう。ほんのりと? ちがう? わからない」
「金魚屋がおかしなことを言うから混乱してるじゃないか。だいたい、魔物の腹の中に長期滞在できるわけがないだろう。溶かされちまうよ」
「でもスライムには溶かされなかったじゃないか」
「説明しただろう? この子のポケットのスライムはスライム爺さんが特別に調教したやつだって。だから、すぐに皮膚を溶かしたりしなかったんだよ」
この男の記憶力はどうなっているのだろう。まあ、記憶を失うくらいだから、あてになんかできないね。
「ちかそうで、とおい。もるでるん。ちるとりんでるん。どっどこどーん。ぷふっつりんほふのひー。そこからさきがわからない。わかる?」
マルセロの腕付きランタンを振り回して熱心に説明してくれるけど「まったく分からないよ」と、わたしは首をかしげることすら諦めた。
「ちるとりんでるん、は新しいな。何語だろうな? タイ・トウバ・ニスクの言葉は、やたら語尾にルンルン付くけど、なんかちょっとアクセントや発音が違うしな」
金魚屋は初めて聞く国名なのか地名なのかを交えて意見を述べたけど、わたしには、ひとの言葉にすら聞こえない、バブバブ後の延長としか思えなかった。
「ずっとくらかった。はるかかなたのむかしから。だから、そういうことでしょう?」
「そういうことでしょう? どういうことなのか、わたしにはさっぱりなのだけどね」
「ヨタ。そういうことでしょう、とおっしゃっておられるのだよ。こちらの姫君は」
金魚屋は、もはや考えることをやめた目をしていた。
「よくわかったな。ひめぎみであるぞよ」
「おお、やはり姫君でしたか。ふむ。さしずめ、囚われの姫君だな。魔物の腹に囚われていたところを、俺達が助けたのさ。俺の役は王子だな」
「たすけてもらってない。ぷふがたべた」
「そういう設定だよ、プフ。ところで、あのゼリーは美味かったか?」
「えもいわれぬあじ」
「そうなのかあ。気色悪いと思ったけど、味見しときゃよかった」
「おいしいやつなので、ひめぎみしかたべちゃだめ」
「はあ」わたしは溜息ひとつ「わかったよ。もう、この話題はやめにしよう。でもね、ままごとだけは始めないでおくれよ。とにかく先を急ごう」諦めて、一番すべきことをやろうと決める。
家に帰ろう。
プフがどうやってこの町にやってきたのか。魔物の腹の中に揺られて、というのが近いらしいけど、嘘か誠か、本人がこの調子じゃあわかりっこない。
でも、最初、プフは酒場にいなかった。酒場なんて子どもが来る場所じゃないからね。わたしが酒場に辿り着いた時に、子どもみたいなのは、チビの店主のおやじだけだったよ。
そして、魔物に食べられたわたしと金魚屋よりも、プフときたら、胃袋や腸の、うんと奥の方に潜んでた。お尻の方にさ。それはつまり、わたし達よりも先に食べられたことが明らかだってことさ。
けれど、親族みんなおっちんでしまったみなしごのプフに言わせれば、それも遥か遠い昔のことだという。
わけがわからない。
魔物の腹の中で、遥かな時間を過ごせるだろうか?
無理だよ。溶かされちまう。
一日? 二日? 猫のわたしだって、今日食べたものは、そのくらいの時間が経ったら、自然と、お尻の穴から、はい、さようなら、となるのだから、魔物だって似たようなものだろう。ただ、ゼリーになった魔物の尻に穴が付いていたかどうかなんて、確かめちゃいないけどね。遥かな時間をかけて、溶かしたりしないだろうよ。
いや、そんな生き物だったらどうしよう。如何せん地獄の魔物はなんでもありだ。
生かされたまま、ゆっくりと、時間の経過もわからないくらいのスピードで、溶かされるていくのさ。想像しただけで身の毛もよだつよ。わたしは、どろどろのスープに猫が一匹溶け込んでいくイメージを、急いで頭の外に追い出した。
例えば、こういうのはどうだろうか。
プフが悪魔だったら?
実は亜人ではなくて悪魔の子どもなのさ。
それも、非常にうっかりしたやつなんだ。昼寝でもしていたところを、ぱくりとやられたんだ。悪魔の子どもなら魔物に食べられたって、平気な顔をしていそうじゃないか。それに、プフの性格なら、食べられたくらいで慌てたりしない、かもしれない。胃袋の中でごろごろしている間に、月日は流れ、この町に辿り着いたのさ。
ははっ。
わたしは笑う。
プフが悪魔の子どもだって?
悪魔なんてどんな姿をしているともしれないけど、こんな可愛らしい見た目の子どもじゃないだろうよ。
でも、ううん。悪魔の子がうっかり魔物に食べられた、だって? 間抜けな話だね。しかし、間抜けなのは良いよ。ヨタ話に仕上げるとしたら、うっかり者の悪魔の話なんてのは、題材としては面白そうじゃないさ。古今東西、うっかり者が出てくる話にハズレは無いからね。わたしは、こころのネタ帳にメモをした。
§
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