第十二話
第十二話「スライム事変」(1)
第十二話
(1)
プフにしっぽがあった時点で、金魚屋のような人間種族ではなくて、
亜人というのは人間の亜種のことで、人間が自分たち以外の種族を指し示すために作った言葉だ。
メガラテや、さっき出くわした蝉頭のような虫っぽいひと達、マルセロのようなトカゲっぽいひと達、跳ね馬やんちゃ亭でわたし達を(一応は)助けてくれた番犬達、酒場のおやじなんかも亜人だ。人間種族が圧倒的に数が多く、次に多いのが虫っぽいひと達、残りが、トカゲっぽいのと、獣っぽいのと、その他になる。確かそんなような比率だって、いつだったか読んだ新聞だったか、どこかの酒場で出会ったうんちく語りが好きなやつに教えてもらったような覚えがある。そういえば、魚っぽい連中も虫っぽいのと同じくらい多いし、ううんと、鳥っぽいのは、獣っぽいのに分類しておきゃ良いのかな?
とにかく。人間が数だけ多い反面、特徴がなく見た目も中身も平凡であるのに対して、亜人達には個性的なのが多く、連中の方が見ていて面白いし、聞く話だって興味深いんだ。
例えば、そうさね。
虫っぽいのと、トカゲっぽいの、犬っぽいのは見てきたところだから、その他の連中の話をするならば。
目が三つあるやつと話したことはあるかい?
やつらの目っていうのは実に面白いんだ。
わたし達と同じ二つの目には、普通の世界っていうのが映っているのだけど、三つめの目には、いうなれば、この世界とは違う、ちょっとずれたところにある世界が映っているという。
世界は一種類だけじゃないってだけで目から鱗じゃないか。
そこには夢の中で暮らす生物や、精霊、幽霊なんかが住んでいるそうだ。わたしは目がふたつで良かったと思ったよ。幽霊なんか四六時中見えていたら気が触れちまう。
それから、三つめの目なら、普段は上手く隠れている悪魔や神様だって見付けることが出来るんだという。すごい目だよ。でも、見付けたからって話しかけたりはしないそうだ。懸命だね。悪魔や神様に馴れ馴れしくするもんじゃない。面倒ごとのもとさ。
三つ目の連中とあっち向いてほいをするときは特別なルールがある。目が三つもあるから両手の指を使ってやるんだ。二つの目用と、三つめの目用で指をふたつ使う。
おかしな顔をしているね。
頭はひとつなんだから、一本指で十分と思ったかい?
それじゃあ勝てないんだ。
「絶対にいんちきしてるだろう?」
行きつけの酒場で三つ目の女店主がやっているところがあるのだけど、そいつに問い詰めたことがあって、でも、意地悪な笑顔ではぐらかされただけだった。その店は、女店主にあっち向いてほいで勝つと飲み代がタダになるので、それに釣られて来る客で結構繁盛している。そういえば、しばらく行ってなかったな。あそこは貝のスパゲッティが美味いから、今夜あたり出掛けてみようか。
三つ目のやつと、単眼のやつとがにらめっこをする話ってのもあるのだけど、そいつはわたしのヨタ話の中でも人気があるやつだから、ここでは勿体ぶってしないことにするよ。
さて、他にもある。
肌が緑のやつと、青いやつとが子どもをもうけたなら、いったい何色の肌の赤ん坊が出てくるのか?
青緑の子が出て来たならその夫婦の子で、赤や黄色の子が出て来たなら浮気で出来た子だ、なんて思うだろうけど、実際には絵具を混ぜたようにはいかずに色んな肌の色をした子が出てくる。そういう種族の特性のせいなのか、単にだらしのない性格の連中が集まっているだけなのか、男女の情事には大らかなやつらが多いし、子どもが生まれる時には一族みんなで色当てをするイベントまであるらしい。
魚っぽいひと達よりも、よりひと寄りの連中がいて、そいつらはどっちかというと陸上で生活している時間の方が長い。なぜかと言えばかなづちだからだ。鱗やえらがあるからといって、手足に水かきがついているからといって、魚っぽいひと達と同じくらい水泳が得意とは限らないのさ。筋肉も骨格もしっかりしている分、体重が重たいので水に入ったってブクブクと沈んでしまうのだ。魚の部分が少ないから、美味しそうだな、と感じることも無い。
どうだい? 興味を惹かれるだろう?
多種多様な亜人たちというのは、わたしの話のタネ、ご馳走のタネになってくれるので、ありがたい連中なのさ。
プフが、もっとまともに会話が出来たのなら、「お前は一体何者なんだい?」と、あれこれと話を聞きたいところだけど「くすぐったいから、さわらないでよお」と、身もだえをする舌足らずの女の子に期待なんかできない。金魚屋の金魚は、プフの先っぽが三角形のしっぽの周りを漂っている。
「歯が生えかけの時ってのはむずむずするって聞いたことあるけど、そういうやつなのかな?」
金魚屋がプフの額、前髪の生え際のあたりにぷくりと盛り上がった、親指の先くらいのふくらみをそっと撫でながらわたしの方を見る。わたしに角はないけれど「まあ、牙が生えかけた時はむずむずしたものさ」と仔猫だった頃を思い出して答えた。あの頃はやたらと何かに噛み付きたくてしょうがなかったような気がするよ。
「金魚屋。レディの角やしっぽをべたべたと触るなんて、デリカシーが無い真似はよすんだね」
わたしはたしなめる。そういう尖っている部分っていうのは得てして敏感なものなのだ。わたしも耳やらしっぽやらをいじくりまわされるのは変な気分がして嫌いさ。
小さなレディは金魚屋の手を両手で押しのけようともがく。金魚屋はというと、プフの反応を明らかに面白がって楽しんでいる嫌な顔つきだった。マルセロの腕付きランタンが金魚屋のいやらしい顔面にごちんとめり込むまで、さほど時間は必要じゃあなかった。
「いったあ! くうう」
「でりかしー。でりかしー」
プフは金魚屋の手から逃れてわたしのところまで走って来た。軒先に飛び乗るなんて出来ないので、ゴミ箱の上によじ登った。ぐらぐら揺れる足元が心配だ。
「悪かったよ、プフ」
金魚屋もこちらに歩いてくる。
「罰が当たったんだよ。でも、それっぽっちでお終いかい? 金魚屋に当てる罰ってのは、もっともっと多くなくちゃ。わたしにしたのが足りてないんじゃないのかい? ちょいと、神様。勘定が合わないよ」
わたしは上の方を見やった。何層にも積みあがった建物が、空を狭く切り取っていた。眩しい。目を細める。早く家に帰りたい。罰が当たってるのは自分の方なんじゃないかと思えてくる。
「ねえねえ。ねこねこちゃん。おなかむずむずするの」
今度はどうしたっていうんだい。ゴミ箱の上のプフは、汚れたシャツの上からお腹のあたりをランタンを持った腕で押さえるともぞもぞした。ランタンを持った腕というのは、言うまでもなくマルセロの腕のことだ。ひと様の腕で自分の腹を掻いている。わたしは、すとんと室外機の上に飛び降りる。
「腹にも角が生えてたりしてな」
近寄って来た金魚屋に、警戒したプフがぶんっとマルセロの腕を突き付けた。ランタンの方はどうでもいいけれど、腕の方はひょっとすると元の持ち主の腕にくっつくかもしれないのだから、もう少し大切に扱った方が良いよ
「プフ。ちょっと腹を見せとくれ。水たまりで転んだんだろう? ゴミムシでも入り込んでしまったんじゃないのかい?」
「ぷふー」
わたしに言われると、プフは素直にシャツをめくりあげて何もかも丸出しにする。「デリカシーが無いのはどっちだよ」と目を覆った金魚屋は、一応、気を遣ったようだ。
シャツの下に虫が潜んでいた、なんてことは無かった。
その代わりに想像しなかったものを見付けてしまう。
「おやまあ。プフ。お前はいったいどんな亜人なんだろうね。目玉がついてるじゃないか」
そうなのだ。目玉がひとつ、プフのおへその上のあたりに張り付いていたのだ。
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