第九話「ワンワンパニック」(3)
(3)
「他に誰が居るんだよ! うちの新入りの代わりに釘打ち手伝ってくれ!」
「ええっ! 嫌だよ! 危ないじゃないか!」
「ばっ、馬鹿野郎! そんなこと言ってる場合かよ! 男なんだからつべこべ言わずにやれってんだ!」
「無理無理! 怖いもん!」
「だああっ! てめえっ! 手伝わなかったら殺すぞ!」
「どっちにしたって殺されるんじゃないか!」
「じゃあ! 奥に行ってザネッティの野郎、ほら、さっき酔っ払いが居ただろ、あいつを呼んできてくれ! たぶん奥でひっくり返ってる! 叩き起こしてくれ!」
「いやいや、無理だって! 俺、その魔物に狙われてるんだぜ?」
「なんだって?」
「だから、俺は魔物にずっと目を付けられてんだって! 俺がそっちに行ったら絶対になんかしてくるんだって!」
「どういうことか分かんねえけど、とにかく俺ら二人がかりじゃ押さえきれねえ! やるしかねえ!」
「そうだぜ、兄ちゃん! 男気見せて手伝ってくれねえと、やべえぞ!」
そもそも、四人ぽっちで、よくもこんな、滅茶苦茶に暴れる魔物を取り押さえられたものだね。
いや、違った。
番犬にも犠牲者が出ていたのだっけ。店にやって来た時はもっと大人数居たはずさ。その何人かは死体袋に入ってしまったか、壁の穴から外に落とされたのだろう。そうなると、四人、いや、一人が気絶しちまったから三人になって、でも、それじゃあ、魔物の動きを再度封じるだなんて、どう考えたって無理だろう。
「金魚屋! やるしかないよ!」
こうなっては、いくら金魚屋が魔物に狙われているからって、無理矢理にでも手伝ってもらわないと、わたしの、いや、この場にいるみんなの命が危ない。
「ヨタ! む、無理だって!」
「やるしかないんだよ、金魚屋!」
「ヨタ! ヨタあ!」
「抱き付くんじゃない! ちっ」
わたしは舌打ちをして、金魚屋の腕から飛び出す。こんなやり取りをしている間にも、魔物は暴れるのを止めないし、家具の残骸や店自体の残骸がこちらに飛んできてぶつかりそうになる。あれだけ大人しくしていたっていうのに、なんだって、突然に、急に、暴れだしたりしたんだ! でも、今はそんなことを考えている余裕はないね!
「金魚屋! お前さんがやらないのなら、わたしが行くよ! 店の奥からザネッティとかいう酔っ払いと、店主のおやじを引っ張り出してくる!」
何もしないで命を落とすだなんて、わたしには出来ないね! ゾンビナイトだって何とか生き延びたんだ。わたしの幸運の在庫はまだ尽きていないはずだよ。
なに、暴れる魔物の手足をかいくぐって、素早く店の奥まで行けばいいだけさ。
わたしは猫。
素早い猫なんだから、きっと、出来る!
わたしはだっと駆け出した。
いや、駆け出そうとした、のに金魚屋に再度捕まった。
「なにするんだい!」
「危ないって、ヨタ!」
「承知の上だよ! せっかく決心したってのに、空気を読めない男だね!」
「んもおっ! わっ、分かったよ! 俺がやるよ! ヨタを危ない目には合わせられない!」
金魚屋は言い放ち、蛙みたいにジャンプをした。そして四つん這いでジタバタと動いて移動して、何かを掴んでまた同じような動きで戻って来た。何をやってんだい、この男は。
「これを使う」
金魚屋は手のひらを広げて見せた。
そこにはマルセロがくれた御守りの石がふたつあった。
黒かった模様は、しかし、ほとんど赤く染まっていた。
その石を不思議そうな顔で、と言っても表情なんて無いのだけど、半透明な金魚達が覗き込んでいる。
わたしはぎょっとする。
金魚屋の金魚は、目が覚めた時、金魚屋がびっくりすると増えると言ったあの時のように、売る程増えていたのだ。
しかし、今度はあの時の比ではない。
金魚屋の両腕から次から次に金魚が顔を覗かせて、そのまま空中に飛び出してくる。次から次に、とどまる事を知らず、何十、いや、何百だろうか。あっという間に、そこら中が金魚だらけになった。
「なっ! 滅茶苦茶増えてるじゃないか、金魚! なんだってんだい!」
「わかんねえよ!」
金魚屋は声を裏返して叫んだ。
「分かんねえってば! でも! えっと、確か! こいつらがこうなってる時には、何かあるんだ!」
「何かって、何さ!」
「わからん! と、とにかく! 先に断っとくけどよ! 俺は、もう、どうなるかなんて分かんないけど、やっちまうぜ!」
金魚屋はやけっぱちに気合を入れると、ふたつの石の表面、その平らな部分の上を円を描くようにして、交互に指で撫でた。「それから、たぶん。
すると石は眩しいばかりの光を放ち始める。
直ちに、酒場は、まるで陽の光の下に突然と放り出されたように明々と照らし出され、陰という影を追い出してしまった。
キイーンという甲高い音が室内にこだまする。魔物の叫び声か? いや、違う。音は石から発せられていた。金魚屋の手の中で、ふたつの石は細かく震えているようにも見えた。金魚屋は、その手の中で、光そのものになった石を、両方とも魔物目掛けて投げ付けた。
へたくそ!
心の中で叫ぶ。いや、ひょっとしたら口から出ていたかもしれない。ふたつの石は、たいして飛距離を稼ぐことなく、魔物のずいぶんと手前で失速して床の上に落ちた。非力にもほどがあるだろう。
でも、この時には考える余裕などなかったのだけれど、石は、まるで空気中が水の中であるかのように、極端に失速して落下したのだった。
ふたつの光の塊は、まるで鼠花火のように、床の上でジリジリジリとしばらく音を立てて
パラパラと粉々になった石の破片がその場に散らばった。
「えっ?」
それだけ?
たった、それだけ?
もっと大爆発するような勢いだったのだけど。
弾けたあたりには、いくつもの、赤く発光する糸くずのようなものが漂っている。
とたん。
糸くず達は中空に飛び上がった。
そして、その場でぐるぐる、ぐるぐると回転を始める。
「ヨタ!」
わたしは金魚屋の胸に抱かれる。
呆気にとられたのも束の間のことだった。
糸くずは急に静止すると、即座に、回転する方向を変える。
糸くずはその身をバラバラにほどいていく。
今度は、真っ赤な煙に姿を変える。
赤い煙は、まるで竜巻のような勢いで高速回転を始める。
次の瞬間。
バン!
今度こそ大爆発が起こった。
わたし達は、爆風の渦に飲み込まれた。
魔物の泣きそうな顔も、副班長とファッジのきょとんとした顔も、金魚屋の必死な顔も、全て真っ赤な煙に飲み込まれてしまった。
わたしと金魚屋と、数えられないくらいに増えてしまった金魚達は、金色に発光するひとつの団子となってゴロンゴロンと床に転がった。
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