第八話「かしまし娘半魚人スープ」(2)

 (2)


 かつてあった迷宮の呪いなのか、はたまた、魔物と一緒に這い出て来て、しかし、巧妙に町に隠れ住んでいるという噂もある悪魔達の悪戯なのか、この町では信じられない現象が次々と起こる。そのひとつとして、死んだやつがゾンビになるようになってしまった。


 建付けの悪い蓋の周りには、魔物達を監視するために番犬達の詰め所が出来た。詰め所は、最初は地獄の入り口の本所一か所だけだったけれど、四丁目から一丁目まで、その広さに応じて複数の分所が建っている。


 地獄に出稼ぎに行く札付き達のために、組合事務所と、地獄の入り口、通所「札割り所」も出来た。札割り所で、木札を半分に割って、片方を預けて地獄に入る。出てくる時に、預けていた半分を受け取ってその場で合わせる。札がぴたりと合えば本人で、合わなかったら偽物だ。


 なぜそういう手続きを取るのかというと、この町で起こる信じられない現象のひとつで、いつだったか、地獄に出掛けて行った札付きが、二人になって帰ってきたことがあったせいだ。ひとの姿に化ける魔物が居たんだよ。その時の騒動も笑い話に仕上がっているので、いつか話して聞かせてやりたいね。そのせいで、冒険者は首から札を提げるようになり、札割り所で、札を半分預けてから、地獄に出掛けるようになったのさ。札付きと呼ばれるようになったのもそのせい。


 大勢と冒険者が集まってくるようになったので、冒険者相手に商売をする武器屋や装備屋が集まってきてマーケットが出来て、飲み屋と遊郭を束ねた大掛かりな歓楽街「花街」も作られた。地獄の蓋が人気と言ったけど、観光客の目的のほとんどは、この花街だろう。男も女もすけべなことを考えているやつは多い。


 魔物相手の冒険者が番犬と札付きになって住み着いた。


 番犬と札付き相手に商売をする連中が集まって来て住人が増えた。そして、色香に釣られた観光客もどっと押し寄せるようになって、さらにごった返した。観光客以外にも、周辺三国に属していない独立した自治区であるカンジン町という町は、色々と都合がよいらしく、様々な人種、事情を抱えた連中が集まってくるようになり、それはそれは、賑やかで、いい加減で、めっぽう危ない街になった。


 さて、あまりにもごちゃごちゃとしてきたせいで、いっそのこと、主要な施設というのは蓋の周りに集めてしまった方が便利なんじゃないだろうかと、当時の町長は頭がどうかしてしまっていたんじゃないかと今でも思うのだけど、危険地帯にも関わらず、役場や町内会館、商工会議所、それから総合病院、その他の諸々、町の周囲にあった施設の多くが引っ越してしまった。


 大抵の施設は蓋の周辺に集められているものの、魔物が出るんじゃ落ち着いて生活出来ないというので、すり鉢のへりの方には住居や宿泊所、地域向けの商店、寺院に神社、学校などが残ることになった。飲み屋や飯屋はいたるところどこにでもある。


 実は、わたしが住んでいる家の辺りにも病院はあるにはあるのだけど、あそこはよぼよぼの爺さんがやっているような小さい診療所だし、住宅街は地図があったところで道は上に下にと複雑に入り組んでいるので道筋を説明するのがとても面倒くさい。それに、飛んでいけるならば、一番大きな病院に向かわせた方が、色々と確実だろう。


 ざっとした説明も長くなってしまったので、一旦、カンジン町の話はこのくらいにして、本題に戻ろう。


「メガラテ。可愛い悪魔の顔のそばに、赤い十字マークが付いた建物が描いてあるのが分かるかい?」


「あっ、これは悪魔の顔だったんですね。赤ら顔の赤ん坊だと思ってました」


「可愛い顔はしているけど、そいつは悪魔なんだよ」


 羊っぽいのから珍しいところではドラゴンっぽいのまで、角や牙が生えた種族はあれこれいるし、赤とか青とか緑とかいう顔色の亜人も多い。悪魔と描き分けるんだったら、もっと凶暴で凶悪で禍々しい顔にしなきゃいけないよ。この地図にはいろいろとケチをつけたい部分があるから、併せて今度意見してやろう。


 ケチを付けたい部分については余談になるけれど、地図の建物の陰にゾンビや魔物の姿も可愛らしく描かれているのもどうかと思っている。「ゾンビが何体いるか分かるかな? 探してみよう!」という文字と、地図の左下に小さい字で「正解は十九体だよ」と書かれているのも緊張感が無くて気に入らないし、ゾンビに噛まれているやつが二人いる時点で合計すると二十一体になるところも指摘したい。ゾンビに関わるところは特にきっちりと表示しておいてもらわないと困るじゃないか。


「悪魔の顔の所に吹き出しが出ているだろう?」


「はい。ここは地獄の一丁目。お金をたんまり落としたら、命を落とす前にさっさと帰ってね! って、なんだかすごいこと喋ってますね」


「ああ。実際そこら辺は魔物も物騒な連中も多いんだ。その吹き出しのそばさ」


「あ、ここですね。でもこれは、十字マーク、と言うか、バツ印に見えますけど」


「魔物がぶつかって看板が傾いちまったんだよ。そこが総合病院さ。この町で一番大きい建物だよ。いや、二番くらいか。とにかくでかくで、がっちりしていて、トゲトゲがいっぱい付いている」


「トゲトゲですか?」


「魔物がぶつかって来ても串刺しに出来るようにさ


「なるほど、って納得して良いのか分かりませんけど。確かにこの町の建物って、どれも鉄板を張ってたり、瓦屋根にもトゲがついていたりして、なんというか、鎧を着てるみたいですよね」


「そうなんだ。あんなのがしょっちゅう出てくるからね」


 あんなの、とは店の入り口に居座っているやつだ。


「ところで、メガラテ。お前さんはマーケットで買い物をして来たんだろう?」


「ええ、そうですよ」


「ならその近くにあったはずなんだけど覚えているかい?」


「ありましたかね? 記憶にありません」


「おや、そうかい? イガグリみたいにトゲトゲなんだよ? 相当目立つ建物なんだけどな」


 メガラテは買い物袋を下げて店に戻って来た。地獄の蓋の周りのマーケットで買い物をしていたのであれば、総合病院は嫌でも目に付く外観の建物なのだ。


「あれ? わたしが行ったマーケットって、港のですよ?」


「ああ、そっちの方かい。漁師や船乗り相手の市場なら確かに早くからやっていたね」


 デス滝を挟んだ両側に港がふたつあり、その両方ともに港と市場で働く者達のための飯屋や道具屋なんかが集まっている。マーケットと言えば蓋の所のを指すのだけど、外から来たんじゃ知ったこっちゃないだろう。


「ええ。このパンフレットに新鮮な魚料理のお店が紹介されていて、そこは朝早くしかやってないってあったので行ってみたんですよ。七色の海鮮丼! 七種類と思いきや、もっとたくさん、色んな種類の生魚がご飯の上に乗っていました!」


「海鮮丼で有名なところなら、魚っぽいひとがやってる店のことだね」


「そうです! 半魚人って言うんですよね! あのひとは、えらが付いてるのに肺でも呼吸出来るんですって。水陸両用なんですって。凄いですよね。わたし、半魚人って初めて見ましたよ」


「半魚人が魚を調理して出してんだから、とんちが聞いているのか、ブラックユーモアなのか知らないけどね。とにかく。海鮮丼、美味しかっただろう?」


「ええ! すごく美味しかったです! 感激しました!」


 そうだろうとも。あの店がカウンターだけの狭い店でなければ、わたしも足しげく通って話のついでにお客さんのどんぶりから色んな種類の刺身を頂戴するんだけどね。なにせあのおやじときたら、猫が嫌いなんだ。わたしが言ったら包丁が飛んでくる。こちとらどら猫じゃないんだから、魚を加えて逃げたりしないよ。狭い店だから、逃げるのが難しいのだ。あの半魚人の大将は、もしかしたら猫のわたしに食われるとでも思ってるのかもしれないね。


「私の故郷では魚はすり身にして焼くか、ぶつ切りにしてスープに入れるようなメニューしか無かったのに、まさか生で食べるだなんて。話には聞いていたんですよ。レシピ本にも載ってるのは知っていたんですけど。この目で見るまでは信じられない性分なもので。新鮮じゃないと出来ない調理方法ですよね。勉強になりました」


 メガラテは仮面で顔を隠しているから、まったくもって表情が分からないけど、早口になっていたから、美味しいものを食べて、さぞ、感激したのだろう。早口のまま「あっ。わたし、こう見えて料理人なんですよ」と付け足した。


「へえ、そうだったのかい」


「そうなんです。ちょっと事情があって無職になってしまったので、次の就職先が見付かるまで旅行のついでに色んな土地の色んな料理を研究して周っているんですよ」


「研究熱心なんだね。そうだ、メガラテ。わたしは商売柄、酒場に飯屋、レストラン、あちこちに顔が効くんだ。この町で職を見付けたいってんなら助けになるよ」


「まあ! まあまあ!」


 メガラテの仮面がわたしの目の前に迫る。そこにいくつも穿たれた小穴から熱気が噴出されている様な気がした。


「ヨタ! あなたは天使ですね!」


「わたしは猫さ、メガラテ。でも、ただの猫じゃないけどね。親切な猫なのさ」


「嬉しいです! ヨタ! 大好き!」


「落ち着くんだ、メガラテ。ここはほとんど外なんだからね。あんまり動くと落ちてしまうよ」


「ちょっと、ふたりとも」


 背後から声を掛けられたので振り向くと金魚屋が腕組みをして立っていた。


「女ふたり集まればかしましい、だぜ」


「それを言うなら、女三人寄らばかしましい、だよ」


「二人でも三人でも一緒だよ。とにかく、病院とやらには行けそうかよ? カナヘビ野郎、具合悪そうだぜ」


 そうだった。マルセロは死にかけているんだった。


   §

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