第六話

第六話「寝ぼけこぼけ」(1)

 第六話


 (1)


 先にも言った通り、ゾンビナイト以来、この町で死んだやつは夜にはみんなゾンビになるようになった。


 だから、この町では死体を棺桶に入れる習慣は無い。


 だから、という接続詞を使ってみたけれど、実は誤った用法であったことは早めに白状しておこう。ゾンビになるようになったから、棺桶に入れる必要がなくなった。こういう説明であれば正しいのだけど、実際のところはまったく違う。


 なぜなら、そもそも死体の埋葬に棺桶を使う風習がなかった。第一に、土葬に使う土地が無かった。これは、この町がすり鉢状の土地に出来上がっている都合で、ひとが住むのに適した少ない平地には、みんな建物が建ってしまっていて、残りは、坂道と、路地と、階段となったせいだ。この町の中に墓を作るような余分な土地が無かったのだ。


 じゃあ、町の外に作れば良いというので、かなり昔には、実際に、町から何キロか離れたところに霊園を作って埋葬していたらしいのだけど、「死体あさり」と呼ばれる魔物がはびこってしまったために閉鎖された。魔物が居ちゃあ墓参りにいけないし、街中の魔物がただでさえ「特別製」で手に負えないというのに、外の魔物までどうにかしようだなんて、猫の手を借りてもできやしない。それに、街中の魔物の体の方がずっとずうっと金になるのに、わざわざ小銭を稼ぐために外に出掛けていくようなもの好きはいなかった。


 では、どうしたか。


 幸い、海がすぐそばにあった。


 くじら海だ。


 水葬にすることを思い付いたんだ。火葬にして骨や灰を撒いたり、そのまま、船に乗せて流したりした。しかし、このやり方は半分は成功して、半分は失敗した。死体を燃やした方は問題なかったのだけど、横着して生の死体を海に放流した方は、これも話の脈略というのが乱れてしまって申し訳ないのだけれど、戦争の火種になってしまった。いまでもどうして戦争に発展したのか、諸説が多くて真実は分かっていないのだけど、くじら海を挟んだ向こう側、ペルペルという大チュミュン公国の属国のひとつから軍艦がやってきて、そのまま、大砲をずどんと撃ち込んできたのだ。


 この時の騒動は大事だった。そして、大変に面白い叙事詩や英雄譚にもなっていて、本屋でも人気の一冊に選ばれているし、図書館の蔵書にも何冊も収められている。わたしもいくつかの物語を話して聞かせてやれるけれど、如何せん、どのエピソードも有名すぎて、客が先にオチを言っちまうのでやらない。それに、十年も前に起こった戦争というわけではないから、どこかの酒場で必ず一組は当時の話で管を撒いているのさ。


 大抵そういう連中の話は出来が悪いから、わたしはいらっとするのだけど、まあ、素人なのでしょうがない。わたしに、出来の良いくじら海騒動の話が出来るまでは、大目に見てやることにしていた。


 当時のことを良く知っていて、それも相当に深くかかわったやつが幸いにわたしの知り合いの中にひとりにいるので、そいつに頼んで生の話を聞けば、まだ誰も知らないエピソードの中から「話し屋ヨタの新約くじら海戦争」をこしらえることは容易いし、その話は相当たくさんの肴に化けてくれるだろう。でも! けれど! そいつとはいかんせん仲が悪いもんだから、そういう訳にもいかない。ペルペルという小国が、いまは、世界地図のどこを探したって見当たらなくなった、と付け加えたところで、まあ、あとは端折っても良しとしておくれ。


 その戦争以来、揉め事の種になってもいけないので海に死体を流すのはやめて、遺骨や遺灰を撒くやり方が、この町のスタンダードな埋葬方法になったのさ。


 さて。


 冒頭の「だから」を無理やりにでも再利用しようとするならば、「だから、この町では死体は死体袋に入れて、さっさと焼き場に持っていくようになったのさ」となるのだろうか。素直に、最初からそう言ってしまえば話も簡単だったかもしれないけれど、そこは置いておいて、先を続けよう。


 この町では、ゾンビナイト以来、死体そのものについて神経質なくらい気を遣うようになった。


 なんてったって、この町はよそと比べて、そらもう危険な町なので、午前中通りで見かけたやつが、午後には広場で血を流して死体になっている、なんてことがざら、日常茶飯事なのだからね。死体を見付けたら、昼飯中であろうと、炊事洗濯の最中であろうと、そんなものは放っておいて、大慌てで埋葬しないといけない。


 この大慌ての埋葬も日常風景のひとつだ。


 死因トップワン。これは、まず、間違いなしで不動の一位なのだけど、魔物に襲われて命を落とす。これが、とにかく多い。わたしもさっき魔物に丸飲みにされて死にかけた。


 次に多いのが、悪漢や強盗に襲われたり、札付き連中や番犬達のいざこざや、喧嘩の巻き添えを食って死んでしまうっていうものだ。


 珍しいところでいくと「家が勝手に動いて押しつぶされた」なんて訳の分からないのもある。そういえば、この話はいつどこの酒場で聞いたものだっけね。面白そうだから、もっと詳しく聞きたかったのだけど忘れちまったよ。


 とにかく、この町では生きているやつは、しょっちゅう、ちょっとした不幸によって、さも簡単に、死体になっちまうので、放っておいてゾンビになる前に、とにかく死体袋に詰めて火葬場に持って行って、早いところ焼いてしまって、骨やら灰にしないといけないのさ。


 死体を放っておくとゾンビが町に溢れ返ることになるので、死体を見付けたやつは葬儀屋に連絡を入れるのと、死体袋に死体を入れて目立つ所に置いておく。それも大急ぎでね。これが、この町の数少ないルールになった。


 このルールを面倒臭がって怠ったり破ったりしたやつは、死体袋に入れられて火葬されちまう。この町は、ある意味でめっぽう寛容なところがあるけれど、このルールだけは、誰であっても守らないといけない鉄の掟なのさ。


 そういうルールがあるので、町内会が家庭や店に死体袋を配っていた。


 配給される死体袋というのは葬儀屋が扱う本格的なやつなので、頑丈で破れにくく、遠くからでも見付けやすいように派手だ。「この中に死体が入っています」とでかでかと書かれている。おまけに品がない黄色い袋だったりする。さらに、買えばそこそこの値段がする。誰も死体を入れる袋なんかにお金なんて使いたくないだろう? だから、配られた死体袋を使いきってしまうと、わざわざ買い足したりはせずに、その場にあるものを適当につなぎ合わせて死体袋にするっていうのが一般的だった。なんだっていいので袋を見付けてその中に死体を放り込んだら「この中に死体が入っています」とでかでかと手書きで書きさえすれば、一丁前の死体入り死体袋の出来上がりなのだ。


 この酒場にも死体袋は置いてある。


 あった。


 とっくに使い切ってしまっていた。


 酒場なんて所は場所柄、喧嘩が絶えない。


 観光客が町人同士と揉めたのであればどっちかが怪我をするくらいで済むのだけれど、これが札付きや番犬となると困ったことに、どっちかが死体になるまで終わらない、なんてことが、ままある。


 夜の商売で死体を出すのはご法度だ。


 夜に死んだやつはすぐにゾンビになるからね。


 絶対にやってはいけないことだよ。ゾンビスペシャリストのわたしもことあるごとに言って周っているよ。


 そんな店はルール破りとみなされて取り潰されても文句は言えない。取り潰されるっていうのは、言葉のあやとかそんな生ぬるいものではなくて、物理的に潰されるって意味合いだよ。巨人とかを連れて来て、屋根の上からぺしゃんこに解体してしまうんだ。勿論店のオーナーごとね。あと不運な客もね。そして、その場で店ごと燃やされるんだ。豪快だろう? 鉄の掟なので、見せしめにしても徹底的にやらないといけない。あれにはそういう気概を感じるよ。


 そうなっては大変だと、店主はこまめに喧嘩の仲裁をして被害が大きくならないように気を配らなくちゃいけない。


 でも、いくら気を回したって、やるときにはやるし、やられるときにはやられるもんさ。酔っ払いっという生き物ときたら自制心を失っているのがほとんどだからね。大抵、店主の仲裁なんて上手くいかない。


 そこで、わたしの出番となる。


 上手いこと言いくるめて場を収めてやるのさ。


 話し屋稼業は、面白い話をしてやるだけでは駄目で、リップサービスも時には必要なのさ。


 しかし、残念ながら、わたしの言葉が届かないこともある。


 酒に酔って頭に血が上った連中は聞きやしないし、止まらないから、死体袋は飛ぶように使われていく。その結果、店の死体袋は無くなってしまった。


 わたしのしっぽを掴んでいた死体は、死体袋と言っても麻袋の中に入れらていた。


 マーケットの袋の再利用品だ。


 かなり大きいのは、元が、ジャガイモだったりニンジンだったりを大量に仕入れた時の袋を使ったからだろう。店主のおやじがこまめに袋を取っておく性格だったのが幸いだったね。ナッツやチップスといったおつまみの袋だったら、つなぎ合わせるのが面倒で仕方が無かったことだろうよ。


 麻袋の死体袋から、カサカサと音がした。


 中でおつまみの袋でももてあそんでいるのだろうか。そうだったらいいのになあ。


 見下ろすと、袋の表面がかすかに動いているように見えた。おまけに、わたしが掴まっている死体の腕も、動いているように感じられた。


 わたしは、死体の手の上から手近なものに飛び移ると、叫んだ。


「ぎいやゃああっ! やっぱりゾンビだったんだぁああ!」


 時間をかけてようやく叫んだ訳だけど、わたしお得意の、頭の中に出掛けて行って、というくだりがあったので、実際には一瞬だった。わたしが頭の中に出掛けて行って帰ってくるまでの速度と、ゾンビに対する反応とは、同じくらい滅茶苦茶に早いのさ。


   §

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