第五話「メガラテ」(2)

 (2)


「誰か分からなかったぜ。新手の魔物かと思った」


 金魚屋はいつもの調子で軽口を叩いた。


「酷いです。まだ言いますか、それ」


 メガラテは買い物袋をガサガサやりながら答える。


 金魚屋の方に顔は向けていないけど、頭の横や上の方まで広がっている複眼でしっかり捉えているのだろう。虫っぽいひと達の視界は驚くほど広いんだ。


「仕方ないだろう。俺はランカを見るのは初めてなんだから」


 ランカというのは虫っぽいひと達を指すいくつかの呼び名のひとつだ。ランカ族というやつだ。


 インセカ、ジーディス、ココドーラ、珍しいのでいくと「ズ」と一音のもある。


 沢山あっていちいちと覚えるのが面倒なので、いや、それはわたしに面倒くさがり屋なところがあるのは否めないけれど、わたし以外誰だってとても彼女たち、わたしは「虫っぽいひと達」と呼んでいるひと達の種族名を覚えようと思う物好きはいない。学者とかいう連中は除いて。


 沢山と言ったって、滅茶苦茶、はちゃめちゃに沢山なのだからね。


 虫っぽいひと。


 大抵それで通じるし、虫っぽいひと達の方も、いちいちと種族名の違いについて説明をするのも面倒くさければ、説明する相手だってさして興味があるわけでもないのだから時間の無駄だし、もう「虫っぽいひと」でいいや、とあきらめにも似た思いを抱いている節がある。


「ランカじゃないです。わたし達はカイシャです」


 またひとつ初めて聞く種族名が追加された。


「何が違うんだよ」


「信じられない。お店の後片付けしながら説明したじゃないですか」


「すまん。あの時はなに言ってんのかさっぱり理解出来てなかったんだわ。とりあえず虫みたいな連中のことはランカって呼んどきゃ良いって教わったんだ」


「酷い! 頷いて聞いてくれてたから、私、てっきり分かってくれてるもんだとばかり思って話してたのに」


「悪かったよ」


「そりゃあ、ランカに比べて私達カイシャは、田舎も田舎、ど田舎の種族ですよ。都会のひと達に比べて垢抜けてないかもしれません。けれど、全然違うじゃないですか。ランカなんかよりも、目、この目を見て下さい。自分で言うのもあれですけど綺麗でしょう? それに、翅だって、ほら、ね」


 折り畳んだ翅を広げて、くるりとその場で回転して見せた。


「美男美女が多い種族って評判なんですよ。それなのに、私、自分のプロポーションには自信があったのに」


「拗ねるなって。俺達人間にお前達の見分けなんてつかねえよ」


「そんなあ」


 安心おし。


 猫のわたしにも見分けはつかない。


 虫っぽいひと達というのは、人間に続いて数が多い種族だ。


 街中で石を投げれば、無様に当たってたんこぶを作るのが人間で、華麗に避けて文句を言ってくるのが虫っぽいひと達と言われているくらい、どこにでも居てよく見かける。


 石の言い回しは嘘じゃ無いからね。本当に投げた石を避けるから試してみると良い。


 ただし、石を投じたやつは、いくら人ごみに紛れていようとも、ちゃあんと見つけ出されて拳骨をもらう羽目になるので覚悟して投げることだね。虫っぽいひと達はとにかく目が良いんだ。


 わたしのお客さんの中にも虫っぽいひと達はたくさんいる。


 このひとは蝶っぽいね。


 こっちのひとは蛾かね。


 こいつは間違いなく蜘蛛だ。


 何蜘蛛かって聞かれると、そんなのは知らないから図鑑でも買って自分で調べればいい。


 先にも言った通り、見た目の種類が多すぎて、余程特徴が無い限り、誰が誰だか分かりゃしない。


 だから、虫っぽいひと達に面と向かって言うと失礼になるから言わないけれど(でも何度も口から出してしまって失敗してきたけれど)、当人とよく似た虫に当てはめて覚えるようにしていた。それでも、わたしが知っている虫の種類なんてたかが知れているから、それくらいにしか名前は覚えちゃあいない。


 メガラテの場合は蜂と蜻蛉だ。複眼の形は蜂に似ているけれど、頭は丸いから蜻蛉にも似ている。触覚がススキみたいなところは、ちょっと蛾に似てやしないかい? まあ、そんな具合に、知っている虫を適当に当てはめるんだ。


 虫っぽいひと達は、虫っぽいと言っても、それは見た目だけであって、虫とは全然違う亜人の一種族だ。


 脳みそでは分かっているんだけど、虫っぽいひと達以外の種族、わたしや金魚屋の目には、どうしたって虫っぽく見えてしまう。その虫っぽい外見のせいで、歴史的に幾多の非難があった。古くは悪魔の仲間や魔物の分類だという認識だったので、差別や迫害がすごかったという。


 千と何百年か虫や魔物扱いされてきて、それに腹を立てて他の種族相手に幾度となく戦争を繰り返してきたけれど、最近は寛容になったのか、いい加減、面倒くさくなったのか、数百年から生きているひとの中ではいまだに虫っぽいと呼ばれると侮辱されたと憤る年寄りもまだまだ多いのは事実だけれど、若い連中は揶揄やゆ」されたって「俺の母親カブトムシなんだ。この角は母親譲りなんだぜ」くらいの冗談は返してくれる。この町で暮らしている連中はみんな性根しょうねが図太くて、呼び名がどうのこうのって、そんな些細なことくらいでは目くじらなんか立てるやつはいない。


 まあ、虫っぽいひと達の複眼に目くじらなんて部位があるのか知らないけれど。


 虫っぽいひと達だって、正直、自分たちの種族があまりにも多すぎるので、いったいいくつ呼び名があって自分がどこに分類されているのか、把握できているかというと、わたしは怪しいと思っている。


 見た目は同じなのに、触覚の節の数が違うだけで種族名が異なっていたりするんだ。それも微妙に、ね。ワズ族と、ワワズ族とかね。わたし達なんて毛の色が黒かろうが白かろうがみんな猫だからね。簡単なもんさ。そこをいくと、虫っぽいひと達というのは、今でこそ大らかになっちゃあいるけど、元々は細かい性格で、分類したり整理したりするのが好きな種族なのかもしれない。


 そういう訳で「虫っぽいひと達」と誰にでも分かりやすく言い当てた呼び方は、歴史的に、平和的に、もう疲れたしなんでもいいや、という具合に定着した呼び名なのだ。


「とにかく」


 頭の中に出掛けて行ったわたしを、ゴツンとメガラテが机を叩いて呼び戻す。叩いた拍子に買い物袋が横倒しになって、中からリンゴがひとつ転がり出て来た。そういう状態の物体を目で追いかけるのが大好きなわたしがそうしていると、コロコロ転がってテーブルから落ちそうになる。


 けれど、そうなる前に、机を叩いたメガラテの手が素早く動作してリンゴを捕まえ、袋の中に戻した。虫っぽいひと達は反射神経がすこぶる良い。


「虫っぽいと言われるのは良いんです。気にしてませんから。でも、魔物と同じ扱いをするのは冗談でもやめてください」


 そう言ってリンゴを金魚屋に放ってよこす。怒った様子だったけれど、リンゴは放物線を描いてゆっくりと金魚屋のところに飛んでいく。


「へ? あっ、ととと」


 金魚屋はそれをキャッチ出来ずに床に落とした。さらに、慌てて拾おうとしたところを、自分の足で蹴飛ばしてしまう。


 リンゴはどこに転がって行ったと思う?


 魔物の目の前さ。


 魔物の視線が口元に転がって来た赤い実と金魚屋との間を行き来する。


 この男ときたら、人間の中でもどんくさい部類に入ると思っていたけれど、相当にどんくさくい上に不運のトッピングが乗っかっている。「俺のリンゴが」と悔しがっている金魚屋を、メガラテは無視して続ける。


「数時間前にも言いましたよね? 私達と魔物を同一視するだなんていつの時代の話をしてるんですか? 前時代的。原始人ですよ。失礼にも程があります。あなた、やっぱり馬鹿なんですか? 無知なんですか? 脳みそが入っているか、頭を割って確かめてあげましょうか?」


「わっ、悪かったよ。そんなに怒るなって」


「怒りたくもなりますよ。私がそいつと同じに見えているんですか? あなた、頭も悪ければ目も悪いんでしょうね。その目、閉じてるんですか? 開いてるんですか? 糸くずが付いてるんだったら取ってあげますよ」


 メガラテは三本指をカチカチと鳴らして見せた。


「俺も口が悪いけど、お前さんも相当なもんだね。それに、怖い」


「お褒め頂きありがとうございます、っと」


 そういって今度はバナナを投げ付けた。今度は一直線に飛んでいき、金魚屋の方もちゃんとキャッチ出来た。胸のところに勢いよくバンッと当たってそのまま着物の懐に入ったのだ。どんくさい金魚屋のために取りやすいところに投げ込んでくれたのだろう。


 メガラテとは気が合いそうな気がする。


   §

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