第三話「ゾゾっとゾンビ」(3)
(3)
あの夜は最低だった。
今でも鮮明に覚えている。
あの夜、この町は突然と「ルール」を変えた。
死んだやつはがみんなゾンビになって蘇ってしまったのだ。
色んなのがいたよ。
ひとや亜人や獣人や。
犬や猫、鼠なんかの小動物も。
死んだ者は、すべからく、ゾンビになった。
厳密に言うと、肉が残っているやつだけゾンビになった。
墓の下ですっかり骨になってしまったやつらはスケルトンになったし、骨も皮も残っていないのは幽霊になった。
とにかく死んでいたやつらはみんなたたき起こされて、不死者になって街中を練り歩いたのさ。
そりゃあ、歩き回るだけだったなら、珍しい見世物だねって、お茶でもすすりながら煎餅でも食べて見物出来ただろうさ。
でも、襲ってくるんだ!
ゾンビに噛まれたやつはゾンビになるし、スケルトンに殺されたやつもゾンビになるし、幽霊に憑りつかれたやつだけは苦しそうにもがいて死んで、やっぱりゾンビになる。
今では「ゾンビナイト」と呼ばれている。
あれは絶対に悪魔がしでかした、最低な悪戯のせいさ。
そうに決まっている。
長く、恐ろしい夜だった。
わたしはあの晩、夜通しゾンビに追いかけ回されて、それで不死者の類が、その中でもゾンビが一等大嫌いになったのさ。
ゾンビの「ゾ」の字を見るだけであの晩の出来事を思い出して身震いしてしまう。
ほら、見ておくれよ。
こんなに鳥肌が立っている。
自慢じゃないけど、わたしがゾンビのことを思い浮かべた時の鳥肌っていったら、そりゃあもう、ただ事じゃないのだからね。
立派な鳥肌さ。
鳥、そのものの肌さ。
いまのわたしの毛をむしって肉屋のショーケースに並べておいたなら、鶏肉と間違って買うやつが後を絶たないだろうよ。
わたしをゾンビ嫌い、不死者嫌いにした、ゾンビナイト以来、この町で死んだやつは必ずゾンビになるようになった。
絶対に、例外なく、死体はみんなゾンビになってしまうんだ。
だから、この町では、死んだやつはすぐに焼いてしまう。
ひとや、亜人や獣人が死んだのなら、お坊さんを呼んでゴニョゴニョとその場でお経をあげてもらい、生前はどうのこうのと故人を偲んだら、じゃあ、時間もありませんので、とさっさと焼き場に持って行ってせっせと焼いてしまう。
動物や魔物だったらどうか。そっちは至極簡単でその場で油をかけて焼いてしまうんだ。
焼いてしまえば骨になる。骨のまま放っておいたらスケルトンになっちまうので、丁寧に砕いて海に撒いてしまう。
そこまでやれば十分だけど、それでも幽霊になって戻ってくる連中は少なくないから、夜は出歩かないようにしているのさ。
だから、わたしも昨晩はこの店に逃げ込んで、朝まで過ごすつもりだった。
魔物に食べられさえしなければ!
厄日ではあったけれど。
魔物は退治されずに店に居座ったままだったけれど。
わたしは、なんとか、無事に朝を迎えれた筈なのさ。
それなのに!
なんだって!
わたしのしっぽはゾンビなんかに掴まれちまったんだい!
「ヨタ! ヨタ! しっかりしてくれよ!」
再び意識が遠のきかけたわたしの体を、金魚屋が引っ張った。
「い、痛い! 馬鹿! 無理に引っ張らないでおくれ! しっぽが引っこ抜けちまう!」
「だ、だってヨタが死んだんじゃないかと思ったんだ」
「死なないよ! それに死んでいるのはこいつの方さ!」
「死んで、んのか? 本当に?」
「いや、死んでないさ! 生き返ったのさ!」
「本当かよ? こいつがゾンビだって?」
金魚屋がゾンビの腕に手をかける。
「ひえっ! 何しようってんだい! 危ないよ、金魚屋!」
よくも平気で!
ゾンビの腕なんか素手で触れるもんだ。
爪の先が触れるのだって、想像しただけで寒気がするというのに。
わたしは止めようとしたけれど、すぐに思いなおした。
「危ない、いや、確かに危ないけど。そ、そうだ! 金魚屋! この不届き物の腕をどうにかしてくれ!」
「そのつもりだよ。しかし、くっ。この指、固いなあ! 全然動かない。死後硬直ってやつじゃないのか?」
「死後硬直だって? ゾンビだよ、ゾンビ!」
「ゾンビ? 嘘だよ、そりゃあ」
「嘘なものかい! ゾンビ! 金魚屋! きん、ぎょ、うわあ、ゾンゾン、とにかく、なんとかしておくれよ! ねえ、金魚屋ったら!」
「ふふふ」
金魚屋の腕の内から見上げると、細目の男は
「金魚屋。良い名前だぜ。しっくりくる。金魚屋、金魚屋って、こんなにもヨタから連呼されると、俺は、はじめっから金魚屋って名前だったんじゃないかって思えてくるなあ。それに、名前を連呼されるのって、なんだか頼られてる感じがして嬉しいぜ。良いね、金魚屋。それにしても、こうやって抱っこしたまんまでも、なんにも文句を言われないっていうのが、一番、うん、素晴らしい!」
「馬鹿!」
「わっ! 引っ掻くことないじゃないか!」
「お前さんのおふざけに付き合ってる時間は無いんだよ! ゾンビだよ、ゾンビ! ゾンビ、知ってるだろう? 動く死体だよ。襲ってくるんだよ。早くしないと動き出しちまうよお!」
助けを求めて、金魚屋の体に這い上がろうとするけれど、がっちりとしっぽを掴まれているから、金魚屋の胸のあたりを爪で何度も引っ掻いておしまいだった。
「痛いってば、ヨタ! 本当に毎日爪研いでんだな。めちゃくちゃくい込む。くっそう! せっかくヨタを抱きしめてるってのによお。爪なんか立てられたら、あいたたた、めちゃめちゃ痛いだけじゃないかよお! この野郎め! お前のせいだ! ヨタを離せって、ゾンビ野郎! ゾンビ野郎? えっと、やっぱりこいつはゾンビなのか? 俺の知ってるゾンビって、こんなのじゃなかったけどなあ」
金魚屋は、わたしには信じられないことに、ゾンビの腕を叩いたり、撫でまわしたりしながら首をかしげた。
ゾンビの腕は、全体的に茶色く、所々深緑のものや
「案外とすべすべしてる」
その鱗を指でつまんでみたり、爪で弾いてみたり、間近で見つめて観察したり、そんな悠長な真似をしている場合じゃないだろう!
金魚屋は「何かに似てるなあ」と首をかしげて「トカゲ、じゃないか? この腕」と冷静に言った。
「違うね! トカゲゾンビの腕さ!」
「ヨタ。これは本当にゾンビの腕なのか?」
「ゾンビだよ! 馬鹿!」
「おっかない顔してるぜ、ヨタ。そんな睨まなくたっていいじゃないか。いま、あれだよ、めちゃくちゃ怖いからな、ヨタの顔。猛獣の顔だぜ。ライオンか?」
「怖い顔だってするさ! お前さんね、もしもこいつが動き始めてわたしが噛まれてゾンビになったら、まっさきにお前さんに襲い掛かってやるからね! それで、お前さんの頭からつま先まで残すことなく食べてやるんだから!」
「牙を剥かないでくれよ、おっかねえってば。でも、ヨタ。ゾンビ、にしちゃあ、随分とフレッシュすぎやしないか? ほらほら、柔らかいし。いや、俺の肌よりかは固いけどよ。そりゃあ鱗が生えてんだからな。でも、柔らかい。まるで生きてるみたいだ」
「フレッシュゾンビだよ!」
「なんだよ、そのフレッシュゾンビってのは」
「産地直送新鮮ゾンビだよ!」
「あはは! お前、面白いよ!」
「面白くなあい!」
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