第三話「ゾゾっとゾンビ」(2)

 (2)


 さて、地獄やら魔物やらの話は一旦はやめて。


 わたしが腹を立てている札付きの話さ。


 札付きなんて、元々がまともな職にありつけないごろつき共でも就くことができる、就職率十割の大人気商売なので、腕っぷしの強さだけで世の中渡っているような考え無しの悪党ばかりが集まっている。


 なんて言ったって地獄の入口まで歩いて行って「札付きになりたいんだ」と馬鹿みたい事を真顔で言えさえすれば、誰だって木札を貰えるのだから。


 こころざしも人格も不問。


 ただ、命知らずであればいい。


 考え無しとろくでなしの足し算をしてから、脳みそと羽根よりも軽い心臓を引き算してやれば、札付きが導き出される。そういう計算式でもって出来上がっているのが札付きさ。


 悪魔の次に益体やくたいの無い連中じゃないだろうか。


 だから、街中で首から札をぶら下げているやつを見かけても、近づいていったりしてはいけないのさ。


 仮に札付きが、店の食事にケチをつけていたり、会計を値切っていたり、客と揉め事を起こしていたり、番犬達に絡んでいたりしても、絶対に、見て見ぬふりをしてやり過ごすのが良い。誰だって命が惜しいからね。巻き込まれちゃ、かなわないよ。


 でも、わたしの場合、そうはいかない。


 揉め事に出くわす度に「話し屋! おいおい、良いところに来てくれたよ! なあ、上手いこと言ってこの場を納めておくれよ!」と店の主人やら町の住人やらに泣きつかれるんだ。


 必死の形相だからね。


 もう、すごい顔で、迫ってくるからね。


 断れないよ。


 こう見えてわたしは額は狭いが顔全体としちゃあ広い方なんだ。


 どこもかしこもわたしの行きつけの店さ。


 それに、町人の皆さんときたら、話し屋ヨタを贔屓にしてくれるからね。


 断って、それで死なれでもしてみなさい。


 後味が悪いじゃないか。


 それに、わたしは話し屋さ。


 どこでだって話をするのがわたしの商売で、話し合いの場をつくろう、そういうのもサービスでやっているのさ。でも、無暗やたらと仲裁の方は頼まないでおくれよ。心底面倒くさいと思っているし、肝がキンキンに冷えるのだからね。


 それにね。


 札付きだって、一応は、一応はね、わたしのお客さん達なんだ。


 少なからず連中からも酒の肴をもらっている身としては、彼らの言い分も聞いてやって、親身になってやらなくちゃあ不公平って気がするだろう? 


 うん?


 不公平、なのか?


 いや、冷静に考えれば札付きに掛けられる迷惑と、貰える酒の肴の量とを天秤にかければ、どっちに傾くのか分かり切ったことじゃないか。


 次からはもっと邪険に扱おう。


 公平に扱おうって事さ。


 そういう訳なので、わたしとしては、なるべく札付きに出くわさないように歩いたつもりでいたのだけれど、結局のところ、昼から夜までかけて、いったい全体、話し屋ヨタときたら、いくつの現場を仲裁して回ったことやら。


 そうこうしながらこの店に辿り着き、一息ついたところで、魔物に食べられたんだ。


 最後は魔物の腹の中だよ。


 どんなもんだい?


「厄日だ!」


 なんて叫びたくもなるだろう?


 それでも命が残っているのは、裏を返せば相当に幸運だったと言えなくもないし、この町に住んでいれば、嫌でも、毎日、大なり小なり、様々な不運に出くわすわけだから、ポジティブにとらえなければ暮らしていけない。


 そう思うようにしている。


 何事も考え様なのさ。


「ヨタ! おい、のびてんのか? ヨタってば!」


 金魚屋の声が間近で聞こえ、はっと現実に引き戻される。


 気持ちよく、霧の中で現実逃避をしていたというのに。


 どうして、この男と来たらそっとしておいてくれなかったのだろう。


 悪い癖だという事は分かっている。


 でも、嫌な目にあったり、嫌な事が始まりそうになると、ついつい脳みその中に霧を撒き散らし、そこへ喜んで出掛けて行きたくなるのはやめるにやめられない。


 しかし、前置き話が長くなってもいけないので、嫌だけど、現実を直視するとしよう。


 ひょっとしたら。


 いや、ひょっとしなくても、魔物に丸飲みされて以来の、続けざま二度目の生命の危機ってやつなのかもしれないのだしね。


 目の前には床があった。


 床の上には死体袋が置いてある。


 死体袋からはうろこがびっしりと生えた茶色い腕が突き出しており、そいつはがっしりと掴んでいた。


 わたしの尻尾をね! 


「いっ、痛い!」


 お尻の方に顔を向けると、かぎ爪がついた茶色い指がわたしのしっぽを鷲掴わしづかみにしていたのだ。


 わたしは、あろうことか死体の腕なんかに掴まれて宙ぶらりんになっていたのだ!


「ぎいやゃああっ! ゾンビだぁああ!」


 わたしは絶叫した。


 厄日だ!


 なんて叫ぶ前に、こういう悲鳴が出るのが正解だったのかもしれないな、とパニックになった頭の中でもうひとりのわたしが囁くが、正常でないのだから適切な悲鳴なんて出せやしないんだ。


 そもそも適切な悲鳴ってなんなんだ?


 いやいや。


 話し屋ヨタよ。


 お前さんは、なんだって、こんなどうでもよいことを考え始めているんだい?


 簡単なことさ。


 わたしはパニックに陥っていた。


 この世の中で怖いものは何かと問われたら、呪文のように「饅頭まんじゅう怖い」と答えるようにしているのだけど、その実、本当に怖いのは、「不死者ふししゃ」の類なのだ!


 ゾンビ!


 幽霊!


 スケルトン!


 そのほか名前がついてないようなやつらも数多くいるけど、怖い順に並べてみた。


 一番がゾンビさ。


 死体だったら平気なんだ。


 なんてったって死んでいるのだからね。


 死体を椅子代わりに座るのなんて、屁とも思っていない。


 でも、ゾンビといったらいけないよ!


 あいつらは、なんだって一度死んだ身のくせに、性懲しょうこりもなく生き返ったりするんだい?


 さらに生前よりもよっぽど元気いっぱいで、誰彼かまわず襲い掛かったりするだろう?


 それもうんとおっかない顔してさ!


 ゾンビなんて半分腐っているし、幽霊だって顔色も悪ければ人相だって悪くなっている。スケルトンに至っては骨だからね、骨。骨が動くなんておかしいじゃないか。筋肉も無いのにどういう理屈で動いてんだい。


 しかもどいつもこいつも不死者なんて連中は!


 馬鹿のひとつ覚えで暗がりから「ばあっ!」と脅かしてくるんだよ!


 突然!


 いきなり!


 何の前触れもなく!


 こっちの心の準備が整っていてもいなくてもおかまいなしさ!


 なんて陰険いんけんなやつらだろうね!


 わたしが不死者を怖がるようになったのは、まだほんのチビ介だった時のことさ。


 仔猫ってやつだね。


 あの頃は宿無しだったし、今みたいに流ちょうな会話でもって誰彼に助けを求めることなんて出来なかったからね。


 わたしはひとりきりで、一晩まるまる、ゾンビに追いかけ回された事があるんだ。


   §

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