第三話
第三話「ゾゾっとゾンビ」(1)
第三話
(1)
「厄日だ!」
そんな叫び声は、ありやなしや?
あり、さ。
あったのだ。
わたしの中から発掘された、新鮮な叫び声なのだ。
きゃー! とか、うひゃー! とか。
そういう、オーソドックスな悲鳴が出なかったのは、今にして思えば、いや、今となっては昨日となってしまった朝からついていなかったせいで、溜めに溜め込んでしまったフラストレーションといおうやつが、大爆発したせいだろう。
なんて前置きと共に、わたしは、わたしの悪い癖でもって、現実逃避を始めるべく、ぎゅっと硬くまぶたを閉じると、そそくさと、でも、
厄日だったのだ。
そう、まずは朝刊が読めなかった事から厄日が始まったのだった。
猫のくせに新聞だなんて、生意気だと思ったかい?
文字は読めるんだよ。
書くことは難しいけどね。
朝に届いた新聞を、うちのずぼらな「同居人」が鍋敷きに使ってしまったんだ。
ちゃんとした鍋敷きが買ってあるというのに、どこにしまったか分からないとか言って。
しまったもなにも、整理整頓、片付けっていうものがてんで不出来なものだから、いざ使おうっていう場面で、どこにやったか分からなくなって困ってしまうんだ。
だから横着にも朝刊を鍋敷きに使ってしまったのさ。
上に乗せたのが味噌汁をこしらえた鍋だったなら、多少焦げるくらいで終いだったかもしれない。
でも、フライパンを乗せちゃいけないよ。
熱々のフライパンを、いくら折り曲げて分厚くなっていようとも、相手はただの紙さ。鉄の鍋敷きじゃない。
鍋敷きにされた新聞は当然の如く燃え盛ったし、その下のちゃぶ台だって焦げてしまった。朝から大騒動だったよ。
結局、同居人が何を思って何を作ろうとしたのか、本人は卵焼きを作ろうとしたなんて言っていたけれど、フライパンの中身が炭化してしまった後では分からなかったし、また、失敗したと言っていつまでも泣いているものだから慰めるのだって大変だったし、それはいつもの事だからさておいて、わたしは新聞から面白ニュースを仕入れることが出来なかったのだ。
時事ネタは話をやる上で押さえておいて損はしないんだ。
文字が読めない、いや、新聞なんて七面倒なものには目も通したくない、なんて事を言う怠け者がこの町には多いものだから、新聞から拾ったニュースを話して聞かせてやるだけでも、それが、めざしに化けたり、ジャムトーストに化けたりするのだ。
新聞とはありがたい読み物さ。
そういう事があって、わたしと同居人の朝ご飯を調達するために、マーケットの顔なじみのところに出掛けて行ったわたしは、朝刊の一面に取り上げられていたけれど、読んでいないのだから知る由も無かったという、連続武装強盗犯を遂に追い詰めた一番町の番犬達との
おや?
変な顔をしているね。
ああ、外から来た連中はみんなそういう顔をするよ。番犬と言ったって、家の留守を守っている飼い犬の事とは違うんだ。
本来はそういう意味さ。間違っちゃいない。家で犬を飼ってる連中はごろごろいる。犬なんてどこがいいのやら。
この町で番犬と言ったら、別の者達を指す。
番犬っていうのは、家ではなくて、この町の全体を守っている警察と兵隊が合体したような組織の事さ。
番犬の仕事は色々ある。
落とし物を見付けたり、迷子の道案内をしたり、酔っ払いの喧嘩の仲裁に入って余計に事を荒立てたり、
この店に侵入してきてわたしを丸飲みにした不届きな魔物を退治した(しきれていないけど)のも番犬の仕事さ。
その番犬達と連続武装強盗犯とが朝市のど真ん中で機関銃の撃ち合いなんかおっぱじめてくれたものだから、そりゃあもうえらい騒ぎになった。
新鮮なトマトやカボチャが銃弾を浴びて弾け飛ぶ。
店員やお客さんの頭もはじけ飛ぶ。
美味しそうに湯気を上げた熱々の料理は宙を舞い、屋台という屋台はことごとく木材が散開しながら倒壊していき、そこら中で、血しぶきが花を咲かせた。
まるで戦場だったね。
行ったこと無いけど。
銃弾の雨をかいくぐり、命からがら逃げおおせたわたしは、ピクルスをただ一本咥えたきりだった。
ピクルス。
せめてウィンナーだったなら腹の足しにもなっただろう。
落胆したところで、甘酸っぱいキュウリの切れ端は、ポロリとわたしの口から離れて排水溝に飲み込まれてしまった。
昼から夕方にかけては
レストランで、定食屋で、立ち食いうどん屋で、クレープ屋の屋台で、行く先々で
だから、この辺りは端折っても。
いや、駄目だ駄目だ!
思い出したら腹が立って来た。
札付き達め!
なんだってわたしの行くところ行くところ、狙ったように現れては
札付きの悪とはよく言ったもんだね。
悪さばかりしてくれる。
観光で来たひと達は気を付けてほしい。
注意していれば目に入ると思うけれど、首から自慢げに
中にはやせっぽちで地味な顔つきのやつもいるけど、そんな見た目のやつであっても、木札をぶら下げた連中の事は信用しちゃいけないよ。
札付き。
この町ではそう呼んでいるけれど、世の中で言うところの冒険者のことさ。
あいにくとわたしはこの町から出た事がないから、世の中で言うところの、なんて格好つけて言ってみたものの、実際のところ人づてに聞いた話でしかない。
冒険者っていったら、あれだろう?
魔物退治専門の
田畑を荒らす魔物が出たと聞けば、出掛けて行って退治して、退治したのだからと、お百姓さん達からこれでもかと大金をむしりとる。
どこそこで未開のダンジョンが見付かったと聞けば、出掛けて行って、金銀財宝、古代の遺物、ダンジョンの壁のタイルひとつと残さず持ち帰っちまう。
魔王が復活したから討伐してくるのじゃ、とどこかの王様の
大筋でそんな感じで
聞いた話だから本当か嘘か知らないけれど、この町の札付きを見ている限り、信ぴょう性のある話に思えてならないね。
番犬達も札付き達も、魔物相手の
この町の場合、街中に出て来た魔物は番犬達の
一方、札付き達はダンジョン専門の魔物退治屋という事になっており、実際、ダンジョンがすぐ近くにあるのだ。
ダンジョンのほとりに町が出来たのか、ダンジョンを切り拓いて街を作ったのか、過程は諸説あるようだけど、この話は酒場でしたってウケが悪いから、真面目に覚えちゃいないのさ。
それに、ダンジョンだって?
あそこの事をダンジョンだなんて呼ぶやつは、町の外から来た連中だけさ。
そんななまっちょろい場所じゃないのさ。
ここの住人はみんな「地獄」と呼んでいる。
だって、悪魔が住んでいるのだから。
いくら何でも悪魔の事は知っているだろう?
この世の中で最も益体の無い連中の事さ。
悪戯が好き。
好きで好きで仕方がない。
三度の飯より悪戯が大好物で、程度といえば、最低最悪さ。
そんな悪魔の悪戯のせいで、いったいいくつの国が亡くなってしまった事か。つまり、数え知れない命が、
そんな悪魔の住む世界が、この町のすぐそばにある。
そんな物騒な地獄に、馬鹿な札付き達はこぞって出掛けて行くんだ。
まったく、命知らずも良いところさ。
でも、命を
なにせ、地獄の魔物は貴重なのだ。
そもそも、魔物の体っていうものは、動物なんかのそれとは違って、皮は上等な防具になるし、爪や骨は武器になる。機械の部品にもなる。血や体液は薬にも毒にもなるし、その他もろもろ、装飾品や高級品、それから日用品に至るまで、捨てる所が一切無いと言われるくらいに色々な品物に化けてくれるのだ。
そして、それらはうんと高値で売れる。
その辺の魔物でも、うんと高い。
でも、地獄の魔物と来たら違うよ。
うんとね、うーんとね。
まだ、足りない。
うううん、ううううん、うううううんうんと高い。
馬鹿な表現になるほどに、馬鹿高いのだ。
この世の中の一級品は、ほとんどが地獄の魔物が原材料になっていて、伝説のなんとやら、という類の逸品がまさにそれさ。
この町の、地獄の魔物と言ったら、町の外の魔物なんかとは比べ物にならないくらいに、びっくりするような値段で取引されている。
だから、札付き達は命を惜しまず地獄に出掛けて行って魔物を退治してくるし、地獄の魔物退治のおかげで、この町はよそよりも、うううんうんうんうーん、と栄えている。
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