第8話 準備万端?
『やめろ‼ もういい‼ もういいから‼ このまま行くから、頼むからもう何も奪わないでくれ‼ 』
うつ伏せに倒された蒼は自分の背中に座るアークに必死に訴える。今、蒼の背に座るアークが何をしているかと言えば、蒼のバタつかせる両足を抑えながら黒いテープのような物を丁寧に隙間なく太股から踝にかけて素早く巻いていた。巻かれたテープのような物は粘着力が非常に強いようで、巻かれた後は蒼の肌にピッタリと吸い付き多少の力で剥がすのは困難なのが肌越しに分かる。感覚的にはガムテープの数倍は粘着力がありそうだ。巻き終わりアークが手を離した直後、巻いた跡が溶けるように消えると巻かれた蒼の両脚がその部分だけ真っ黒になり若干厚みが増すとその分テープが重くなる。自分が今何を巻かれたのか、その正体が異様に気になった。
『さっきは笑って傷つけただろう。こんな格好にしたのは私だ、だからせめてお詫びにこの脚の見た目だけでも良くしようと………。』
見た目……そこまで聞いて疑念が確信へと変わる。蒼の脚は脛毛が生えているが、別に特別毛深かったり、汚く見えそうな痣がある訳ではない。今まで生きてきて自分の脚の見た目は綺麗とまでは言わなくともそこまで悪くないと思っていたが、そんな脚にアークは手を加えようとしている。テープのような物を巻いた後、その次はどうするのか。そんなもの、剥がしてしまうに決まっている。剥がすとどうなるのか……毛が抜ける、そして滅茶苦茶痛い。
『いらないいらないいらない‼ 』
蒼が必死に直ちに止めるよう頭の中で拒絶するも、アークに止まる気配はない。そして気づけば、アークは舌舐めずりし巻いたテープのような物の上端の方に手をかけていた。
『やめろおおおお‼ 』
『それぇ‼ 』
ベリリィ‼ ベリリィ‼
アークは素早く、蒼の両脚に巻いてくっついたテープを靴下を脱がすような感覚で
両手で2回、勢いよく剥がしてしまう。早業だった、一秒にも満たない時間でアークは両手を使い二本の脚に巻かれたものを剥がしたのだ。あまりの速さに、蒼は一瞬何も痛みを感じなかったが、すぐに両脚が悲鳴を上げる。そして。
「ギエエエエエエエエエエ‼ 」
蒼の悲鳴が部屋中に木霊した。途端、アークはすぐさま蒼から離れ蒼は両脚を両手で抑えゴロゴロと床を転げ回る。数秒後、蒼の転がる勢いが弱まったところで、アークはつま先で蒼の肩に触れ『念話』を再開した。
『ふう、美脚の完成だ。君に使ったものは特別製でね、これでもう二度と毛が生えることは無いだろう。見ろ、脚がピカピカだ。』
蒼が苦しい表情を浮かべるのとは逆に、アークは何かやり遂げたような清々しい表情をしていた。感謝してもいいんだぞと言わんばかりに口元に笑みを浮かべこちらを見てくるも、頼んでもいないのにこんな苦しみを与えてきた相手に感謝などする筈がない。
『お、俺の毛が……。』
自分の脚を見ると、アークの言う通り本当に毛が一つもなく、さらには光沢すら出ているように思えた。確かに、これなら美脚と言われても過言ではない。ただ、未だ毛が抜けた痛みが治まらず、我慢していたがとうとうあまりの痛さに涙が溢れてきた。
『おお、泣くほど喜んでくれるとは。やった甲斐があったというものだねぇ。』
『違う‼ 痛いんだよ‼ ああもう……。アークさ、絶対俺のことおもちゃにしてるよな。』
『まさか、おもちゃ相手にわざわざ道具を作ってやったり私の服を譲ったりする訳ないだろう。ただ、あえて言わせてもらえばこうして君の反応を見るのは……ふふ、滅茶苦茶面白いねえ‼ 』
そう蒼に伝えた途端、またもやアークは爆笑する。笑いながらお腹を抱えると、アークは蒼から離れフラフラその辺を歩き回った。
「このやろー……。」
一発くらい殴っても文句は言われないと思う。しかし、殴りかかったところで圧倒的なフィジカルの差で返り討ちにされるのは目に見えているため、蒼はグッと気持ちを抑えた。その後、笑い終えたアークは蒼のいる場所まで戻ってくると蒼の肩に左手を乗せ、右手で魔方陣を横に展開する。
『まあまあ、餞別にこれでもあげるから機嫌を直したまえ。』
そう言ってアークが魔方陣から取り出したのはウエストバックのような物だった。バック部分の大きさは大体高さ15、幅30、奥行15㎝くらいに見える。側面にはポケットは一切無く、メインファスナーが一つだけついたシンプルな作りだ。
『ウエストバック? 』
『君の言ううえすとバックは知らないが、確かにこれはバックだ。でも、これは只のバックじゃない。』
『もし魔道具って言うなら、俺には使えないぞ。』
『安心したまえ。これは試作品だが、魔力を必要としない魔道具なんだよ。だから君にでも扱える。』
前の魔道具の説明でこの世界の特殊道具の使用を諦めていた蒼だったが、自分にでも使えると聞いた途端、気持ちが昂った。
『おおマジか‼ ちなみにどんな機能があるんだ? 』
『君は単純だねぇ。機能としては収納以外持っていない。ただ、普通のバックと違うのは蓋を開けるとこの通り、このバックの持つ亜空間に接続できる。だから、このバックには見た目以上に物が入るという訳だ。』
そう言ってアークは蒼にファスナーを開いてバックの中を見せた。見ると、バックの奥はぐにゃぐにゃして見える青と紫と黒が混ざった空間が広がっており、試しに右手を中に突っ込んでみると肘の上まで入ったところで壁のような場所に触れることが出来た。その後、壁に沿って手を動かして見た結果、中の形は立方体になっているのが把握できる。亜空間というのは未だよく分からないが、このバックは見た目以上に中が広いというのは理解出来た。これなら、それなりの量の物が収納できるだろう。
『中々いいな、本当に貰っちゃっていいのか? 』
『構わないさ、どうせ失敗作だ。作ってみたはいいが収納できる量が少ないわ、バックの口以上の大きさの物は入らないわで、正直指輪の方を使った方が全然使いやすいという結論になったしね。』
確かに、既にあの指輪の存在を考えれば使わないのも納得できる。とはいえ、自分からしてみればオーバーテクノロジーといってもいい代物だ。そんなものがタダでもらえるとなれば感謝でしかない。
『それじゃあ遠慮なく。』
そう言って蒼はアークから受け取るとウエストバックを腰回りに装着する。一応、帯の長さ調整は出来るみたいだが、バックは苦しくない程度に腰に密着しているため調整の必要は無さそうだ。
『思ったより似合っているじゃないか。腰から下だけならね。』
『うるさい、ほっとけ。持ってた漫画、渡してもらっても? 』
『ああ、そうだね。あとこれもだ。』
『ども。』
アークから漫画と探知器を受け取ると、蒼はウエストバックの中にしまい込む。そして、最後に自分の財布をバックの中に入れるとファスナーを閉じた。
『これで準備は完璧だね。』
『いや、まだいろいろ足りないんだけど……。』
これだけやってもらって図々しいのは承知の上だが、せめて一食分くらいの食料や飲料が欲しいところだ。食料無しにこのまま外へ出ても数日持たないのはこの世界に来てからすぐ経験済みだ。いくら道具を貰ったとはいえ、このまま探しに出たとしても自分の探す相手が見つからなければまた同じことの繰り返しになってしまう。そうなれば今度こそ自分は飢え死にするだろう。そう考えていたところで、突然アークの表情が険しいものに変わる。すると。
チリンチリーン。
甲高いベルの音が部屋中に木霊した。
『気のせいじゃなかったか……。』
『え? 何が? 』
『アオ。もう二度と会うことは無いだろうが……いや時間が無い、さらば‼ 』
そう伝えると、アークはパチンと指を鳴らす。直後、隣の壁についた全身鏡が発光し、中の見える景色が歪みグルグルと渦を巻き始めると蒼の腕をグッと掴んでその中へ放り込んだ。
『ちょ⁉ どゆこ……。』
ボチャン。
そのまま鏡にぶつかると思われた蒼は、なんと鏡の中へ入り込んでしまったではないか。それを確認したアークはもう一度指をパチンと鳴らし、全身鏡を元の状態に戻すと今度は魔方陣から小型の戦槌を取り出してそれで全身鏡を叩き割った。
バァン‼
全損した全身鏡はバラバラと床に落ちていき、それを見ながらアークは大きく深呼吸する。
「これでよし。あとは……。」
先ほど鳴った音はこの家の周りに張ってある結界に何者かが侵入したことを知らせる警告音だ。あと少しすれば扉を開けて中に入ってくるだろうが、アークにはここへ訪ねてくる人間に心当たりがあった。そしてアークの取った行動は。
「なあーーーーーーー‼ 」
部屋の真ん中でわざとらしく大声で悲鳴を上げた。
うっかり異世界に来ただけなんだから、魔法なんて使える訳無いだろ? 天翔登 @zyushitukai
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