第7話 服を貰う

 

「@#$%&Kーー‼ 」

「うおぁ⁉ 」


 突然の大声でさっきまで寝ていた蒼は机の上から転げ落ちる。これで何度目だろうか。声のした方を見ると、そこには自信に満ちた表情をしたアークが立っていた。


「GY#$6%PL、HY#@MHG&%。」

「うん、全然分からん。」


 アークが何かを言っているのは分かるのだが、『念話』無しだと全く意味が分からない。それをどうにか伝えるために、蒼が自分の口の前で右手を二回開いて閉じ、最後に首を傾げて両腕を左右にVの字に広げ、手の力を抜き何を言っているのか分からないことを表現すると、アークはハッとして魔方陣から何かを取り出した。取り出したものは鉱石のような素材で出来た黄色い腕輪のようなもの。それを手に取ると、アークは蒼に向かって投げて渡す。


「これは……何かの腕輪? 」

「GH&%%KW$#。」


 アークが自分の右腕を出して手首に指を指しているのを見ると、それを腕に着けろと言う解釈になるのだろうか。とりあえず、蒼は渡された腕輪を右手首に装着してみる。すると。


『どうだい? 声は聞こえているかな? 改めて、おはよう。』


 なんと、アークの声が頭に響いてきた。この感覚はつい昨日経験したことがある、『念話』だ。ただ、話によれば『念話』は使用者が対象者に触れていないと使えないはずだが、今着けた腕輪によって例外が発生しているのだろう。アークを今一度見てみると、左手首に自分が今着けたのと同じものが手首についている。ひょっとすれば、それを付けている者同士なら『念話』をする際、触れる必要が無いのかもしれない。蒼は早速、頭の中で会話文を思い浮かべてみた。


 こういう便利な道具もあるんだな、おはようアーク。


『私の言葉は分かるだろう? 挨拶くらい返したらどうだい? 』


 あれ? 通じてない。


 昨日と同じ要領で頭の中で自分の言いたいことを考えたのもかかわらず、アークには自分の言葉が伝わっていないようだった。自分の腕輪が壊れているのだろうか。いや、壊れていればそもそも『念話』が聞こえてこないだろう。


『おい、聞こえているかい? アオ? 』


 バッチリ聞こえてるって‼


 どんなに強く頭の中で叫んでもアークには聞こえていないようだったため、代わりに蒼は全力で何度も首を縦に振った。それを見たアークは、何か不審に思い蒼の方へ歩いていくと蒼の肩に手で触れる。


『聞こえてるって‼ 』

『うわ⁉ 声が大きいよ君。』


 急に頭の中に大声が響いたことでビクッと身を震わせたアーク。しかし、その様子から自分の声がしっかりと伝わったことが分かり、蒼の表情はホッとして柔らかなものに変わる。


『やっと通じた。おはようアーク。』

『ああおはよう……ふむ、その反応だとこの腕輪を付けた時点で私の『念話』はちゃんと聞こえていたようだね。ということは別にこれは壊れてはいない、と。ならどうして………。ああそうか、そういうことか。』


 何か合点がいったアークは、蒼の肩に置いた手で蒼の肩を揉み始める。


『この腕輪って互いが触れていなくても念話が出来るようになる道具じゃないの? 』

『いかにも。この魔道具はこれを付けている者同士ならどこにいても念話が出来るようになる道具だ。ただ、これは魔道具なんだよ。』

『魔道具? 』

『そう、魔道具。魔道具は使用するために魔力を流す必要がある。だが、君には魔力が一切無い、道理で使えない訳だ。』

『マジか、この世界じゃ俺道具もダメなのか……。』


 当然のことながら、この世界の人間ではない蒼には魔力が無い。それは蒼にとって、この世界では自分だけ魔法が使えないくらいの認識だったが、使える道具にも制限が掛かるとなると今更ながら自分に魔力が無いことが深刻なことに思えた。万が一、元の世界に帰る方法が魔道具を用いるものだった場合、自分一人ではどうすることも出来ない上、この世界じゃ人外扱いされる自分では人に頼るのも困難だろう。改めて、自分がこれからやろうとしていることが実に厳しいことなのを思い知らされる。とはいえ、ここで悩んでもどうにもならないため、気分が落ち込む前に蒼は話題を変えた。


『あそうだ、昨日言ってた道具の方は完成したのか? 』

『もちろん完成したとも。でも、見せる前に朝食にしようじゃないか。』

『分かった。』


 数少ない貴重な所持品であるスマートフォンを譲渡してまで作ってもらった道具。現状、それに自分が帰れるかどうかが掛かっていると言っても過言ではない。アークの作った道具に期待しつつ、蒼はアークに連れられ居間方へ移動する。朝食で出てきた物はフランスパンのようなパンに、野菜の入ったスープ、厚切りベーコンのような物が数切れだった。異世界産のため野菜は見たことない物だったり、肉は何の肉か分からなかったりするが、アークが笑顔で食べているのを見るとこの世界では一般的なのだろう。お腹も空いていたため、蒼もアークに続くように朝食を食べ始める。味の方はまあ、可もなく不可もなくといったところだった。ただ、あえて言うならベーコンのような物の味が薄く、スープは若干塩味が強かった。互いに食べ終わったところで、アークは足を伸ばして蒼の膝に触れてくる。それを『念話』の合図だと捉えた蒼は、頭の中で会話文を考え始めた。


『そういえば、昨日のうちに作ったって言ってたけど、ちゃんと寝たのかアーク? 』

『もちろん。あの後30分で作ってすぐ寝たよ。』

『30分って……それ大丈夫なの? 』

『失礼な、製作時間は短くとも半端なものは作らないよ私は。ないよりはマシ……じゃなくて、ちゃんと君を導いてくれる道具を作ったさ。もちろん、それは君にも扱えるよう魔道具じゃなくて普通の道具に仕上げておいた。』

『なんか不安になる言葉混じってたぞ……。』

『気のせいだろう。さて、君が気になって仕方ない私が昨日作ったものは、これだ。』


 そう言ってアークは魔方陣を展開し右手を中へ突っ込むと何かを取り出す。取り出したものは手のひらサイズの円形で中に針の形をした赤い結晶が入っている、元の世界で言う方位磁針のような物だった。


『これは……。』

『まあ、簡単に言えば探知器だね。この世界の異物を探すのに特化した、こんな風に。』


 そう言ってアークは探知器をテーブルに置き、一度足を蒼の膝から離すと蒼のいる場所まで移動する。そして、魔方陣から昨日貰ったスマートフォンを取り出すと、置いた探知器に向かって何かを呟いた。蒼には何も見えなかったが、アークが呟いた直後、今まで探知機をコーティングのように覆っていたアークの魔力が飛散し、探知機は解放され正常に作動し始める。すると、探知器は早速反応したようで中の結晶がアークの持つスマートフォンを指し強く光り輝き出し、それを確認したアークは隣にいる蒼の肩に手を置いた。


『結構眩しく光るんだな。』

『対象物が近くにあると発光する仕掛けにしておいた。そして索敵範囲内なら近くに無くともどこにあるかくらいは方角で示してくれる。これなら、魔力の見えない君にも分かりやすいだろう。』


 少し自分も眩しいと思ったのか、アークも探知器の光に目を細めるとすぐ出したスマートフォンを自分の魔方陣の中へ放り込んでしまう。しかし、これで収まると思われた光は消えず、蒼のいる方向を指して結晶は停止したままだった。故障だろうか?


『なんで光ったまま? スマホはこの場から消えたのに。ていうか、本当に眩しいな。』

『……そうか服だ。今君の着ている服に反応しているんだ。本当に眩しいね。』


 原因が分かったものの、探知器をしまった方が早いと踏んだアークは探知器の近くに小さく魔方陣を縦に展開すると、ひょいっと右から左に魔方陣を動かし探知器を中へしまい込む。そうして2人は、一先ず眩しさから解放されたのだった。


『ちょっと目がチカチカする……。』

『この世界の異物……蒼の服に反応するのは当然のことか。ふむ、実際に作動させるまで気づかなかったのは失敗だな。さて、どうしたものか……。』


 困ったアークは、一度蒼から手を離すと離した手で頭を掻きながら考え込んでしまう。その後、考えがまとまったのか、もう一度蒼の肩に触れるととんでもないことを言い出した。


『よしアオ、今すぐ全ての服を脱ぎたまえ。』

『は? 』

『だから脱ぐんだよ。もちろん下着も一緒にだ。ちなみに、君が今身に着けているもの全てが対象だからね。』


 理屈は分かる。このままにしておけば探知器が探したいものに反応してくれなくなるのは確かだ。ただ、いきなり女性の前で全裸になれと言われても困る。すごく困る。


『やめろよ‼ 正直あげたくなかったスマホも渡したのに⁉ これ以上俺から何を奪うって言うんだ‼ 』

『ほう、素直に従わないか……ならば問答無用‼ 抵抗するなら力ずくといこうじゃないか‼ 』

『ぐおぁ⁉ 』


 アークとの距離がゼロ距離だったのが余計マズかった。蒼が逃げようとする前に蒼の肩を持っているアークがそのまま掴んで蒼を床に押し倒し、馬乗りになると初手でTシャツの襟を掴みそのまま下に強引にビリっと破り取ってしまう。


『いやああああああ⁉ 』


 何という力だろう。Tシャツの生地は少し厚めだったはずだが、力む素振りも見せずにアークは軽々と破ってしまった。やはり、この世界の人間は自分の住む世界の人間とは規格が違う。


『はは、いい声で鳴くじゃないか。観念したまえ、よ‼ 』

『やめろおおおお‼ 』


 蒼も全力で抵抗しようとするも、アークの力が強すぎて全く歯が立たない。止めさせようとアークの両手首を両手で掴んで力を入れるも、アークの動きが阻害される様子は一切無く軽やかに動き続け、掴んだ手もすぐ離されてしまう。そうしているうちに服の剥ぎ取りはどんどん進み、馬乗りになったアークに靴や靴下、ついにはズボンまでも脱がされ、最後にはパンツ一枚になってしまった。ここまで剥けば流石にアークの手も止まるとも思ったが、そんなことも無く最後の下着にアークは手にかける。


『そ、それだけは許……。』

『ふはははは、それぇ‼ 』


 テンションの高ぶったアークは止まることを知らない。


 ビリィ‼ 


 蒼のパンツは脱がされることも無く、最後の下着はアークの片手の力だけで破り取られてしまった。もう、蒼を隠すものは何もない。蒼は全裸になった。


『…………。』

『ふうん。意外と立派なものを持っているね。それじゃあ、今後のためにも君の服は勝手に処分させてもらうよ。』


 そう言ってアークはズボンのポケットから蒼の財布を取り出して蒼の露わになった胸部の上にポンと落とすと、剥ぎ取った衣類全般を宙に投げる。そして。


「『R&Y#K』」


 ボウ‼


 無慈悲にも、アークの手から放たれた炎がそれらを全て焼き尽くしあっという間に灰にしてしまった。どこまで容赦が無いのだろう。


『お、俺の服が……。』

『安心したまえ。代わりの服はちゃんと用意してあげるよ。それまで少し待っているといい。はあ、それにしてもちゃんと生命体に反応しない仕様でよかったね。もし反応する仕様だったら、持ち主のアオに反応して使い物にならなくなるところだよ。』


 そうして、アークは一度全裸の蒼を部屋に残すと、服を探しに居間から出て行ってしまった。


「ちくしょう、俺が……俺が何したって言うんだ。」


 蒼は残った財布を大事に両手で抱き寄せると縮こまって一筋の涙を流した。10分後、蒼が正座で全裸待機して待つ中、ようやくアークが戻ってくる。アークは蒼の態勢に少し驚いたようだったが、『念話』をするためにもまず蒼に近づき蒼の頭に手を置いた。


『待たせたね。』

『まず、頼むからパンツをくれ。』

『いいとも。』


 アークは魔方陣を展開すると、中から一枚の布を取り出しそれを蒼の手の上に乗せる。


『え? これって……。』

『パンツだ。』

『いや、それは分かる。分かるんだけどさ……。』


 蒼が今手にしているのは緑色のローライズ。男性用にしてはあまりに丈が短く、はけばイチモツがはみ出てもおかしくない代物だった。


『これ絶対女性用だよな。』

『私は女で独り身だぞ。そんな私が、買いに行っても無いのに男性用の下着なんて持っている訳無いだろう。安心したまえ、これは未使用だ。』


 そういう問題ではない。


『ほ、他には無いの? 』

『え? もっと可愛い方がいいって? 』

『違ううううう‼ そうじゃなああああい‼ これならまだ褌かノーパンの方がマシだよ‼ ちなみにズボンの方は? 』

『これだけど? 』


 そう言ってアークが見せてきたのはデニムっぽい生地のホットパンツ。もう、明らかに女性用で丈が短いのは言うまでもなく、蒼が男性なのを考慮せず本当に今あるものをそのまま持ってきましたという感じだった。


『いあああああああああ⁉ せ、せめて長ズボンとかは無いの? 』

『無い、あるものしかないのだから諦めたまえ。それとも、選り好みしてずっとこのままでいる気かい? 』


 ずっとこのまま……つまりは全裸。アークの様子を見るに本当にこれ以上は服を出さないだろう。そうなると自分が着るか着ないかの二択だ。なんて酷いことをしてくれるのだろうか。


『く、くぅ……くうぅぅ……くうぅぅぅ………屈辱。』


 仕方なく、本当に仕方なく蒼はアークから渡された衣類を渋々とゆっくりと着始める。着始めるとアークは蒼から手を離し一度『念話』が途切れることとなった。


 はぁ、罰ゲームだよなこれ……。


 生まれて初めてはく女性用のパンツ。はくことは出来たものの、やはり前の方がもっこりしてしまい、とても他人には見せられない醜態だ。そしてその上にホットパンツ。なんとかはけたものの、サイズが少し小さく、ピチピチして尻のラインが強調されてしまう結果となった。上の方はTシャツのような黄色い服が一枚、あとは白い靴下に紐付きのエンジニアブーツのような茶色い靴を履いて一通り着替え完了だ。今の自分がどんな格好になっているのか、正直考えたくもない。今鏡を見て自分の姿を直視したなら、ショックで発狂してしまう自信がある。だというのに。


「AHAHAHAHAHAHAHAHA‼ 」


 アークは蒼の姿を見て容赦なく笑い、さらには笑い転げると床に膝をついて必死に腹を抱え、更には床を手で叩き出す。その瞬間、グッと堪えていた蒼の感情は爆発した。


「あああああああああああ⁉ 俺の趣味じゃない‼ 俺の趣味じゃない‼ 仕方なかったんだよおぉぉぉぉ‼ 」


 これから俺は、この先こんな格好で頑張らないといけないらしい。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る