第6話 超える


 身体中が痛む。

 腕も足も、凄く痛い。


 ラフィーは箱から出た赤い光に目をやられ、その直後に来た物凄い爆風に吹き飛ばされ、壁に全身を強打、意識を失っていた。


 爆風の影響か、小さな石やガラス片等も飛ばされラフィーの手足からは至る所に細かい切り傷が出来ていた。


 数刻した後、気がついたラフィーは朦朧とする意識の中で何が起きたのか状況を考える。


 さっき見えた赤い光はなんだったのか。

 この箱の中の"アレ"はなんなのか。

 外の音と風は爆弾だったのか……


 だが、今はそれどころでは無い。


 身体を起こしたラフィーは周りを見回す。


 あれだけの爆風だ。この部屋の中だって相当酷いことに……なってない?

 どういうことか、部屋の中はガラスや細かい石などが飛んできてすこし散らかってはいたが、そこまで酷いこと状態にはなっていなかった。


『ああ、衝撃波だけ防げなかったか。ラフィー、大丈夫か?』


「!?!?!?」


 いきなり、どこからか声を掛けられ驚き、キョロキョロするラフィー。


『おい!こっちだ。ここだココ!』


 声の出どころはあの箱だった。

 あの箱から声が漏れ出していた。


『すまないなラフィー、衝撃波を抑えらんなかった』


「い、いえ…そんな事は……」


 状況に頭が追いつかないラフィー。

 そんな事に関係なく、箱はしゃべり続ける。


『いやぁ、何かあった時のために力を貯めといてよかった。ラフィー、お前怪我してないか?大丈夫か?』


「あ、はい。ちょっとだけ……」


『あー、やっぱ怪我しちまったか…ごめん!守りきれなくて!』


「いや、その……はい。大丈夫です……」


『本当にごめん!後で治すから。その前にとりあえず、"アレ"がまた来る前に動こう』


「あ、わかりました……」


 何がなんだか分かってないが、とりあえず動かなければ命が危ない。

 ラフィーは痛みで軋む身体を直ぐに起こし、箱を持ち窓から外を確認する。


 そこで見た景色は全て変わっていた。

 古びた石やレンガで出来た街並みが広がり、風化を待つだけだった街が、完全に無くなっていた。

 広がるのは瓦礫の広がる爆心地の光景。向かいにあった建物も、左右にあった住宅も全て爆破されていた。


 ラフィーはある事を思い、直ぐに裏庭を確認に部屋の反対の窓に走る。

 母が大切にし父が作業をしていた裏庭、それはラフィーにとっても大切な場所だ。

 ラフィーの父と母との大切な思い出の場所、そこがもし周りと同じになってたら……

 ラフィーは階段を下り、踊り場にある窓から顔を出し確認する。


 そこには……


 無傷の裏庭が残っていた。


「はぁぁ……」


 大きな溜息をつき、安堵をする。よかった、ただただよかった。

 そう思いつつもこの状況が明らかにおかしいと感じる。

 少し顔を上げ、窓からもう一度周りの景色を確認する。やはり周りは完全な瓦礫の山だ。

 なのになぜここだけ完全に無傷なのか。


『どうした?そんな溜息ついて』


 箱からラフィーを心配する声が聞こえる。


「いや、大切な場所が残ってたから安心して…」


『そうか、それならよかった。さぁ、早く移動しよう』


「移動って、どこに?」


『ここでは無い"トコロ"だよ』


 何か微妙な違和感がある言葉にラフィーは少し顔をしかめる。

 ここでは無い"トコロ"とは一体……


『あ、その前に私をここから外に出してくれないか?』


 悩み思考していたラフィーを箱は言葉を発し、直ぐに現実に引き戻す。


「外に?」


『ああ、外に』


「???」


 ラフィー困惑。


『あー、ごめん。私はこの箱では無いんだ。この箱の中身の私を出て欲しいんだ』


「え?あっはい」


 ラフィーはとりあえず言葉に従い箱を手に取り蓋を開ける。


『ふぅ、これでようやく顔が見れる』


 不審な言葉を発する謎の"声"。

 箱の中からその声のするものを探すと、その主はやはりあの見知らぬブローチだった。


⦅よかった。これでいつでも守れる……⦆

 小さく呟かれたこの言葉はラフィーの耳には届かない。


「あなたは、このブローチ?」


『あぁ、そうだよ。私はこのブローチなんだ!さぁラフィー、ここから移動しよう』


「移動って言ってもどこに?」


 外は瓦礫の山、まだ爆撃の可能性もある。そんな時に一体どこに移動するのか。


『……ここの、地下だ』


「……地下?」


『あぁ、とりあえず私を胸元に着けて階段を降りてくれ。そうしたら分かるから』


「は、はい。わかりました」


 とりあえず指示に従い"ブローチさん"をシャツの胸元に着けて移動する。

 だが、ラフィーの記憶ではこの建物に地下があるとは思えない。

 このブローチさんは何をするのだろうか?


 ラフィーはそんな事を思いつつ、階段を降りる。


 1階に着き、周りを見渡す。

 左にキッチンとダイニング、右に小さなリビング、後ろには階段と階段脇の廊下の先に裏庭だ。


『裏庭に出てくれ!』


 ラフィーは指示通り裏庭に出る。

 母の花壇と父の日曜大工コーナーが目に入る。


『よしラフィー、そこの作業台に向かってくれ。』


 とりあえず作業台の所に立つ。

 遠目から車の音が近づいてきているのが聞こえる。


『やばいな、もう来たか。ラフィー!この作業台をどかしてくれ。そしたら作業台の下に扉がある!』


「扉?」


 言われるまま作業台を奥にずらし、足元を見てみる。

 芝生が少し伸びているただの地面にしか見えない。とりあえず足で作業台のあった場所を探ってみる。

 すると、"カチン"という音が足元からした。


『それだラフィー。その取っ手を掴め』


 芝生の下にあったのは金属のリング状の取っ手。こんなものがという驚きはあったがラフィーは直ぐにその取っ手を掴む。


「えっ!?」


 取っ手を掴んだ瞬間、胸につけたブローチさんが光出した。そして扉が勝手に外向きに開いた。


『ラフィー、時間が無い!早く扉を潜り地下へ!』


 車の音が少し近いところまで来ている。

 車の音とともにラフィーの緊張感が高まってくる。


 ラフィーはもう何も気にせず扉をくぐった。

 扉の中は狭く、螺旋に石造りの階段が下に伸びていた。


 不安な気持ちに駆られるが気にしていられない。ラフィーは駆け足で階段を下る。


 10段


 20段


 30段


 40段


 50段


 一気に駆け下りるといきなり視界が開けた。


 階段を下った先は1つの広い空間が広がっていた。

 広さは家の敷地より一回り広いぐらいの空間で、高さは4階建ての建物がすっぽり収まりそうなぐらいだ。


 この空間をよく見ると壁と天井に意味ありげな模様が全面に広がっていて中央の広場にも模様が施されていた。

 広場の周りは堀が掘られていて、覗いてみると下から風が吹き上げてきており、底が見えないほど深く掘られていた。


『よし、到着だ。ラフィー』


 ここが目的地。

 でもここで何をするんだろう?

 不思議に思うラフィーに気づいたか、ブローチさん声をかける。


『心配するな。これで移動できるから。さぁ準備をするぞ!ラフィーこの部屋の中央に行ってくれ』


 ラフィーは焦りと疑問を抱えつつも広場の中央に足を動かす。


 1歩1歩進みながら周りを観察していく。

 四方の壁と天井は同じ模様と文字が書かれているが、足元のだけ少し模様が違う。

 天井とかの模様は星が散りばめられたような模様があるが、足元のは月や太陽のような模様が入っている。

 文字も見たことがない文字が模様に施されている。


 そして、広場の中央に着いた。

 すると、階段に続く通路が"ドン!"という音とともに上から石壁が落ちてきて閉まった。


『よし、時間だ。ラフィーさっき言った事覚えてるか?』


「さっき言った事?」


『あぁ、ここでは無い"トコロ"に行くと言ったろ?』


「う、うん」


『今からそこに移動する。その手順を言うから従ってくれ』


「ここから移動するの?」


『そうだ。ここからだ』


「……わかった」


『…じゃあ教える。まずはこの床の模様の太陽の所に行ってくれ』


 ラフィーは中央右上にある太陽の所に向かう。


『この中央に穴がある。分かるか?』


「うん、あった。小さい穴」


『そしたら私を外して私の裏を見てくれ』


「ブローチさんの裏?」


 ブローチさんを外し裏を見る。


『ピンの下に小さなスイッチがあるだろ?そこを押してくれ』


 確かにピンの止まっている所の下に小さなスイッチがあった。


 言われた通り押すと"キン!"という音がして、ブローチの上から小さなナイフが飛び出した。


「こ、これをどうするの?」


『悪いんだがラフィー、このナイフでちょっと指を切ってお前血をあの穴に入れてくれないか?』


「えっ!血を?」


『あぁ、痛いとは思うが頼む』


 痛いのは嫌だがそうしないとならないのはブローチさんの声色でわかったラフィーは、素直に人差し指の腹をナイフで切り、穴を血で満たした。


「で、できたよ」


『ありがとうラフィー。次にお月様の所に行ってくれ』


 太陽とは逆方向に三日月の模様があり、移動する。


『よし、ラフィー。さっきのブローチのスイッチを押してナイフを仕舞ってくれ。そしたらお月様の先端にまた穴があるからそこに私をはめてくれ。』


 三日月の先端に穴があったので言われた通りラフィーはブローチさんをそこにはめる。


 その時外の音が少し聞こえ、車が家の近くまで来たのがわかった。


『もう来たか、時間が無い。ラフィーラストだ!真ん中に戻って模様の中央に手形がある!そこに右手を当てるんだ!』


 ラフィーは走って模様の中央に行く。

 そこにはラフィーより一回り大きく描かれた手形の模様があった。


 ラフィーは深呼吸をして、手形に手を重ねる。


「やったよ!」


『わかった!行くぞラフィー!!』



 ブローチさんの声が部屋に響くと、全ての模様が光出した。


 壁と天井は星の模様が動き出し全ての壁を埋めつくした。

 そして床は、太陽に入れたラフィーの血が床の模様全てに走るように行き渡り、赤く輝き出す。


『……準備完了!!』


 ……遍く星々よ……

 ……我が思いを聞き届け……

 …我が太陽を…

 …我が月を…

 …彼の地に送りたまえ……


 広場いっぱいに響くブローチさんの不思議な言葉を聴きながらラフィーはその幻想的な光景を見つめる。


 そして、全ての模様が一気に輝く。



 ……さぁ帰るぞ、ルイーザ……



『……転移!!』


 目の前が真っ白になり、光も音も遠ざかる。


 そしてラフィーはこの地を離れた。

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