プロローグ3『義妹』

「おかえりなさい。お兄ちゃん」

「・・・まだ玄関だぞ唯」


 帰宅早々、胸に飛び込むように抱きつくのは、妹の唯だ。

 妹・・・とは言うものの、血は繋がっていない。

 よくある話だ。親の離婚で背負って行かれた先の再婚相手に、自分より一つ年下の女の子が居た。ただそれだけの話。


 ・・・6年も同じ屋根の下で暮らすと、自然と本当の兄弟の様になる。


「お母さんは?」

「今日も帰れないって。さっき連絡来たよ」

「そっか」


 未だ抱きついて離れない妹の頭に手をぽんと乗せて、手提げバッグをそっと置いた。

「今日も待ってたのか?」

「・・・うん」

「出迎えなんていいのに」

 いつからか唯は玄関先で俺の帰りを待つようになっていた。

 寂しさ故の行動なのか、或いは。

「私が待っていたかったの」

「・・・」


 時折、妹は思わせぶりな行動に出ることがあった。


「今日はどうしよっか。買い置き何かあったっけ」

 リビングに入って、晩御飯の献立を考える。

「それじゃ、ビーフシチューにしよ?冷凍だけど、牛肉の余りもあるし」

「・・・よし。そうしよう」


 冷蔵庫から玉ねぎと人参、シメジを取り出して、まな板に広げた所で。

「あ、私がやるから、お兄ちゃんお風呂入ってきていいよ?もう沸かしてあるの」

「そっか?・・・じゃあ、お願いしようかな」

「うん」

 気弱そうな笑み。

 思わず守りたくなるような相貌だ。

 低い身長、華奢な体躯がより一層その感を強めた。


「ふう・・・」

 ショートカットって言うのは、妹の髪の長さくらいなんだろうか。

 やっぱりあまり分からないけれど、日奈よりは短い。


「・・・お兄ちゃん」


 バシャ、バシャン。

 声を掛けられただけなのに、慌てふためいてお湯を辺りにばら撒いてしまった。

「お兄ちゃん?」

「あ、いや、ごほん。どうした?唯」


「・・・お風呂、入ってもいい?」


 唯は妹だ。今までもそう思っていたし、そのように行動もしてた。

 ・・・別に、妹なら問題ない。けれども。


「あー、えっと、ビーフシチューは?」

「もう出来たよ。後は少し煮込むだけだから、持て余しちゃって」

 扉越しで視認出来ないけれど、眉をハの字にして照れ笑いを浮かべている様子が目に浮かぶ。

「そ、そっか。うん、俺はいい・・・けど」

「本当?良かった、それじゃあ今行くね」


 衣擦れが聞こえる。

 扉にシルエットが浮かんで、丁度シャツをまくっている所だ。

 ハッとなって、壁の方に体を向けた。


 ・・・俺が照れる。


「入るね」


 サーと扉がスライドし、ギギっと地面が軋みを上げる。

 唯が入ってきた。

 大丈夫、タオルは巻いているはず。湯船に浸かって壁を見ていればいい。


 桶を手に取り、湯浴みする妹。


 そして、妹も湯船に体を沈めるのだ。


「・・・っ」

「どうしたの?お兄ちゃん。・・・別に、普通にしてていいんだよ?」

 ・・・状況を理解した上で言っている。

「恥ずかしがらなくていいのに」

 そんな無茶な。


「見てもいいんだよ?」


 唯は妹。唯は妹。唯は・・・。


 !!?


「ゆ、ゆい?」

「せっかく一緒に入ってるのに、寂しいな」


 背中に凄まじい肉感が迫っていた。

 まるで玄関先でした時の様に、ひしと俺を抱きしめる唯。


「背中、洗ってあげるね」


 耳元で囁くなよ・・・。



 湯船から上がり、宣言の通り背中を洗う唯。

「・・・どう?」

「うん」

 ゴシゴシと優しい手つきで擦ってくれる。

「お兄ちゃんも男の子なんだね・・・」

「ん?」


「あ、ううん。筋肉が・・・すごい、固いね」

 そう言って、つー・・・と背中を指でなぞった。

「そ、そっかっ。ありがと、もう充分だよ」

 半ば強引に終わらせて、泡を流す。


「・・・私も、背中洗って欲しいな」

 ずっと俺の背中に手を触れている。

 何のつもりだろう。

「あ、ああ。分かった。代わるよ」

 出来るだけ唯の方を見ないように、俺にも使っていたボディタオルを受け取って、妹の背に就いた。

 再度ボディソープを揉ませ、泡を重ねた。


 ・・・細い体だな。

「・・・痛くないか?」

「うん。大丈夫」

 目のやり場に苦労しながら、上から下へ段々と流れていく。

「腕も、お願い」

「あ、ああ」

 妹の手首を持って、肩の方から指先に目掛けてすうと撫でていく。

 天地を返して、内側も同じように。


 わき辺りに到着した所で、少し悩んだ。

 

 すると。


「横も洗って・・・?」

 と言って、俺の手を軽く添えるように掴んで、誘導するように脇腹をなぞっていく。

「んっ・・・」

 こそばゆいのか、少し肩を跳ねさせた。

「・・・っ」


 そして手を握ったまま、今度はおへその方へと手を持っていく唯。


「おい・・・っ」

「このまま・・・」


 仕方なく、唯に預けた。


 どことなく、唯を片手に抱いているような体勢。

 やや顔が近くなったからだろうか。唯の息遣いが妙に聞こえていた。


 そして、その手は段々と上に上がって行って。


「はあ・・・んっ」


 親指、それから前腕に重たい感触がした。

 重たく、されど滑らかで柔らかい。


 ・・・っ!


「よ、よし!じゃあ俺先に上がって準備してくるからっ。唯は、ゆっくり入ってていいから・・・っ」

 慌てて外に出て、まだ付いたままの泡を見る。

 それから、頭を抱えた。


 ・・・妹は時折、思わせぶりな行動をする。

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Tears effect 渡良瀬りお @wataraserio

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