プロローグ2『後輩』

「それじゃ、あたし先に行くから」

「あ、おい」

 学校の少し手前。

 明らかに照れた様子の啼瑠は、言うとすぐに行ってしまった。

 数年ぶりに話して、お互いに成長したところを確認しあって、啼瑠は変わっている事に気が付いた。

 ・・・あの態度は、明らかに。

 頭を振って、背を辿った。



 すぐに下校のチャイムが鳴り響いた。

 啼瑠は同じクラスで、最後列に位置していた。

 ふと見やると、どうやら啼瑠もこちらを見ていたようで、慌てた様子でそっぽを向く。

 なぜかぷりぷりとして口をへの字に顰めてるのだけど、その真意は分からなかった。

 特に下校について何か言われて居た訳でも無いから、俺は一人、荷物を持って階段を下りる。


「――な、いるだろ?」

「ああ。誰か待ってんのかな」

「あの子中学生、だよな。かっわいい~」


 玄関付近で数人の男が噂話に勤しんでいる。

 物陰から校門の辺りを覗いているみたいだ。

 その人達を訝しみながら靴を履いて、俺もその中学生とやらを見つけたのだ。


「あ、先輩。お疲れ様です」

「・・・日南ひなみ

 

 目が合った途端に小走りで駆ける少女。

 

「もう、二人の時は日奈って呼んでください」

「周りにいっぱい人がいるじゃないか」


 日南日奈。中学の時縁あって知り合った一個下の後輩。

 特に仲良くなるようなキッカケも無く、ただ当たり障りのない返事をしていただけだと思うのだけど、気が付けばこんな風に懐かれていた。


「それじゃあ、帰りましょうか」

「ちょっ・・・馬鹿・・・っ」


 自然に手を握って、肩を密着させる。


 辺りが気になって、ちらっと周囲を見ると、男子からの視線が大変刺さっていた。

 もう諦めて、このまま進む。


「・・・お前はずっとショートカットなんだな」

 左目の泣きぼくろを見ながら呟いた。

「誰と比べてるんですか?まあ、どっちかと言うとミディアム寄り・・・なんですけどね」

 ただの男子高校生がそんなに詳しく髪の毛のあれこれを知っている訳が無い。

 けど、今のでミディアムって言葉があるのは覚えた。


「それより、どうしてここに来たんだよ。なんて言うか、ちょっと恥ずかしかったんだけど」

 要らぬ敵を作った気がしてならない。

「私もここに通うので。その下見って感じです」

「へえ、意外だな。もっといいとこに行くって思ってた」

「そうですか?私が先輩と違う学校に行くわけないじゃないですか」

「それは・・・初耳だな」


「だって私、先輩の彼女候補ですし」


「えっ、は!?」

「・・・もう、驚きすぎですよ?そんなの、ずっと前から分かってたじゃないですか」

 言いながら俺の肩に顔を預ける日奈。

 とても安心しきったような様相を呈して、まるで既に長い年月を共に過ごした様にゆったりとした顔で目を瞑る。

 ゆっくり歩いているとはいえ、少し身を預けすぎのような。

「い、いや、それも初耳なんだけど・・・。あと、中学校の制服って事もあって、背徳感がすごいんだけど」

「そうですか?良かったですね、可愛い後輩を独り占め出来て」

 ぎゅっと握る手に力が籠められる。

「あ、おい・・・。同じ制服だったらまだしも、中学生とこうして手を繋いで下校ってのは、ちょっと問題じゃないか?」

「そう・・・なんですかね。私は全然気にしないです。寧ろ、ちょっと優越感?」

「俺が気にするんだよ・・・」

「・・・そうですか。でも、もう遅いですよ」

 言って、覗く様に微笑みかける日奈。

 困って、遠くを見ながら頭を掻いた。


 その横で、小さく掠れるような声で聞こえる。


「年が同じだったら良かったのに」


「・・・」


 彼女は、紛れもなく本気でそう口にしたのだろう。

 別に俺に聞かせる為で無く、心からの願いが思いの残滓として零れ落ちたのだと。


「・・・まあ、こんなに後輩に思われて、先輩冥利に尽きるけどさ」


「そうですよ。私は先輩の後輩です。どれだけ時間が経っても、ずっと後輩なんですよ。・・・同い年じゃあ経験できない事だって、私となら経験できます。・・・私なら、何だってしてあげれるんですよ」


 ・・・そんな悲しそうに言わないでくれよ。

 分かってるよ。ごめんな。


「・・・ありがとう」


「・・・はい」


 この遣る瀬無い気持ちは、三叉路で日奈と分かたれてからも胸の奥を苛んだ。

 こんなに純粋で従順な後輩は、俺には勿体ないくらいに魅力的だ。

 いつかその想いに応えてあげたい。・・・けれど。


「ただいま」


 それに応えるには、まだ何もかもがほったらかしのままな気がした。

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