Tears effect

渡良瀬りお

プロローグ1『幼馴染』

「あの・・・さあ」

「ん?」

「かわいい・・・って、言ってみてよ」

「・・・は?」


 別段、仲良くも無い幼馴染から、急に言われた。


 高校に入学してすぐの放課後だった。


「急に何?・・・てか、話すのなんて久しぶり・・・だな」

「べ、別に良いでしょ」

 短かった髪を伸ばして、化粧なんかしている。

「良いけど・・・。それよか、何だって?」

「っ!き、聞こえなかったの!?」

 頬を紅潮させて声を荒げる。

「・・・いや、聞こえた。けど、なんで?」

「・・・鸞太らんたって、彼女いるの?」

 聞くと、今度は芋虫みたくへなへなしながら、やっぱり顔を赤らめている。

「べ、別に 啼瑠なくるには関係ないだろっ」

 恥ずかしさと意地で、鼻を鳴らす様に言いながらそっぽを向いた。

「ふうん・・・そっかあ・・・」

 どこか落ち着いた声音。ちょっと跳ねた印象すらある。

「・・・」

「あ・・・っ。ん・・・」

 ジトっと横目で見やると、まず目を丸くして、俯きがちに髪の毛の先をこねる啼瑠。

 言葉を待っているらしい。

 ・・・言わないと終わらない類のやつだ。

 悟って、俺は渋々口にするのだ。


「あー・・・。まあ、その。中学の頃よりだいぶ大人っぽくなったって言うか。えー・・・。あー・・・。まあ、かわいい。んじゃないの。知らんけど」

 恥ずかしい。

 言ってて顔が熱くなるのを感じる。

 何やってんだ俺・・・。


 って、え?


「ちょ・・・!?」


 啼瑠が抱きつく。

「すぅ・・・はあ」

 音が聞こえるほど大きく鼻で息を吸って、それから。

「・・・ばいばい。じゃ、また明日」

 なんて言って、とっとといなくなってしまう。

 荷物を胸に抱えて、小動物の様に、脱兎の如く、そそくさと。

「え・・・は?」

 薄ら影が落ち始めた丹色の校舎には、既に生徒は居なかった。


「何だったんだよもう・・・」


 靄がかかったままお預けを喰らい、納得は行かないものの、帰る以外に選択肢なんか無かった俺は、ぼーっとする頭で帰路に就くのだった。



†    †    †    †



「・・・あ?」

 7時50分。

 学校から家が近い俺は、たっぷり朝のニュースを見てから登校する時間があった。

 普通に友達は居るのだけど、仲良く登校出来るような家の近い友達は居ない上、入学の間もない為に、新しい友達もまだ作れていなかった。


 ただまあ、もし可能性があるのなら、中学からの知り合いとかならば話は別なのだが。


「・・・おはよ」


 玄関前に、幼馴染が立っていた。


「遅いじゃない。何分私を待たせるつもりよ」

 凛とした様子で半身がちに佇む啼瑠なくる

 その吊り上がった目尻の冷ややかさは、とても近づき難い雰囲気を帯びていると共に、不思議と目が離せなくなるような、圧倒的なまでの風格が彼女を彩っていた。


 不意に、『俺はこいつと話してもいいのだろうか』なんて馬鹿げた疑問を持つには容易い了見だった。


「・・・いつまでそこに突っ立ってんのよ。何、あんたは初動にあたしの手助けが必要な訳?」

 鼻にかかった声音だ。

 眉にしわを寄せ、何やら不満そうに見える。

「・・・要らない。それより、何なんだよ。昨日もそうだけど、突然。こんな事、昔はしなかっただろ」

 玄関前の階段を下りて、塀を抜ける。

 行こう、なんて声は掛けずに、そのまま歩道を往く。

「ちょっとっ、先行かないでよね!」

「・・・」

 軽く鼻からため息が漏れる。

 トコトコと駆けて隣に着く啼瑠。

 手提げバッグで腰辺りを小突いて、ちょっとの不満の表れを示した。


「髪、伸びたな」


 道程から目を離さず、さも独り言のように言う。

「・・・っ」

 彼女の姿は確認出来ない。・・・と言うより、今更振り向けないのだ。

 ニヒルを気取って鼻を鳴らしたのだ、これで様子の確認など、格好が付かないと言うものだ。


 そうして背を向けた右手に、暖かくしなやかな感触がした。


 絡めるように、その柔っこい指先が俺の手を包んでいた。


「~~!!」

 驚いてその手を力強く握るのだが、そんなのは矛盾している。

 離さなければいけないのに、逃がさないとばかりに掴んでいては滑稽だ。

 そして俺は刹那も許さずに振り向いた。


 彼女は震えるほどに頬を紅くさせていた。

 その表情を見た。


 ・・・こんな顔を浮かべていたのか。


 言葉を紡ぐ事が無粋だと語ったその面持ちは、彼女の心情を悟らせるには充分過ぎるほど、彼女は”女の子”だった。


「・・・」


 高鳴る鼓動に生唾を呑み、啼瑠にバレぬようにと大事に深呼吸すると、今度は意思を持ってその小さい掌をキュッと握った。


 この間、目も合わず、言葉も交わさなかった。

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