アカシックレコード・エクスプローラ

イノベーションまさこ

第1話:浮上

音・色・人・字・時。それが巡っていた。"わたし"の頭の中を。

頭が痛い。頭が揺れる。頭が歪む。私が歪む。

喜怒哀楽、そしてそれでは表しきれない大きな、複雑な感情。それが私の目や鼻から様々な液体を垂れ流させる。


私は今。情報の奔流の中に居た。そう言っても、君たちはきっと理解できないだろう。

そう、きっと――"アカシックレコード・エクスプローラ"である、私達以外では。


脳をフィルターとして、脳に流れ込むそれら"アカシャ年代記[アカシックレコード]"のそれを選り分ける。

1日2時間、私は、私達エクスプローラ――アカシックレコード・エクスプローラでは長いのでそう呼ばれる――はその作業を行う。

どうやら、それ以上それをやると私達は壊れてしまうらしい。


私が今従事している仕事は、そういう仕事。

人間の脳をアカシックレコードに繋ぎ、依頼者の求める情報を引き出す仕事だ。


――浮上。


2時間がどうやら経ったらしい。虹色の視界が、白一色(緑一色がリューイーソーならこれはハクイーソーなのだろうか?)に染まる。

なにやら偉い脳科学者の方が、そうしたほうが現実に浮上した時の"揺り戻し"が少ないと研究結果として導き出したようだ。

まあ、なんでも――、それが良いものならなんだって良いのだけれど。

ふわりふわりと。白一色、影一つ無いように調整された、エクスプローラ・ポッドに満ちた液体の中で私は浮かんでいた。

覚えてはいない("探せば"わかるのだろう。)が、母の胎の中とは、おそらくこうだったのかもしれないと、そう思った。

じんじんとさっきまでの情報の影響か、"聞いていない"ハズの耳が痛む。その耳に、柔らかな音が流れる。

オペレータのタナカだろう。タナカ・ヨシコ、32歳。

たまにお茶をするが、あの優しい女性が、なぜあそこまでいい男と付き合えないのか不思議でならない――。

――と、思考を飛ばしつつ。流れてくる声を私は聞く。


「2時間の作業、お疲れさまでした。本日の脳内ログの取得前に、本日の作業内容について確認を行います。

登録名、オクト・クルーク。従事作業は、40年前に発生した旧日本国の空港爆破事件の顛末情報の取得。――以上。

相違ありませんか?」


ああそうだ。今日、目に見て、耳に聞き、鼻で嗅ぎ、肌に触れ、舌が識ったそれは、爆風のそれだった。

あくまで脳がそれをフィルターとして、引っ掛けただけなのに、私の体は今、それに苛まれていた。

口の中に火薬の味がする、鼻に煙の匂いがする、耳はまだわんわん破鐘の様に揺れている、目もまたチカチカするし、肌はピリピリとする。


それでも仕事だから、私は口を開いた。本当の本当に億劫だけれど。


「うん、相違ないよタナカさん。後で情報洗浄を受けたらお茶しない?ちょっと疲れちゃって」


――答えてからタナカさんの答えが聞こえるまでの僅かな時間の後に、私の意識は情報洗浄の光に飲まれていった。

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アカシックレコード・エクスプローラ イノベーションまさこ @iktomi

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