おもいかたり
年末。雲が多くてさむい日だった。大そうじもおわって、早いところこたつに入りたかったけれど。まだ、やっておかないといけないことがある。
しめなわと、かがみもち。
これをきちんとすませないと、新年をむかえられない。
とは言っても。
かぞくそれぞれでたんとうがあって、ぼくの場合はたいしたことない。自分の自転車に小さなしめなわをかざって、かがみもちをそなえるだけ。
……いや。
ぜったいではないけれど、父さんがげんかんにしめなわをかざる時、ほじょをすることもあるかな。
ま、そういうことだから。さ、やるぞ。
しめなわとかがみもちセットは、父さんと母さんがあらかじめ用意してくれている。ぼくは、いくつか買ってある小さなしめなわからすきなものをえらべばいい。半紙をおって、うらじろとおもち二つ、ダイダイのかわりのみかんをえらべばいい。それらを手にとって、土間から外に出た。
とめてある自転車にむかう。
「かがみもち。また、カラスに持っていかれるかな?」
自転車に小さなしめなわをとりつけ、かがみもちをそなえる。カラスは、おもちが食べものなのをよく知っているんだよね。
「食べるものが少ない時期だからね、うん。カラスもひっしなんだ」
つぶやいて、みかんを少しだけ手前にずらした。
「おおい。こっちをてつだってくれないか」
父さんの声に顔をむけると、しめなわときゃたつをかかえた父さんがいた。げんかんにしめなわをかざるみたいだ。
父さんは、近くを歩き回って、ウメのえだ、マツのえだ、ササを集めていたのだけれど。いつの間にかもどっていたらしい。
タロウ――シバ犬のタロウが、犬小屋から出てきて、そわそわしながらこちらを見ていた。
父さんをてつだって、しめなわをかざる。ぼくがやったことといえば、きゃたつに上がった父さんにしめなわを手わたしただけなんだけれど。
ああ……。
ちょっとえらそうに、
『もう少し右。そうそう。――あっ。かたむいてるってば』
なんて言ったりもした。
「ありがとうな。たすかった」
と、父さんがえみをうかべた。
「ほかに、なにかすることある?」
「いいや。もう、とくにたのむようなことはないな。さむいだろう? 家に上がっとけ」
のんびりと父さんがつげる。
「父さんは?」
「うん? そうだな。あぁ……。そうだ、軽トラとトラクターにしめなわをかざって、かがみもちをそなえないとね」
「そっか。じゃ、先に入っておくよ」
言って、ぼくは家に上がった。
ぼくの部屋からは、にわがよく見える。なんとなく外をうかがうと、タロウがあんしんしたようにねそべっていた。そして、父さんはというと、まだ同じ場所に立っている。
「どうしたんだろう……。あっ」
なにやら考えていたふうの父さんだけど。思い出したように、きゃたつをなやにもどした。そして、また考えるふう。
しばらくして――動き出す。
小さなしめなわとかがみもちをとりにもどって、むかったのは軽トラ。でも、あけたドアを直ぐにしめた。その時、父さんの手にあったのは、パックづめのなにか。よく行くスーパーで買ってくる、あんこ入りのつきもち――あんもち――のパックに見えた。
あんもちをそなえようとしている?
どういうことだろう。これは、気になった。
見ていると、父さんはきゃたつをもどしたばかりのなやに入っていく。トラクターがあるのは、なやではなく、そうこの方なのに。
では。
なやでなにをするつもりなんだろう。
気になった。すごく気になった。
ぼくはもう一度、外に出た。音を立てないよう、わざわざうらの戸口から。
なやの前まで行ってみる。タロウがはしゃいだりしないよう、父さんに気づかれないよう、しぜんな感じでそっと。
そして目にしたのは、しめられた戸だった。なやの中に入って戸をしめるなんて、少なくともぼくはしたことがなかった。
「おおい、いるんだろう?」
と、父さんの声。
ぼくがいるのがバレちゃった? と、思ったけれど。父さんが戸をあけてくるなんてことはなかった。――どうやら。ぼくではなく、なやにいるだれかに声をかけているらしい。
「いるんだろう? おもち、買ってきたぞ。あん入りだぞ」
父さんがよびかける。
やっぱり、父さんが手にしていたのはあんもちのパックだったのだ。
「おおぅ。あんこ入りのもちかぁ」
声がして、はしごが鳴った。なやの二かいは、ものおきになっている。そこにだれかいて、下りてきたみたいだった。
そして。声には聞きおぼえがあった。
「
その、だれかが父さんをよびすてる。
やっぱりそうだ。この声は。まちがいない。
丸ぼうずで、そでなしのシャツに短パン、ゴムぞうりというかっこうをしていた、あの男の子だ。一月と、ウメをちぎった……六月に会った、あの男の子だ。
下りてきたのは――あの、ぼくらとはべつななにかじゃないのかな、と感じさせる男の子。急にあらわれたり、きえたり。カラスをよせつけなくさせたり、あのかっこうでウメをちぎって引っかききずの一つもできなかったり。そんな、そんざい。
あんもちをわざわざ持って行ったんだから、父さんはあの子のことを前から知っていたことになる。うん。男の子の方からは聞いていたし、そうだろうと思っていた。
「気がきく、というか。しちりんでやいたおもちを食べに、また、
「あれはあれでうまいんだ。べつものだぞ。……なんだ、つぶあんじゃないか」
むぐむぐ、と男の子。早くも、あんもちにかぶりついたらしい。
「なかったんだよ、こしあんのは。……直太をかかわらせたくないんだ。わかるよな?」
後半、いつもの父さんの口ぶりじゃなくなっていた。そんな気がする。
「たしかに、きけんはあるからな。だけどそんなにしんぱいするな。あれはあれで、いい感じだ。やわというほどじゃないし、チカラもそれなりだ。直太がその気なら、おいらはよろこんで手をかすぞ」
「危ないからだとか、そういうしんぱいもあるが。――あの子には、すきなように歩んでほしい。自分の人生なのだから。そう思う方が強い」
「ふぅん?」
「本家からのれんらくもなくなった。もういいだろう。わたしでおわりにする。本家がチカラをうしない、土地をはなれて三十年になる。もういいだろう」
おし出すような父さんの声。
本家? 本家って? よくわからない……。
「とんでもないことになるかもしれないぞ」
「どうかな? あんがい、なんでもないかもしれない」
と、父さんはいきをつく。
「親がやっているからといって、その子どももやらなければならないなんてことはない。親がやっているからといって、その子どももやっていいということにはならない。――美化してはいけない、考えることをやめてはいけない」
「元男ならそんな感じか。直太を畑に入れているのは、またべつの、
男の子がふまんそうに言った。そして、むぐむぐ。
「うん。そうかもしれないね」
父さんの声がおだやかになった。
「だけどね。直太はあんまり本を読まないから。家と学校を限られたしてんから見ただけで、自分の生き方を決めてしまうだなんて。それこそとんでもないよ。本に書かれてあることが正しいとは限らないし、どう読むかは読み手の自由なのだけど。まずは本をたくさん読んで、いろいろなものをうけとってほしい。それからなんだよ」
と、父さんがまたいきをついた。
「直太は本を読まないかぁ」
クフフ、と男の子。
「わらいごとじゃないぞ。せっかく、好きなだけ本を読めるというのに」
「とは言ってもな。むりやり読ませる、ってわけにもいかないからなぁ」
男の子の口ぶりは楽しそうだ。
「どんな形でもいいから、読書につなげてほしいのだけどね」
むぅ、と父さんはうめいてしまった。
あぁ……。本を読む読まないの話になっちゃったか。
しのびない。
本。本、か。
ぼくなりに読んでいるつもりだけど。でも、ぜんぜん足りていないのかな?
ちょっと重たい、居心地わるい……。
父さんたちの話はまだ続いていたけれど。ぼくはきた時と同じように、その場をそっとはなれて家にもどった。
自分の部屋。
居間のはしら時計が鳴っているのに気づいて、部屋の時計でかくにんすると四時だった。午後の四時。
「えぇっ。もう、こんな時間なんだ?」
学習づくえで考えごとをしていたぼくは、いすにもたれてせのびした。
父さんのことも、男の子のことも気になっていた。言っていたことも気になった。
本家、読書、それに……チカラ? 後になって思えば引っかかる。
もう直ぐ新しい年だ。
ぼくは――どうしたい? ぼくは、どんな自分でいたいんだろう。
うぅん。
……。
ま、いっか。考える時間はまだあるよ。
今はとりあえず、おふろをたかなきゃ。たのまれてはいないけど、ぼくがやる。この時期、今日みたいな天気だと温水器から出るのは、ほぼ水だ。水ぶろってわけにはいかないもんね。
「よぅし。たきつけを集めるぞ」
立ち上がって、部屋を出た。
(おわり)
直太ばなし 白部令士 @rei55panta
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