ひさしぶりだね
昼休み。ひさしぶりに、図書室にきていた。前回きたのは夏休みがおわって直ぐだから、二か月ぶりぐらいかな。
図書室はしずかで、人が少ない。カウンターの図書委員を入れても十人ばかりだろう。
本だなをなんとなく見て回っていると、一さつの本がたおれているのが目についた。
気になるな。ちゃんとしてよ、図書委員。
ぼくは、たおれていた本を立ててやった。
よし、と歩き出そうとして。ワタッ、という音を聞いた。
見ると、今立てたばかりの本がたおれている。
「どうしてなんだ?」
ブックスタンドをさがしてみたけれど。近くにはつかってよさそうなものがなかった。
せめてとの思いで、今度はしんちょうに立ててやった。
しばらく見ている。
……だいじょうぶそうだ。
歩き出そうとして、ワタッ。本はやっぱりたおれてしまう。
「いいかげんに――ん?」
しせんを感じてまわりを見ると、同じクラスの
「
「いや、これは、と」
西野さんは、ぼくのことを名字でなく名前でよんでくる。なんだかはずかしくなって、とっさに、たおれていた本をかかえた。ぼくは、そのまま一番おくの長づくえについた。さいわい、西野さんはおいかけてこなかった。
あらためて、持ってきた本を見てみる。本のタイトルは『森にあるもの森とあるもの』――童話のようだった。
せっかくだから、読んでみよう。そんなに長いものじゃないみたいだけど、昼休みがおわる前に読み切れるかな?
とりあえず、でも、しっかりと本をひらいた。
……。
しばらく読んで、ふと顔を上げた。
女の子がぼくを見ていた。いつの間にか、むかいに女の子がすわっていて、その子がぼくを見ていた。ぼくらはむき合っていたけれど、かみの長い子だろうというのはわかった。黒というよりは、茶色のかみ。……同じ学年の子じゃ、ない。多分、六年生だ。かくにんしようとしたけれど、その子の緑のふくには名ふだがついていなかった。
「おもしろい?」
女の子が聞いてきた。
「まあ」
と、こたえる。ふかくは考えなかった。
「……そう」
女の子は、ぼくの顔をじっと見ている。
「まあ、というのは」
と、女の子は右手の人さしゆびをかるく下くちびるにあてた。
「まあまあ、ということ? とくに、どうということはない? どうでもいい?」
女の子の目がぼくをとらえる。――そのひとみは、はい色に見えた。
えっ、と思った時には、女の子のひとみは茶黒だった。
気のせい――だったの、かな? なんだかふあんになる。のどがつかえる。
「あ、いや。まだ半分も読んでないから。だから、まぁ……」
「まあ?」
と、首をかたむける女の子。ぼくはむりに声を出しているのに、女の子はなんだかぐいぐいくる。
「おもしろい。まあ、おもしろいんじゃないかな、なんて」
「そう」
女の子は、どうやらなっとくしたみたいで。うなずいて、少しだけ、わらった。
「ねぇ、きみってさ」
そう言って、女の子がぼくを見つめる。
「えっ? なに?」
「ううん。なんでも。なんでもないよ」
女の子は小さくわらった。
いやなわらい方じゃなかったけど、からかわれたような気分になった。
「……えぇと。続きを読んでもいいかな?」
「どうぞ」
と、女の子。
「それじゃ」
と、ぼくは、えみのようなものをつくった。せいいっぱいだった。
本に目をうつす。
……。
思い切って顔を上げると、女の子がぼくを見ていた。ずっと見られていたみたいだ。
「本、読みたいんだけど」
「どうぞ」
女の子がわらって見せた。
「いや。見られたままだと、読みづらいから」
「そう」
言って、女の子はなだめるよう、ぼくに手のひらをむけてうなずいた。
「いいことを教えてあげる」
女の子は、とくいそうに人さしゆびを立ててふった。
「そういうのはね。集中していれば、気にならないものなのよ」
「なんだよ、それ。いや、そうかもしれないけど」
そう口にして、しせんを感じた。目をむけると、西野さんがまたけげんな顔をしてぼくを見ていた。
そうだ。図書室ではしずかにしないと。それに、クラスの子に今のじょうきょうを見られるのはマズい気がする。
「この本、かりて読むことにしたから」
言って、ぼくはせきを立った。
カウンターまで歩いたところで、ぼくが本を読んでいた長づくえの方を見た。
女の子は――いなくなっていた。
自分の部屋。学習づくえについていたぼくは、いすをずらしてせのびする。
しゅくだいはどうにかすませた。図書室でかりた本を読もうかな、と思ったけれど。外に出てみようかな、とも思う。
カキの木が気になるのだ。
うちにはカキの木が六本ある。にわに一本、うらにわに一本、畑に四本。そのうち、今年まともにみをつけているのは、にわの一本と、畑に四本あるうちの一本だけ。きちょうなカキだった。せっかくだから、じゅうぶんにうれさせてからちぎってやろうと、カキ番をかって出ていた。
「あっちのえだとか、どうだったかな。う〜ん。今日か明日か……」
――よし、と立ち上がる。
やっぱり、外に出ることにした。
にわのカキの木をかくにんして、畑のカキの木の方にむかう。先をわった青竹と、あらいおけを持って。畑のカキの木の方は、もう食べごろになっていたのだ。
だんだん畑のカキの木があるところまで行くと、はなれた小さな畑に父さんがいるのが見えた。そして、父さんのそばにはもう一人いた。緑のふくを着た女の子で、遠目ながら見おぼえがあった。
「あの子って、図書室にいた子だよね」
まちがいないと思う。今日、長づくえでむかいにすわっていた女の子だ。
なんでここにいるんだ? 家がこの近くだとか? いやいや。このあたりの子なら、どこのだれだかぼくが知っているはずだよ。あの女の子は、このあたりの子じゃない。
ぼくをつけてきたとか? ――それは、ちょっと。こわいんだけど。
ざわざわする。
ぼくは、その場でみをよじった。
父さんと女の子がいるところには、うちで食べるぶんのナスがうえてある。ためしにうえてみたものだとか、よそではあまりつくらなくなったものだとかが多い。このごろはもうナスの太りは止まっているけれど、あじのしっかりしたいいナスがのこっている。
女の子は、父さんにならってナスのしゅうかくをてつだっているようだった。
「ふぅん」
ま、いいけど。ぼくをつけてきた、とかじゃないならね。
気にしてもしかたない。ぼくは自分のやるべきことをやるんだ。先をわった青竹で、よくうれたカキがついたえだをからめおった。ちょろちょろっと三十コばかりのカキをちぎる。
居間。たたみにすわるぼく。目の前には、カキをもったさら。
地めんにおとしてわってしまったカキを、母さんにむいてもらったのだ。へましたぶんを、自分のはらにおさめる――そういうことだ。
カキを食べるついでというわけじゃないけれど、図書室でかりてきた本を読む。
『森にあるもの森とあるもの』は、森のようせいや大地のようせいが出てくる話だった。
「おっ。本を読んでいるのか。めずらしいな」
畑からもどった父さんが、土間から上がってきた。
「べつに、めずらしくはないよ。図書室で本をかりてきたから、フツーに読んでいるだけ」
そんなに多くは読まないかもしれないけれど。めずらしい、だなんて言われるほどじゃないよ、うん。
「そうか。学校でかりてきたのか」
と、父さんはにやけてうなずいた。なんだか、うれしそうだった。
「ねぇっ。さっき、畑でさ。その……女の子といたでしょ?」
やっぱり、聞かずにはいられない。
「ああ、いたよ。ナスのしゅうかくをてつだってもらったんだ」
「あの子、だれ?」
「さぁて。名前は聞かなかったな。このあたりに、ひさしぶりにあそびにきたって言っていたよ」
「そうなんだ」
あそびに、ね。
「せっかくだから、ナスを少し持って帰ってもらおうと思ったんだけどね。えんりょされちゃったよ」
と、父さんは頭をかいてわらった。
「ま、ナスじゃね。ちょっと弱いかも」
「……直太は、カキをちぎったのか」
父さんは、ぼくの前におかれたカキのさらを見た。さらにはまだ、カキが半分ぐらいのこっている。
「あまかったか?」
「うん。さとうがしみ出てくるんじゃないか、っていうぐらい」
これは、まったく大げさじゃない。ぼくがおっことしたいがいはバッチリだった。
「そうかぁ。……十ばかり下げて持ってきてくれればよかったのに。カキだったら、ちがうへんじを聞けたのかもしれないね」
と、父さんはふくろを下げるまねをした。
「あぁ……。そこまで気が回らなかった」
よくわからない女の子だったし。こわかったし。
「あの子はもうこないかもしれないけど。今度、だれかがきた時にはちょうせんしてみてくれよ」
「うん。きかいがあったらね」
と、言っておく。
家にカキの木がある人にカキをあげてもめいわくになりがちだから、気をつけないといけないんだよね。……あの子のところは、どうだったのかな? 気にしてもしかたないけど。
「ところで、どんな本を読んでいるんだ?」
「う〜ん。『森にあるもの森とあるもの』という童話だよ」
「えぇっ」
と、父さんがのぞきこんできた。
「どうかしたの?」
「ひさしぶりに聞いたタイトルだな、と思ってね。父さんも、小学生のころ、その本かりたよ」
「そうなの?」
ちょっとおどろいた。
「ひょっとして、本そのものが同じだったりするのかな。……おわりの方に、だれかのらくがきがあってね、父さんがけしごむでけしたおぼえがあるな。一度は、そのままへんきゃくしたんだけれど、気になって、もう一度かりてけしたんだ」
「そうなんだ……」
めくってみると、たしかにおわりの方にらくがきをけしごむでけしたようなあとがある。
「ああ、そこそこ。やっぱり、同じ本なんだな」
「へぇっ」
父さんが小学生のころにかりた本を、ぼくもかりて帰るだなんて。なんだか、へんな感じ。
「二十年いじょう後に、ふたたびうちにくるなんてね」
わらった父さんは、ふとまじめな顔になった。
「あぁ、そうか。そういうことか。なるほど」
父さんは、ゆったりうなずいた。
「なにが、なるほどなの?」
たずねたけれど、父さんはやんわりとしたえみをうかべるばかりだった。
「ひさしぶり、か。そうだね、ひさしぶりだね」
父さんはかがんで、小学生のころの自分がけしごむでけしたあとをゆびでなぞった。
(おわり)
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