草むしり、そして
ぼくの通っている小学校では、集団登校をしている。今日は集まりがよくて、いつもより少しだけ早く登校できた。
教室前のろうかに友だちのケンくんがいた。ケンくんの横には男の子二人と女の子がいて、どうやら下級生らしい。ケンくんがぼくに気づいて手をふった。
「よかった。今日は早いや。ほら、今きたのがナオくん。
ケンくんは、横の子らにぼくをしょうかいした。
う、ん?
一体、どういうことだろう。
――と。
「ホントにいたぁっ」
女の子が急に声を上げた。ちょっとおどろいてしまうぐらいの大きな声だった。
えっ。なんなの?
「あれがナオタかぁ」
「あいつが、やさいのおいちゃんの子どもかぁ」
男の子らの方はというと、これはまたずいぶんな口ぶり。
あれだの、あいつだの。おまけによびすて。下級生にそんな言われ方をされるおぼえはないんだけれど。
ケンくんにしせんをやると、こまったような顔でむかえられた。
う〜ん?
教室へと歩めば、しぜんと下級生の子らの近くによるわけで。ケンくんもいるのだからと足を止め、下級生の子らをよく見てみる。――知った顔は、なかった。
女の子がみょうに見つめてきて、思わず長く目を合わせてしまう。
「あぁっ。キャ〜ッ」
とさけんで、女の子がうでをふりふり走ってにげだした。
「おい、どこ行くんだよ」
「お前が見に行きたいって言ってたのに」
男の子二人が、女の子の後をおって走り出した。直ぐに見えなくなる。
なんだったんだろう。
「おっかしいなぁ。ナオくんのことさがして、わざわざ上の学年の教室まできたのに。あの子ら、もう行っちゃったよ」
ケンくんが、あっけにとられた顔をした。
「う〜ん? なんだったんだろうね」
ぼくも首をひねるしかない。
ただ。
男の子の一方が、ぼくのことを、やさいのおいちゃんの子どもと言っていた。やさいのおいちゃんというのは、ひょっとすると父さんのことかもしれない。父さんは畑でやさいを作っているから。
父さんの顔見知り、ってことかな? でも、なんでぼくをさがしたんだろう。父さんが、なにかぼくの話を聞かせでもしたのかな?
「ま、いっか」
ふかく考えることでもないや。あの感じだと、なにか話したいことがあるわけでもないんだろうし。
「ケンくん。教室に入ろうよ」
「だね」
ぼくとケンくんは教室に入った。
じゅぎょうをおえたぼくは、より道せずにうちに帰った。今日は草むしりをするよていだった。自分の部屋のベッドにランドセルをほうり、用意をすませ直ぐに外に出る。
だんだん畑と小さな畑では、うちで食べるぶんのやさいを作っている。あぜの草かりは父さんがやってくれるけど、畑のなかはぼくと母さんが草むしりする。母さんはやることが多いから、ぼくが草むしりを早め早めにやっておいた方がいい。ただ、ぼくはあまりていねいじゃないから、ぼくが草むしりをしたのに気づかないで後で母さんが同じところを草むしりするなんてことがあったりして。だから、もっとがんばるようにはしてるんだけど。ぼくとしては、ちょっとしんどい。こまってしまう。
竹ざるいっぱい、山もりの草。うん、今日の草むしりはこのぐらいにしておこう。そろそろ、宿題をやっておかないと。
顔を上げ、なにげなく下の大きな畑を見てみる。あくまでも、ここいらでは大きな方の畑というだけなんだけど、そんな畑が三まいあって、そこでは父さんが売りもののやさいを作っている。今は、父さんのすがたも、てつだいの母さんのすがたもないけれど。
だれもいない畑。……のはずだった。でも、黒かみのおかっぱ頭が見えた。妹の
だれなの? うちの畑でなにをしているの?
気になって、行ってみることにした。
……。
「ああっ」
コンクリートの道に出たころ、おかっぱ頭がだれなのかわかった。
うん、秋子ちゃん……。
顔と名前は知っているものの、それいじょうのことはよくわからない子。
今まで何度も会っているけれど、同じ小学校に通っているというわけじゃない。
この間、近くに住んでいる
ただ。
あの日あの時、しっかりかかわってしまったわけだから。今はもう、秋子ちゃんはぼくと南ちゃんの友だちということになるかもしれない。
思い出しながら歩いているうちに、秋子ちゃんのそばまできた。
「あ、秋子ちゃん」
「んあ? おお、直太くん」
声をかけられ、えがおをむけてきた秋子ちゃんだったけれど。秋子ちゃんは、黄色いパプリカをほおばっていた。
父さんが作っているやさいのなかに、パプリカもある。そして、ここはうちの畑だった。
「秋子ちゃん、それって……」
「あぁ、なかなかにおいしい」
と、きげんよく秋子ちゃん。
「いや、それってさ。ひょっとすると、うちのやさい?」
「うん。そりゃそうだよ」
「そりゃそうだよ、って。そういうのはちょっとマズいと思うんだけど」
いわゆる畑あらしだとか、やさいドロボーだとかいうやつでは。
「だいじようぶ、だいじょうぶ。モッちゃんに、食べていいと言われてるから」
「ぼくが作っているのだったら、少しぐらい大目にみてもいいけど。父さんが作ってるのは売りもののやさいだから――」
そこまで口にして、首をひねるぼく。
「モッちゃんに……いいと言われた? モッちゃん? モッちゃんって?」
「ん? モッちゃんは、モッちゃん。あ、と。わからない? モトオちゃん」
秋子ちゃんが言い直したのでようやくわかった。モッちゃんというのは、
「と、父さんにいいと言われているの?」
ぼくの問いに、秋子ちゃんはフフフとわらった。
「あのモッちゃんが親になったんだよねぇ。――そう、売りものにならないようなのは食べていいと言われているよ。ただ、ほどほどに、とも言われているけどね」
「ほどほど?」
「そう、ほどほど。うぅん。……近ごろ、タダでごはんを食べさせてくれるところがあるのは知ってる?」
秋子ちゃんに、とつぜんそんなことを聞かれた。
「いや、知らない。あ、いや、まって。もしかして子ども食堂のこと?」
ぼくの通っている小学校の校区にもあったはずだ。名前は、じろんこ食堂。
中学生まではタダで食べられて、子どもの親の場合はいくらかとってごはんを出すところ。後、本を読めたり、いろいろ話を聞いてくれるところ――だったかな?
「そう、それ。モッちゃんは、そこに売りものにできないやさいや、売れのこったやさいを持ちよっているんだよね。じつは、あたしもその食堂に何度か行っててね。モッちゃんが、らしいんだか、らしくないんだか……なかなかのことをしているってわかったよ。だから、かげんして食べている」
「そ、そう」
思いもよらず、父さんがわざわざ畑を分け、売りものにならないやさいをうちで食べるやさいにしなかった本当のところっぽいのがわかってしまった。
まったく。そういうことなら、きちんと話してくれればいいのに。父さんときたら。
……あれ?
ひょっとすると、せつめいしない方がいいって思われたってこと? そう、なんだ。
「モッちゃんは、やさいのおいちゃんなんてよばれて子どもらに親しまれていたかな? ――兄ちゃん兄ちゃんってよばれてたけど、ていせいさせたみたいだ」
フフッ、と秋子ちゃん。
やさいのおいちゃん――。父さんの、そのよばれ方には聞きおぼえがある。今朝、教室前で会った下級生たちだ。男の子の一方がそんなことを口にしていた。そうか、あの子らは子ども食堂をつかっている子なんだな。
どういうわけか、ぼくがきょうみを持たれたわけだけど。ま、そういうことなら、いいかな? 父さんが、小学校高学年のむすこがいるんだから兄ちゃんはやめてくれ――とでも言ったんだろう。
「じゃ、あたしはもう行くから。またね」
「ああ、うん。また……」
秋子ちゃんは、パプリカをかじりながら歩きさった。
「あ、
宿題前に明日の天気をチェックしようと居間でテレビを見ていたら、母さんに声をかけられた。
「ちょうどよかった。南ちゃんのところに、シイタケを持って行って」
「えぇっ」
めんどくさいよ、めんどいよ。これでも、草むしりでつかれてるのに。
「この間、およばれしたのに、なにも持って行ってないでしょ?」
「えぇっと。この間……」
考えるまでもない。おこのみやきを食べに行った時のことだ。
「まあね」
それはそうなんだけどさ。たしかに、なにも持って行ってないんだけどさ。
「はい、これ」
と、母さんにシイタケが入った竹かごをわたされた。そういえば、この間、南ちゃんのうちに行ったころから、ぼくのうちでもシイタケができはじめたんだ。
シイタケ。
売りものにするほどはないんだけれど、うらにわの木の下なんかにコマうちした
ニュースのこうもくに、ぼくの住んでいるちいきで原木シイタケがしゅん入りしたというのがあった。なんとなく目がはなせないでいたら、
「ちょっと。聞いてるの? ほら、行って行って」
と、母さんにテレビのリモコンをとり上げられた。
「急かさないでよ。もぅ」
言いながら、土間にひょいと下りるぼく。
――?
当たり前のようにゴムぞうりで出ようとして――運動ぐつにはきかえた。くつ下をぬいでしまっていたので、へんな感じになる。
「……行ってきます」
「はぁい。気をつけてねぇっ」
と、えがおの母さん。それが、どうにもおかしくてふき出したようにも見えて、ちょっとだけ気になった。
(おわり)
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