あ〜ん、とひと口
夏休みがおわると、秋まつりがやってくる。だから、夏休みのおわりをなげいている場合じゃないんだ。
ぼくの住んでいるちいきでも、神社で秋まつりがはじまった。ぎっしりではないけれど、鳥居の前後から神社いっぱいに出店や屋台がならぶ。はじめの日は、ぼくも子どもだいこにさんかしておもてなしをするがわだった。
秋まつり二日目。今日の昼間のイベントはカラオケ大会だった。よせんがあったのかは知らないけれど、ちいきのカラオケ名人が
今の時間、おまつりにきているのは、お年よりと子どもが多いみたいだった。
ぼくは、屋台でソフトクリームを買っていた。年に一度の楽しみだった。
見た目にざらっとした感じのソフトクリーム。その、ふしぎなみりょく。
「
思いがけず、声がかかる。でも、よく知った女の子の声だった。
「あれっ?
声のぬしは、うちの近くに住んでいる南ちゃんだった。学校では名字でよんでいるけれど、学校いがいでは小さいころと同じように名前でよんでいる。南ちゃんは、ヒマワリがらのゆかたを着ていた。
「えぇと。年に一度のごたいめん――だからさ」
「やだ。ソフトクリームなんて、一年中食べられるじゃない」
南ちゃんはわらって言った。
「おまつりで食べるソフトクリームだからいいんだよ」
「つめたいもののていばんなら、かきごおりじゃないの? なのに、ソフトクリーム?」
「かきごおりだって、夏の間ならどこでも食べられるじゃないか」
言いながら、つめたいものならラムネもあるな、と思った。
「おまつりで食べるかきごおりだからいいんだよ」
南ちゃんがぼくの口ぶりをまねた。
「なんだよ」
本気でおこったりはしないけれど、むっとした顔をつくるぼく。おこっていないのがわかっているのか、南ちゃんは楽しそうにえがおをむける。うまく言えないけれど、それはよそ行きのえがおじゃなくて、ありのままの南ちゃん、って感じだ。
「じょうだん。そうだね、毎年ソフトクリーム食べてたもんね」
「まぁね」
と、ぼく。思い出すものがある。
前は、南ちゃんといっしょにおまつりにきてたんだ。三年生まではそうだった。
「今日は、ひとりじゃないんでしょ?」
南ちゃんが聞いてきた。
「うん。ケンくんたちときたんだ。だけど、みんなかたぬきにハマっててさ。ぼくは、ぬけてきたってわけ」
かたぬきだけに、とはつけたさなかった。
ちまちまやるのはとくいじゃない。つきあいで、一度はやってみたけれど。あんのじょう、というやつだった。がびょうやまちばりには当分さわりたくない。
「そう。ぬけてきたんだ」
ふぅん、という顔の南ちゃん。
「南ちゃんは?」
「わたしも友だちときたんだけれど。はぐれちゃって」
「そうなんだ。ん?」
南ちゃんのしせんが気になった。南ちゃんのくっきりした目がソフトクリームをとらえている。
「どうかしたの?」
と、聞いてみるぼく。
「とけるよ、ソフトクリーム」
「あっ、しまった」
言われたそばから、とけたソフトクリームがゆびにたれた。
やっちゃった。
うわっ。ふくもの持ってたっけ?
「はい、あ〜ん」
あせったぼくにたいして、南ちゃんはのんびり口をあけた。
「はい、ひと口。あ〜ん」
「えっ。なんで?」
「とけるよ。あ〜ん」
南ちゃんが口をあけている。
「……うぅん」
ぼくは、南ちゃんの口元にソフトクリームをさし出した。
南ちゃんは、大きくあけた口でぱくり。
「はい、ありがとう。そして、おめでとう。ソフトクリームは、ひと口ぶん、きゅうしゅつされました」
「……うぅん」
べつにいいんだけどね。ひと口ぐらい。
でも、はじめのひと口を持っていかれちゃった。
いや、でも。食べかけをあげるよりはよかったのかな?
考えてしまう。
「それじゃぁね」
南ちゃんは手をふって歩いて行った。
ハンカチをさぐり当てたぼくは、南ちゃんの後ろすがたを遠くに見ながら、ソフトクリームを口にふくんだ。
神社をひと回りした。ひもくじ屋が気になりつつも、はしまきを買った。タレやソースがこげるにおいにしげきされ、なにかしっかりしたものをはらのそこに入れたくなったのだ。ケンくんたちはもう少し時間がかかりそうだったから、ということもある。
もどってもいいんだけど、ぼくが後ろで見ているせいで気がちったりしたらわるいし。
それで、ひとりはしまき。
……。
じつのところ、はしまきよりもイカやきを食べたかったのだけれど。
イカやきは高いので、父さんたちときた時にねだることにした。おまつりだからと、とくべつにおこづかいをもらっていたけれど。ここは、がまんしておく。
「なんだ。イカやきじゃないんだね」
食べる場所をさがしていると、近くで女の子の声がした。それは、よく耳になじんだもので。声のした方をむくと、やっぱり南ちゃんだった。
「まあね。おいしいんだよ、はしまきも」
はしまきは何度も食べている。すなおなことばが出た。
「うん、知ってる」
そう言った南ちゃんは、なんだかうれしそうだった。……うれしそうだったけれど、南ちゃんはひとりのままだった。
「どうしたの? 友だちとはぐれたまま?」
「ううん。さっき、一回ごうりゅうしたんだけど。また、はぐれちゃった」
「わっ。なんだよ、それ。一体、だれときたんだよ。ぼくもさがしてあげるから」
「いいよいいよ。ちがうクラスの子だし。直太くん、だれだかわからないかも」
「そう……」
ぼくたちの通う小学校はとくべつ大きくはない。同学年の女子が何百人もいるわけじゃない。だから、顔を知らないなんてことは、多分――ない。でも、名前を知らない子はいる。それに、話したことのない人には声をかけづらいかも。
う、ん。南ちゃんがいいと言ってるんだから、いいのかな?
「直太くん。とけるよ」
ぼくがいろいろ考えていると、南ちゃんがとっぴなことを言った。
「とける? はしまきが? そんなばかな。あ、ひょっとして生やけ?」
かくにんしてみたけれど、生やけでタネがたれてきているなんてことはなかった。
「なんともないじゃない」
「はい、あ〜ん」
と、南ちゃんは口をあけた。ご神木前の、ちょっと人目につくところだったので、ぼくの方がはずかしくなった。
まわりに同じ学年の子はいないみたいだったけれど。ちらちら見られた気はした。
「な、なんで……」
「とけるよ」
南ちゃんがせかすよう、言った。ソフトクリームの時と同じ口ぶりだった。
これは……なんていうか。おちょくられてる? うぅん。なんなんだろう。
「いや、だいじょうぶだって。ちゃんとやけてるよ」
「じゃ、たれるよ。ソース」
「それも、だいじょうぶだと思うけど」
と、いちおうかくにんする。
うん。だいじょうぶだ。
「はい、ひと口。あ〜ん」
南ちゃんが自分の口をゆびさした。ちょいちょい、って。
「……うぅん」
どうあっても食べる気なんだな。
南ちゃんの口元に、そっとはしまきを持っていく。南ちゃんは大きくひと口がぶりとやった。うれしそうにもぐもぐやってのみこむ。
「ありがとうね。モチモチでおいしいね」
と、南ちゃんはわらった。
「……うぅん」
「えっ。なに?」
「いや。また、食べられちゃったな、って思ってさ」
なんとなく、人目のことはふれないでおいた。
「いいじゃない。はしまきなんて、わりばしにモチっとしたおこのみやきをまいたものでしょう? なんなら、今度わたしがつくってあげる。おこのみやきをやいてあげる。うちに食べにおいでよ」
南ちゃんが、くっきりした目で見つめてくる。つめよられてはいないけど近いものはあるような、そんな感じ。
「はしまきは、まいてあるんだよね……」
と、ささやかにていこうしてみる。
「それぐらいやってあげる。やったことないけど、なんとかしてみる。だから、うちに食べにきて」
「うん……。それじゃ、今度」
なんというか――。
おまつりで食べるからいいんだよ、とは言えなくなった。
おし切られてしまった。
「それじゃ、今度。やくそくね」
南ちゃんは手をふって歩いて行った。
……。
そろそろ、かたぬきもおわっているかな?
もう、ここで食べちゃえ。
ケンくんたちに見つかる前に、とぼくは急いではしまきにかぶりついた。
「南ちゃんには会えた?」
ケンくんたちとおまつりを楽しんでうちに帰ると、台所にいた母さんがそんなことを聞いてきた。
「うん? 会えたというか、会ったけど。なんで?」
「直ちゃんが家を出た後で、南ちゃんうちにきてね。直ちゃんはおまつりに行ったんだよ、って教えたら急いで帰っちゃって。だから、南ちゃんもおいかけておまつりに行ったのかも、と思って」
と、母さん。
うちにきたのか……。ゆかたを着た南ちゃんが思い出される。
「たしかに、南ちゃんには会ったけど。でも、べつにぼくをおいかけてきたわけじゃないってば。友だちときたって言ってたよ」
「あら、そう。ふぅん」
と、母さんはなんとも言えない顔をした。
なんだよ。なんだか気になるじゃないか。
だから、ぼくもなんとも言えない顔をかえしてやった。
ふぅん、って。
(おわり)
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